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AmazonのKindleやGoogle Book Searchで勢いづいてきているe-Book市場だが、その傍らで利用が進んでいるe-Lending、つまり、図書館の図書のデジタル貸し出しについてレポートした記事。
Libraries and Readers Wade Into Digital Lending
【New York Times: October 15, 2009】
経済状況が悪いため、ベストセラーを中心に書籍の利用を図書館で済ます人がアメリカでも増えているのだが、その貸し出しをデジタル版のe-bookで済ます動きが進んでいる、とのこと。
誰もが利用できる図書館=Public Libraryでのe-bookの配備状況については、NYTの次のブログエントリーで紹介している。
So You Want to Borrow an E-Book …
【New York Times: October 14, 2009】
例えば、NY Public Libraryでは18,300点、Brooklyn や Bostonでも約4,000点のe-bookが配備されている。
最初の記事の方にあるが、利用の仕方は、図書館のIDを使って、自分のPCからe-bookをダウンロードして利用する。ファイルは時限付きで、一定の期間を過ぎれば自動的に消去されるタイプ。
先日、Microsoft CEOのBalmerが、Kindleなどのe-book readerの興隆に対して、「最も普及したe-book readerはパソコンだ」と発言して、IT関係のブロガーを中心に失笑されていたけど、こと、e-LendingについてはBalmerが正しくて、今のところ、Kindleや、最近e-book readerの側面も注目されつつあるiPhoneでは、e-Lendingは利用できない。もちろん、Google Book Search Settlementの結果がはっきりすれば、利用インターフェースはもっと多岐になるものと思われるが。
それから、物理的な本の貸し出しと同じように、利用希望者が多い場合は、予約して待つことになる。デジタルなのだから、希望者に対しては全員ダウンロードさせればいい、という意見も当然あるのだが、今のところは、物理的な本の時代のルールを踏襲している。これは、e-book化の動きに対して、出版社といっても、出版ジャンルごとに微妙に対応が異なることを配慮してのこと。利用者と出版社の、それぞれの意向のバランスを取ることを、さしあたっては考えているようだ。
(なお、記事中にある“patron”というのは「図書館利用者」のこと。図書館専門の用語で、私は留学当初、ちょっと戸惑った覚えがある。日本語のパトロンとは意味が違うので、念のため)。
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図書館、ならびに図書館法、というのは、いわゆるデジタル化の中でのcopyright law周りの議論で、微妙なポジションにあって、いわば、公共的な基金によって、利用を無料にするモデルの典型例としてある。また、利用者の利用履歴については公開しないなど、Privacyの問題についても立場を明確にしている。
だから、図書の利用や、もう少し広く言って、デジタル・アーカイブ(上の記事でも、たとえば、音楽や映像のアーカイブについてもデジタルのものが用意されつつあることが記されている)の利用について、何らかの訴訟が起こったときは、図書館の立場から意見を提出することも多々ある。
その意味では、ちょうどe-book readerが市場に出回ろうとしている時期が、図書館の利用が増える不況に当たってしまったことは、微妙にe-bookの方向にも影響を与えそうな気がする。
図書館の設立の精神からいえば、図書館の利用者が増えることは望ましいし、利用を希望する人に対してはできるだけ応える、というのが基本なので。おそらく、e-book readerの市場が一定の規模になれば、まず、e-bookのアーカイブ化を進めてくることになるだろうし、あわせて、複数のe-book readerに対応できるようインターフェースの調整も行うだろう。
また、図書館は出版社から書籍を購入する立場にあるので、そこでも一つのモデル作りに着手することになるだろう。利用者数のライセンス契約をどうするか、等の点で。日本でもそうだが、出版社にとっては、一定の数の出版物をまとめて購入してくれる図書館はお得意様の一つで、確かに直接本が売れたに越したことはないが、その一方で、図書館という存在が、金銭的にも、利用者による本のアクセス機会の担保という点でも、一種のバッファになっているのは確かだから、出版社も図書館のe-book利用の意向に対して無碍に断るということもできなくなるから。
そして、この、本における、アナログからデジタルへの扱いの変化は、デジタル・アーカイブ、という経路を通じて、音楽や映像作品(映画、ドラマ、ドキュメンタリー、ニュース、など)にも影響を与えずにはいられないだろう。もちろん、音楽には音楽、映画には映画、の、先行ビジネスモデル(レンタルやペイ)があるので、簡単には同列のものにはならないが、しかし、議論の端緒は開かれると思う。そして、議論の可能性のあるところ、合理的、というか、妥当な落としどころを目指そうとする動きは、アメリカの場合必ず起こる。だから、e-Lendingの動きは動きで、地味だけど注意しておいていいように思う。
そう思うと、Amazonと図書館との間の境界もどこかで曖昧になるようにも思う。当たり前だけど、書籍の場合、読んでから買う、というパタンも捨て置けないので。そして、その購入対象が、物理的なものかデジタルなものか、というのも今後選択肢として浮上してくるわけだから。Kindleで借りて読んでみたけど、あとで買ってみる、ということもあってもおかしくないと思う。
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NYに住んでいたとき、アパートからコロンビア大学に向かう途中にNY Public Library(の一つ)があって、結構、人が並んでいたのを思い出す。NY Public Libraryというと、ミッドタウンの施設が映画などで有名だけど、この大学の傍にあったものは、ブロックの一つを占めているものの、ミッドタウンのものに比べれば小さかった。中にはいると、Public Libraryらしく、ポピュラーな本や子供向けの本が多数あって、そうした本を、ハードカバーの本を大事そうに抱えながら借りていった人が多かったように記憶している。場所柄、ハーレムやヒスパニック街に近いところだったので、黒人やヒスパニックの人たちの利用が多かったように思う(あくまでも印象だけど)。
NYは本の街、という印象が強い(というか、思いこみ?)からかもしれないけれど、図書館もそういう熱意が司書の人にも利用者の方にもあったように思う。
だから、上で書いたように、そうした利用者の声は、図書館を通じて、出版社にも届けられるように思っている。
そういう意味で、e-Lendingは地味だけど興味深い動きに見えてくる。