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2026年5月6日、CNNの創始者であるテッド・ターナーが亡くなった。享年87歳。といっても、2018年に進行性の認知症を患っていることを公表して以後、公の場からは退いていたので、訃報のみが突然伝えられたという印象は拭えない。過去10年近くほとんどメディア露出はなかったので、彼の名を聞いてもピンとこない人も少なくないかもしれない。
だが、ターナーがCNNを始めたことは、アメリカのテレビ・ジャーナリズムを刷新しただけでなく、今に至る、メディアが日常生活を包み込む時代の幕開けを飾るものだった。
ジョージアが拠点のテッド・ターナーは、24歳で家業のビルボード会社を引き継いだが、メディアバイイングという裏方の広告ビジネスには飽き足らならなかったからか、その後、テレビ局やスポーツチームを買い続け、メディアの表舞台に出ることを望んだ。南部人らしい自己顕示欲の強い白人で、その目立ちやがりの精神も後押しして、1970年代から1990年代のケーブルテレビの成長の波に乗り、ジョージア発のメディア王国を築いていった。
ケーブルテレビの登場以前の、地上波ネットワークの時代は、メディアの中心はニューヨークならびにロサンゼルスに集中していた。ニューヨークにある3大ネットワーク(ABC、CBS、NBC)がテレビニュースを牛耳り、ハリウッドで製作されたドラマやコメディなどの番組を全米に流していた。
そうしたニューヨーク発の文化攻勢に抵抗したのがテッド・ターナーだった。今日で言う「レッドステイトの庶民の抱く憤懣」を燃料にニューヨークにけんかを売った人物だった。
彼は、地方の独立系のテレビ局を買い続け、それを起点に3大ネットワークとは異なるテレビメディアを築いていった。その最大の成果が、そうしたローカルテレビ局の報道部門をネットワークして24時間ニュースチャンネルにしたCNNだった。24時間休みなくニュースを伝えるというフォーマットは、今に至る「リアルタイム報道」を定着させ「ニュースの垂れ流し」を当たり前にした。
CNNがアメリカのジャーナリズムで確固たる地位を築いたのは80年代後半から90年代初頭にかけての、冷戦終結や湾岸戦争の報道を通じてだった。当時は、ケーブルテレビだけでなく衛星放送が登場した時代で、CNNの24時間フォーマットは、衛星放送を通じて世界中に届けられた。そうしてアメリカの日常を報道という形で切れ間なく流したことが、東欧の民主化において、庶民の意識のレベルでの変化につながり、大きなムーブメントにしたと言われた。
一方、湾岸戦争については、リアルタイムで行われる戦争の様子を映像で伝え、戦争報道のあり方だけでなく、そうして報道された様子を見る視聴者=有権者の反応まで見越して戦争を行う必要が生まれた。その点で、戦争の進め方や政治のあり方まで変えるものになった。つまりは、時代を変えたのだ。
要するに、リアルタイムでインタラクティブでレスポンシブなメディア環境が用意された。それがインターネットの民間解放以前にアメリカではビジネスとして定着していたことの意味は大きい。ある意味、テッド・ターナーのCNNは、現代のソーシャルメディアによる、リアルタイムの発信や応答を通じて「次のリアル」が生成されるメディア環境の先駆けだった。よくも悪くもCNNがあったからこそ、現代のインフルエンサー中心の報道・エンタメ混合現象が実現できたといってもよいだろう。
CNNにとって皮肉なのは、そうした、インタラクティブでレスポンシブなメディア環境の中で、CNN自身も埋没してしまい、近年、ジャーナリズム的にも、視聴率的にも、ビジネス的にも厳しい状況にあったことだ。
そんな苦境のさなか、先日、CNNの親会社のワーナーが、新生パラマウントに買収された。新生パラマウントのオーナーは、パラマウントを買ったスカイダンスCEOのデヴィッド・エリソンで、彼は、オラクルの創業者ラリー・エリソンの息子だ。従って、遠からずCNNもそのエリソン父子の下で、これまでの中道寄りの報道から保守的な報道に転じることだろう。
というのも、ラリー・エリソンはトランプ大統領への政治資金提供者としても名を連ねる保守の経営者で、息子のデイヴィッドを通じて、すでにパラマウント傘下のCBSの報道部門を、トランプが好むものに変え始めているからだ。同じ保守への変身の力学がCNNにも起こると思ってよいだろう。
亡くなったテッド・ターナーは、もとは共和党支持者だったが、メディアビジネスを大きくさせていく過程でリベラルに転じ、90年代にCNNを含むターナー・ブロードキャスティングをタイムワーナーに売却したあとは、もっぱら慈善事業や自然保護などに寄付を行い、国連の活動にも協力する姿勢を示していた。ある意味、とてもわかりやすい「南部人の金持ちの貴族的矜持」を顕示してきた。
ターナーの交友範囲は広く、政治的スペクトラムの右から左まで幅広いものだった。そのような人物が創業者であったというイメージは、CNNが彼の手から離れた後もなんだかんだいいながら継続していた。
だが、その伝統も、今回のターナーの死で幕が降ろされ、遠からずCNNもエリソン色に染められるのだろう。Twitterがイーロン・マスクに買われ、Xとして生まれ変わったように。ターナーの死は、悲しいかな、CNNの転機もまた近いことの予兆として受け止めるべきなのだ。