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GoogleがNest Labsを32億ドルで購入すると発表した。ラスベガスで開催されていた家電総合展示会であるCES(Consumer Electronics Show)が閉会した直後の出来事だった。展示数は多かったもののニュースバリューのある製品の紹介に欠けたCESと異なり、このGoogleの動きはサプライズをもって迎えられた。
For Google, a Toehold Into Goods for a Home
【New York Times: January 13, 2014】
Nest Labsは、Appleを辞めたTony FadellとMatt Rogersが2010年に設立した会社で、これからの情報社会、すなわち、交信可能な情報機器が生活空間の全域で稼動する社会を見据えて、家庭に設置するサーモスタット(室内温度調節装置)や煙警報器を企画し販売してきたスタータップだ。
FadellとRogersは、Apple在籍時はiPodやiPhoneの開発メンバーであり、そのこともあって、Nest Labsは設立当初から知る人ぞ知る会社として密かに注目を集めてきた。iPodやiPhoneの開発過程で得られた発想や思考方法を、創業者のFadellが、一体どんな形でサーモスタットのイノベーションに活かすのか、その動きに関心が集まっていた。
実際にNestから発売されたサーモスタットは、学習能力を備えた「機能」と、シンプルな「造形」が調和した、文字通りデザイン性の高いものだった。そのため、周囲の期待通り、Appleの遺伝子を継承したプロダクトとして、好意的に受け止められた。最初の製品の好評価をバネにして、Nestは続いて、煙や一酸化炭素を検知する警報機を商品化した。サーモスタットにしても、警報機にしても、今まであまり顧みられることがなかった機器にイノベーションをもたらした。その視点のユニークさもまた、Nestの評価を高めることに役立った。
Fadellが目指すのは“Conscious Home”の実現だ。つまり、家をコンシャス(意識のある、思いやりのある)なものに作り変えていくことだ。この目標は製品を通じて具体的に実現されている。サーモスタットでは、賢く電力を使うことで環境意識を高めた。煙警報機では、家族の安全(セキュリティ)に配慮する価値観と同調した。
このようなプロダクトを世に送り出してきたNest Labsに対して、Googleは32億ドルという企業価値を評定した。といっても、GoogleとNestの関係は突然生じたものではなかった。Google Ventures(Googleの投資ファンド)がNestに出資することで経営陣との関係を築き、製品の開発過程でも既にNestとGoogleのスタッフの交流が始まっていた。
今回のNestの取得は、Motorola Mobilityの買収額が130億ドルであったことからみても十分高額であり、それだけGoogleがNest Labsに期待を賭けていることの現れと受け止められている。むしろ、Nest Labsの可能性を強調するためか、半ば揶揄した表現でMotorola Mobilityはサーモスタット四個分でしかなかった、などと伝えるところもあったようだ。
ところで、Googleの主たる関心は、Nestを「家庭の情報化(ホーム・オートメショーンやスマートハウスとも言われる)」というマーケットに参入するための橋頭堡にするところにあると見られる。
「家庭の情報化」というテーマは、PCが一般に普及する90年代より以前から既にあった。たとえば、アルビン・トフラーが1980年に発表した『第三の波』でも「エレクトロニクス・コテージ(電子小屋)」として扱われていた。そもそも20世紀が、人びとの生活の変貌という点からみれば「家電(consumer appliance)の時代」であった(CESのようなコンベンションはその進捗状況を確かめるためのお披露目の場だった)。つまり、家庭の情報化は、家電の時代としての20世紀がずっと追い求めてきた一つの理想だった。逆に、家電は自動車とともに、個人が社会的イノベーションを実感できる存在だった。
それゆえ、この分野は、家電産業だけでなく、不動産/建設といった個々の住宅供給に関わる産業から、通信/電力/ガスといった都市インフラ産業までもが関心を持ち続けた領域だ。裏返すと、市場としての潜在性は高いものの、既存事業者がひしめき利害関係が錯綜するため、容易には参入しがたい領域とみなされてきた。
