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シャットダウンが始まってからもうすぐ4週間。
その間、連邦政府の雇用者は給与の支払いが止められている。
その一方で、無給でも出勤を強いられる職場もある。
それは軍人であったり、航空管制官であったり。
今風にいえば、とんだ「ブラック政府」だ。
それが10月のトランプ2.0。
随分以前から、アメリカは民間貯蓄のない借金経済から成り立っていると言われてきた。国内に投資にあてる貯蓄がないから国外から世界中のカネを集めて経済を回すほかない。その資金源には、アラブの王様やロシアのオリガルヒ、あるいは各国のソブリンファンドも名を連ねる。ヤニス・バルファキスはこの現実を「グローバル・ミノタウロス」と呼んでいた。
アメリカをどこまでも魅力的な投資機会に溢れる国として売り出し、そうして輸入超過で国外に流出したドルが再びアメリカに還流するように仕込む。そのためのシリコンバレーであり、ウォール街であり、ハリウッドだ。基礎科学研究を推し進める一方、ビジネススクールのように投資効率を上げるための実務的知恵を生み出す機関も充実させてきた。「効率の追求」は良くも悪くもアメリカのお家芸である。その結果、所得分布の格差が広がり、先に書いた通り、貯蓄のない、あるいは貯蓄に回せる資金があれば投資に使う国が生まれた。
これは見方を変えると、市井の生活者たちの多くは、常にキャッシュフローマネジメントに負われているということだ。つまり、「その日暮らし」ならぬ「その月暮らし」がほとんどだ。月々の収入と月々の支払いの帳尻を合わせる、綱渡りの生活である。
一般には高給取り、そこまではいかなくても安定した収入を得ていると思われる専門職やビューロクラット(行政機関や大企業の被雇用者)であっても、その多くがその安定収入職を得るための「エントリー権」のために大学進学を果たしており、その際に学生ローンを組んだ人もいる。特にロースクールやビジネススクール、メディカル・スクールへの進学は、その個人にとっては、自分の身を賭けた投資であり、卒業後の高収入を当てにしてローンを組む。というか、ローンを組ませてもらえる環境が用意されている。
要するに、アメリカ人の多くは借金を抱えて「その月暮らし」をしている。その現実を、今回のシャットダウンは、まず連邦政府職員に突きつけている。
実際、連邦政府職員の多い首都ワシントンDC周辺では、ペイチェック(小切手)がなくなった職員が、地元のフードバンクに長蛇の列をなす、という現実が生じている。フードバンクは、本来、低所得者層に向けられた慈善事業だったが、そこに一気に政府職員が並んだため、キャパシティオーバーに陥り、十分な食料を配れなくなっている。
一方、シャットダウンでも、一応、支払いは聖域と思われていた米軍の被雇用者に対しては、匿名の献金者が現れ、そのお金で彼らの給与が支払われる、という事態も生じている。これに対しては、「民間人の富裕者」が与えたお金で米軍の雇用者が養われる、という事態が、果たして政府機関、それもこれまで特別に政府からも民間からも一線を引いて可能な限り中立的な組織であろうとしてきた軍について適切なのかどうか、法的にも、倫理的にも、疑問視され始めている。少なくとも、匿名はダメで、献金者の名は明かすべきだ、というアカウンタビリティを求める議論だ。
この他にも、無給でのブラック出勤を強いられている航空管制官を始めとする空港職員に対しては、勝手連的に食品などの差し入れが生じていたりする。ある意味、アメリカ社会の麗しい側面である「相互扶助」の実践なのだが、しかし、これも見方を変えると、そもそも、もとから政府が信頼されていないから、勝手連としての「公的な扶助」を民間で自発的に行わざるを得ない、ということの表れでもある。信頼のおけない政府に税金を収めるくらいなら、自分が信じる非営利機関に自分の意志で献金をするということだ。そうした献金は、税控除の対象となるため、むしろ、社会制度的にも、政府が、民間の非営利団体の後に続くセカンドチョイスであるという意識も育んでしまう。むしろ、奨励していると言ってよい。アメリカで民間の非営利法人が多数稼働している理由のひとつでもある。
(この点は、非営利法人といっても、事実上、政府の出先機関になっている、というか体の良いアウトソーサーとなっている日本のケースとは、大分事情が異なることには注意が必要だ。もともと政府が行っていた公共事業を、政府予算規模の縮小のために、「民間活力の活用」というお題目で外部化していく際、その受け皿として想定されたのが、日本における非営利法人の基本的な特徴となっている。)
ともあれ、こうしてアメリカは、今回のシャットダウンで、政府のあり方が一気に変わりそうな勢いにある。政府職員には、多分に雇用機会の拡大のために作られた部署や役職も少なくはなく、これを機に『プロジェクト2025』を奉じるトランプ2.0は、そうした余剰部署も含めて、一気に政府の規模を削減し、その後に、自分たちが望む政府にメイクオーバーしようとしている。ちょうどホワイトハウスの東棟(イーストウィング)を壊し、ボールルームを新築しようとしているように。もはや改築ですらないそのやり方は、トランプ2.0のアメリカの未来の姿である。
こうしてアメリカは、これまでとは異なるアメリカに変貌する。第3世界化したアメリカ。もっともそれも「グローバルミノタウルス化」の始まりが1970年代であったことを思えば、ようやく等身大のアメリカの姿が明らかにされただけなのかもしれないが。