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PBSのNews Hourという毎日流れるニュース番組のビデオを見ていたら、「パニック・インダストリー」というテーマで、全米各地で「ドゥームズデイ(滅亡の日)」に備えて、自宅にバンカー(地下室)やパニックルームを設置する人たちが増えている、という報道を見かけた。
身の危険を感じたときに何が何でも生き残るために自宅に籠城できる場所をつくる、というのはいかにもアメリカ的といえばアメリカ的。冷戦時代に核の恐怖を恐れて大衆的に受け入れられたと思っていたが、中西部では、それ以前に具体的にトルネードの襲来に備えて具体的に地下壕が掘られていたことが大きかったようだ。
そうした想像上の恐怖と具体的な恐怖への備えから「ドゥームズデイ」への対処が一種の生活スタイルとして定着した。それだけなら、日本で地震に備えて事前にあれこれ対処法を練っておくことに近く、普通に了解できることなのだが、今のアメリカの場合は、パニックの対象が、パンデミックや銃乱射事件、集団デモなどまで広がっているようで、それが、より広範な人たちに「パニック・インダストリー」が提供する大小のパニック賞品を消費するよう煽っている。「生存の危機」への対処ということだ。
ところで、件の番組では、ニューヨーク・タイムズ・マガジンで当の「パニック・インダストリー」消費の特集を担当したフォトジャーナリスでエディターの女性が登場していたのが、よく見ると、この特集自体は4月に公開されていた。
Secret Tunnels, Bunkers and Arsenals: The ‘Panic Industry’ Is Booming
【NYT: April 10, 2025】
ではなぜ今頃、この特集を取り上げるのか?というと、どうやら、この6月14日にミネソタ州で起こった、州議会議員の自宅襲撃事件のことがあったから、ということのようだ。マスクを被り、殺害対象となった議員の自宅にまでわざわざやってきて銃殺するというのだから、狂気の沙汰としかいいようがない。
襲われたのは二人の議員とその配偶者で、そのうち州下院議員のメリッサ・ホートマン女史とその夫が死亡した。もう一組は、州上院議員のジョン・ホフマンと彼の妻で、こちらは重体だという。
こうした自宅襲撃が常態化した場合、襲撃者から逃れ、警察を呼ぶために逃げ込む場所としてパニックルームと家に設置したいと考える人が増えてもおかしくはないのかもしれない。
これは完全に憶測だが、トランプ2.0政権が始まって早々、J6(連邦議会議事堂襲撃事件)の逮捕者が全員無条件に恩赦されたが、このことが悪い意味で、トランプ政権の政敵への襲撃のハードルを下げていないか、心配になる。襲撃事件を起こしたとしても、J6のように政治的大義があれば――トランプの求めに応じてやったんだと強弁できれば――、逮捕され有罪判決が出されても恩赦によって解放してもらえる、という下手な期待を与えてしまったのではないか。
これまでのアメリカの常識をすべてひっくり返し「あべこべのアメリカ」にしているのがトランプ2.0の基本姿勢だが、それによって治安のたがが緩んだ時、アメリカが恐いのは、社会として銃の所有を(ライセンス付きだとはいえ)認めていることだ。退役軍人のように銃の扱いも心得た人間が、日常の社会にも少なからず存在している。
実際、先に触れた「パニック・インダストリー」の報道の中にも、籠城先のパニックルームの壁に何丁ものライフルが並べられているものもあった。身を護るために銃を携帯するのはアメリカ社会では普通に連想されることだ。
パニック・インダストリーがブームになるのも、現在のアメリカ社会の不穏さの現れなのだが、それが単に一過性のものではなく、むしろ、過去数十年に及ぶ、それこそ冷戦時代からの「破滅への恐怖」の蓄積の上に成り立っている。昨日今日始まったことではないことだけに、恐怖が一方的に増大したりはしないか、気になってしまう。