家電やコンピュータ産業では、家庭の情報化の先鋒にされたのは、テレビやゲームといったエンタテインメント機器だった。ケーブルテレビ視聴が当たり前のアメリカでは、ケーブル視聴端末であるセットトップボックス(STB)が家庭の情報化のハブの有力候補とみなされた。ゲーム機については、現在、世界中で任天堂、Sony、Microsoftの3強による寡占が成立しているが、よく知られているように、SonyもMicrosoftも後発参入組だった。90年代半ばのマルチメディアブームの折には、任天堂のファミコンがその名前の通り「家族のコンピュータ」となり、家庭の情報化の鍵となるのではないか、という見方が一般化した。そのため、多くの家電メーカーが我先にとばかりにゲーム市場に参入したものの、多くはほどなく撤退していった。その中で生き残ったのがSonyとMicrosoftだった。
このように、家庭の情報化に向けた競争は、多くのプレイヤーが関わり、長期に亘る消耗戦、持久戦の要素を持つ。つまり、資金力でも技術開発力でも、あるいは営業力でも、体力のある企業が圧倒的に有利な世界だ。インターネットが登場して以後も、STBやゲーム機は引き続き家庭内情報化のハブの役割を果たすとみなされているし、実際、その役割を担い始めている。その一方で、この数年、2000年代になって急成長を遂げたAppleやGoogle、AmazonなどのIT企業の大手は自社のシステムやハードウェアをゲートウェイとして家庭に設置しょうと躍起になっている。たとえば、GoogleがAndroidを基本OSにしたテレビないしSTBを製品化しようとする動きは何度も報道されている。
今回のNest Labsの動きに注目が集まるのも、サーモスタットや煙探知機が、激戦区である家庭内情報化に向けた新たなハブとして位置づけられることをGoogleが認めたという事実にあるように思われる。
この点で、Nest LabsのFadellが、最初の製品としてサーモスタットを選んだのは、従来のサーモスタットが“ugly”で“unloved”だったから、と言っているのは面白い。造形として醜く、それゆえ誰も気にとめることのなかった空気のような製品カテゴリーだったからこそ、逆に、洗練された外観と高度な機能をもった製品を送り出すことで、人びとの視線を集める意味があった。そうして、製品単体としての意味だけでなく、その製品を取り巻くコンテキストをも変えてしまうことを企図した。おそらくは、iPodやiPhoneが実際に引き起こした社会的現実を目の当たりにすることで得られた確信が、Fadellの決断を支えたのだろう。
conscious home というアイデアも、単に機器が意識を持つということだけでなくそのような機器に囲まれた家人の意識をも変えるところまで見据えたものといえる。その場合のconsciousは、家人に対する「おもいやり」や「配慮」ということになる。あるいは、サーモスタットが結果として節電に貢献することから、エネルギーを通じた社会や環境への配慮、ということになる。ここに至ってconscious homeは一つの社会的メッセージになる。“Think Different”という言葉の孕む力を通じてiPod/iPhone/iPad時代を築いたAppleの気風を感じさせるところだ。
また、従来使われてきたsmartという言葉に代えてconsciousという言葉が採用された理由もよく分かる。単に機器が高性能=スマートになるだけでなく、それらがネットワークされることでコンシャスなものになる。そのネットワークの対象は何も機器だけに限らず、それらを利用する個人や社会まで含まれる。ソーシャルやクラウドという「繋がる」こと自体がもはや情報環境の常識になったからこそ、consciousという言葉は、人びとに訴える力を持つ言葉=レトリックといえる。
もちろん、そのようなアイデアを側面から支えるものとして、Internet of Things (IoT)という技術潮流があるのは間違いない。Appleが切り開いたスマートフォンの普及によって「無線コンピュータ」の時代がどんなものであるか、人びとが直感的に理解できるようなったわけだが、その延長線上でIoTの可能性を人びとが実感できる時代となりつつあることも大きい。IoTの時代とは、コンピュータが生活空間の隅々にまで行き渡る時代であり、そこでは、全ての製品が(コンピュータの構造=アーキテクチャという視点から見た)ハードウェアとみなされる。そのハードウェアの最大の提供者となることに邁進しているのが、Larry PageがCEOになってからのGoogleだ。Nestの製品も、そうしたハードウェアの一つだ。Nestから見れば、そのようなGoogleのもつスケーラビリティのある技術開発/調達力は、事業の拡大の上で大きな魅力となる。
こう見てくると、期せずして今回の動きはAppleとGoogleのコラボのようにも見えてくるから不思議だ。生活や社会の変化に繋がるようなさざ波を起こすためには、レイヤー化が進んだウェブ時代といえども、細部にまで開発者の神経が行き届いた完全な製品が必要になる。そのようなApple的(もしくはSteve Jobs的)発想のもとで企画開発されたものがNestの製品だ。そして、そうした技術と造形の調和、あるいは、開発思想と技術潮流の調和を実現した完成品が起こすさざ波を、大きな波へとスケーラブルに転換するところがGoogleの得意とするところだ。
