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第2期トランプ政権がスタートして以来、アメリカの領土内で生まれれば、自動的にアメリカ市民となる、移民の国アメリカで最も基本となる「生得権」の扱いが怪しくなっている。トランプ大統領が、国境・移民問題の解決のための切り札として、アメリカ市民と認められる上での生得権を大統領令によって停止しようとしているからだ。
代わりに、アメリカ市民となるためには親がアメリカ市民であることを求める「血統主義」を採用しようとしている。そうすることで、不法移民がとめどなく流入してくるインセンティブを消すことも企てている。
というのも、とにかくアメリカに入国し、そこで子どもを生んでしまえばなんとかなると考えて国境を越えようとする人たちが後を絶たないから。
生得権の理屈から、理由はどうあれ、アメリカ国内で生まれた子はアメリカ人となることができる。そしてその子どもの養育のため、両親の滞在を許す、という人道的措置が採られてきた。その結果、不法移民の滞在が常態化していった背景がある。
ここから、第1次トランプ政権のときのように、機械的に「不法移民を強制送還する」政策を実行すると、生得権のルールの結果、アメリカ市民にまだなっていない両親だけを強制送還することになり、市民権を持つ子どもたちだけがアメリカに残されてしまう。
結果として、親と子が離れ離れになる「非人道的」な状況が生まれた。それだけでなく、隔離された子どもたちの扱われ方がお世辞にも良心的なものではないケースが報道機関などの調査で暴露され、トランプ1.0のときには社会問題になった。
それなら、不法移民がアメリカ領土内で生んだ子どもがアメリカ人になれなければ親子が離れ離れになる問題は生じないのでは?という理由で主張されるのが、アメリカ市民権を生得権とするルールの廃止である。つまり、もともとアメリカ市民権をもつ親から生まれた子どもたちだけがアメリカ人になれる、というルールに変更すればよい、という考え方だ。
いまやメキシコ国境に殺到するアメリカへの移民希望者は、かつてのように中南米やカリブ海だけではなく、世界中、たとえばアフリカや中央アジア、中国、東南アジアなどからもやってくる。政情不安定の国からの難民も含まれ、彼らはわざわざ海を超えてでもやってくる。その動きを手配する組織も存在する。こうした動きが止まらないのも、アメリカ市民権となるために生得権のルールがあるからで、それなら生得権さえ廃止すれば、移民希望のインセンティブが消える、という議論。
要は、蛇口を元栓から占める方策。多くの国で血統主義が採られていることを考えれば、アメリカでそうした議論が起こるのも理解できない話ではない。
だが、生得権を定めているのが、アメリカ憲法修正第14条であるため、真っ当に生得権を廃止しようとするなら、憲法改正が必要だ、というのが、この生得権廃止を巡るアメリカにおける議論の出発点となる。
それに対して、トランプが主張しているのは、大統領令だけで停止は命じられる、というものだ。
もちろん、それが無茶な話だったからこそ、トランプ1.0のときには実行できなかったのだが、今回はその無理を押し通そうとしている。最高裁も議会も、トランプ麾下の共和党が握っているからだ。
もともと修正第14条は、南北戦争後、奴隷解放宣言がなされた後に定められた。目的は、解放された黒人にひとしく「アメリカ市民権」を保障することにあった。
そのため、すでにこの修正第14条は、成立当初から強固な反対者が存在した。わかりやすく話を単純化すれば、南北戦争で北部に負けた南部の白人が当初からいやいや了承し、その後も、骨抜きをしようとしてきたものだからだ。いわゆるジム・クロウ体制である。
このような背景から、生得権の廃止は、単なる移民に向けた市民権の問題にとどまらない。かつて奴隷として西アフリカから強制的に移動させられたアフリカ人にアメリカにおける地位を定めるものだからだ。さらなる「文化戦争」の勃発は必至だ。
そのあたりをトランプ政権がどう扱うのか。
さすがに、法律の条文を尊重する「オリジナリズム」が多数派の、共和党判事が6名いる最高裁で、憲法の条文に定められているものを覆す、ということはないと思いたいところ。だが、なにしろ、問題の条文のある修正第14条が、先述のように南北戦争後に定められたものだ。それゆえ、その扱いは真正の保守派判事にとってもグレーゾーンになるのかもしれない。予断は許さない。
しかし、もしも生得権の市民権がなくなれば、移民の国アメリカ、の根幹が揺らぐことになる。生得権が消えたアメリカは、それでもアメリカといってよいのだろうか? そんなアメリカのナショナル・アイデンティが問われる争点であることは間違いない。