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デュープロセスの意義を英雄的に訴えたヴァン・ホーレン・モメント

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メリーランド州選出の66歳の上院議員が、突然、アメリカの民主党の、新たな英雄として浮上してきた。

その名は、クリス・ヴァン・ホーレン。

ヴァン・ホーレンは、2025年4月17日、上院議員として単独でエルサルバドルに飛び、彼の地の巨大刑務所「CECOT(テロ監禁センター)」に送還されたキルマー・アブレゴ・ガルシアとの面会を実現させた。

アブレゴ・ガルシアは、3月12日、息子を連れてドライブしていたところ、ICEに呼び止められ、そのまま拘束され、3月15日にはエルサルバドルに強制送還され、件の刑務所CECOTに収容された。

だが、この拘束・送還の理由となった、エルサルバドルのギャング「MS-13」の一員であるという要件にアブレゴ・ガルシアは該当しないこと、つまり誤認による拘束であることが本人の家族たちから主張され、そもそも適切な司法手続き(デュープロセス)を欠いたまま、いきなり送還されたことに対して、裁判所命令としてアブレゴ・ガルシアを即刻、帰国させることが命じられた。だが、この裁判所命令にトランプ政権は応じず、帰国はさせられない、なぜなら、アブレゴ・ガルシアはエルサルバドルのテロ組織の一員だから、と反論した。

逮捕や拘束、送還や収監は、個人の自由を剥奪する行為であるから、真っ当な法治国家なら、然るべき手続きを経て、段階を踏んで執行されるものだ。だが、アブレゴ・ガルシアのケースは、いきなり令状なしで逮捕され、裁判無しで収監されたようなものだ。そのため、本件については、このアブレゴ・ガルシアのケースをこのまま放置すれば、遠からずトランプ政権は秘密警察のような警察権力の恣意的な行使に至るのではないか?という懸念を生み出している。

ヴァン・ホーレン議員のアブレゴ・ガルシアへの面会はこのような中で敢行された。アポ無しでエルサルバドルに飛び、最初は面会はできないとエルサルバドル政府から突っぱねられたものの、最終的には実現された。

面会のあと、ヴァン・ホーレンは、ダラスで会見を開き、その場で面会に至った経緯や面会中の出来事について一通り説明し、「デュープロセスの危機」について強調した。

ただ、この報告で気になったのは、トランプ政権がエルサルバドルのCECOTをいわば「国外にある監獄」として使おうとしており、そのための費用もエルサルバドルに支払う契約を交わしているということだった。そのせいか、今回の会見にあたって、アブレゴ・ガルシアは収監服ではなく「普段着」の姿で現れ、会見の場も監獄の中ではなく避暑地の一室のようなくつろいだ場所が選ばれた。

極めつけは、ヴァン・ホーレンとアブレゴ・ガルシアが面会したテーブルに置かれたマルガリータ風の飲み物の入ったストロー付きのグラス。

これが、エルサルバドル政府が用意した「印象操作」のためのアイテムがあることは明白だったため、ヴァン・ホーレンは一切手を付けなかったというのだが、その後、ソーシャルメディア上に出回ったこの会見の写真を見ると、彼らがあたかもその「マルガリータ」を楽しんだかのように、グラスの中身が減ったものが映っていたという。

この事実を歪曲しようとする動きに、ヴァン・ホーレンは、エルサルバドル側がトランプ政権との監獄利用契約を是が非でも維持したいという意図も感じたようだ。聞けば、ヴァン・ホーレンは、両親が外交関係の仕事についており、彼自身もパキスタンのカラチ生まれだという。特に母はCIAと国務省に勤めていた。であれば、幼少の頃から、外交の場での「トラップ」にはどんなに小さなことでも気に掛けるよう育てられたのかもしれない。その意味では、相手が差し出した飲み物に対する警戒などイロハのイなのだろう。

正直に言えば、クリス・ヴァン・ホーレンという名前は、このエルサルバドル会見まで気に留めたことはなかった。メリーランド州という、ワシントンDCの郊外のような目立たない州の上院議員だからということも大きい。それに、政治家としてのヴァン・ホーレンの足跡を見ると、どちらかといえば「叩き上げ」系だ。単科大学(カレッジ)の名門であるスワズモア・カレッジを卒業し、ハーバードのケネディスクールで政治学の修士を取得したあと、ジョージタウンでJDを修めた。弁護士資格を得たあと、法律事務所に勤務、そこからメリーランド州で政治家としてのキャリアをスタートさせた。州下院議員から州上院議員、連邦下院議員を経て、2017年から連邦上院議員を務めている。トランプが最初に勝利した2016年大統領選と同じ日の選挙で、上院議員として初当選した形だ。

そのような地味な議員が、今回の一件で、いきなり全米に知られる議員となった。もちろん、ヴァン・ホーレンがエルサルバドルにまで向かったのは、キルマー・アブレゴ・ガルシアがメリーランド州の市民である、という「偶然」からだったのだろうが、しかし、この偶然はヴァン・ホーレンを全米の注目の的にした。

トランプ政権誕生後の、トランプ2.0の大進撃に対して、民主党はこれまでのところ、なすすべもなく立ち尽くしている、という印象だった。だが、今回のヴァン・ホーレンの動きは、その印象を覆す第一歩になりそうだ。

トランプ2.0は、先日の「関税戦争」の宣言に見られるように、就任以来、これまでのアメリカ政府を破壊する電撃戦の真っ最中で、あまりにも戦線が広がりすぎているため、政治家もジャーナリストも、活動家も一般市民=有権者も、協力して対処することを難しくしている。だが、この「アブレゴ・ガルシア事件」は、個々人の市民の自由=権利の侵害という点で、2020年の「ジョージ・フロイド事件」を彷彿とさせるところがある。なにより民主党にとって「人権」は政治的お家芸のひとつだ。

移民問題が、もっぱら国外からやってくる「難民」や「不法移民」を追い返す、いわば水際の「厄介払い」として、一般の人びとには普段は意識しにくいものであるのに対して、「アブレゴ・ガルシア事件」は、アメリカ国内の市民が、いきなり拘束され気がつけば国外に送還され、そのまま収監される、という、法治国家の常識を覆すものだ。その点で、アメリカ人の日常を脅かすものである。少なくとも「非白人」のアメリカ人に対しては、いつ何時嫌疑をかけられるかわかったものではない、という不安をもたらすものだろう。

その意味でも、今回の「ヴァン・ホーレン・モメント」は、今後のアメリカ社会における一里塚となる事件のように思われる。