Nestから見た未来に至る経路とは次のようなものだ。まずは、人びとが気にかけてこなかったサーモスタットのような家庭内機器をとりあげ、それらにAI的知能とWi-Fi的交信機能を与えることでネットワーク化させる。そのWi-Fiは、家庭内だけでなく屋外にあるが最寄りの基地局と通信しても構わない。だとすれば、サーモスタットや煙探知機器は一種の無線ルーターになるのかもしれない。つまり、無線による接続は、電話線やケーブルテレビに続く、第三のゲートウェイになるのかもしれない。無線基地局の運営はGoogleが行ってもよいし、Nestが提携する電力会社が行ってもよい。通信機能をもつ「コンシャスな機器」は選択肢を拡げる。その先には、Googleが最近立て続けに購入したロボティクス企業の製品も接続するのかもしれない。そうして、IoTが具体的に建設されるロードマップを夢想することができる。
もっとも、具体的にNestのサーモスタットの製品紹介のビデオや設置方法のビデオをYouTubeで見てしまうと、その最初のさざ波を起こすと期待されるNestの製品が、実は、とてもアメリカ的なDIYの習慣/精神に支えられていることがわかる。家族や子供を思いやるのが当然なアメリカ的家族観も後押ししている。あるいは、寒冷地に住むためにセントラルヒーティングを整備してきた昔からの家屋の設計方法、さらには、そうした温暖方法を前提にした都市の設計方針など、アメリカ社会の統治方法ともどこかで繋がってしまうように思える。そのため、Nestの動きがアメリカ以外の国に即座に波及することは容易なことではないのかもしれない。たとえば、日本では、個々の機器がスマートになるという開発方向は、白物家電からエアコンまで含めて、随分以前から進められている(社会の全自動化という点では、多分、アメリカよりもの日本の方が先んじている)。むしろ、IoTの時代は、個々の文化圏ごとの習慣や伝統とのすり合わせの方がサービスの開発上必要だが極めて面倒な作業になるように思われる。
とはいえ、今回の動きは、アメリカ社会において「家庭の情報化」がどのような経路を通じて進展していくのか、そのためのヒントを与えてくれる。NestはGoogleの傘下に入っても、当面は独立性が約束されているということなので、この先を占う上では、買収後に最初に出される製品が一体どのようなものになるのか、それが次の指標となるのだろう。
それにしても、今回の動きはシリコンバレーの現在を表しているようでとても興味深い。
Appleを辞めた二人が起業した会社が、どちらかといえばスタンドアロンな機器の開発で成功を収めてきたApple的精神を携えながら、スマホ+クラウド時代の未来を見据えた新製品を開発し、それが一定の普及を見たところで、Appleの競合であるGoogleに買収される。
こうした動きは、起業だけでなくイグジット(IPOや他企業による買収)が当たり前のシリコンバレーだからこそ可能なことなのだろうが、この買収によって、二つの企業の間のカルチャーが担当者という人間を通じて混淆していくように見えて面白い(そういえば、Nestの開発主任もGoogleを辞めてNestに参加したらしい)。エコシステムという言葉で分かった気になるのがもったいないような、会社と社会の中間にあるような不思議な空間がシリコンバレーには生まれているように思えてならない。
そういう意味では、情報化やウェブ化の先にある大枠としての未来像を共有しながら、競合する企業が並び立つウェブ業界は面白い。どの会社も我先にとゴールへの到着を目指すがゆえに、個々の人間からすれば、そのゴールを実現するには当面の間どこに所属するのがいいのか、判断を迫られる。FadellもAppleを辞めてからしばらくパリに滞在し、次のアイデアを練ったという。普通に考えれば、勇気ある決断と思えるのだが、むしろ、大学教員におけるサバティカルのようなキャリア転換を実行することができる、中二階のような仕組みが、個人への報酬や投資のネットワークなどが存在することで、可能になっているものなのかもしれない。
Steve Jobsが亡くなって以降、誰がJobsの継承者か、という問いは、アメリカのビジネス/経済報道において、話の枕としてよく使われてきた。答えとしては、Amazon CEOのJeff Bezosや、Apple製品のデザインを統括するSir Jonathan Iveが挙げられることが多い。だが、Jobsの思想/発想の継承ということに焦点を当てれば、NestのFadellこそが真の答えなのかもしれない。その意味で、彼の発言、すなわち思想にはこれからも気にかけていく価値があると思われる。