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NASA(アメリカ航空宇宙局)が、宇宙船内で3Dプリンタを使って必要な部品をその都度生産する試みを進めようとしているという。
Nasa prepares to launch 3D printer into space
【The Guardian: September 29, 2013】
宇宙船に積み込む物資の選別は、必要性と総重量との兼ね合いで決めざるを得なかったわけだが、汎用生産性を持つ3Dプリンタを用いれば、事前の選別で悩む要素が減るだけでなく、宇宙での生存上どうしても必要なものを、その場で作り出すこともでき、危機対策にも繋がると考えてのことだという。
確か、映画の『アポロ13』では、宇宙船内で生じた不都合を解決するために、アポロ13とヒューストンの宇宙センターとの間で交信を行い、ヒューストンのNASAスタッフが、宇宙船内にあるモノを具体的に取り出して、それらを用いて応急処置の方法を考えていた。そのような不測の事態への対処のオプションを増やすという点でも、3Dプリンタの持つ汎用生産性が意味を持つ。
もちろん、宇宙船に持ち込む3Dプリンタでは、地上で利用する以上のスペックが求められる。正確で迅速で精密な生産性だけでなく、宇宙での利用でも支障のない素材が必要になる。作動時の耐久性も求められるのだろう。さらには、ある意味で命綱の役割を担う3Dプリンタ自体が万が一損傷した場合の修理ないし復旧が可能な限り容易に行えるような設計が必要になるのだろう。
いずれにしても、そのような過酷な状況での利用を具体的に想定し、適宜実際に実験を行いながら開発していくことで、3Dプリンタが持つポテンシャル自体が高められることになるのだと思う。
確かに、3Dプリンタについては、医療利用(患者に適した人工補填物の生産)や工業利用(必要な部品の生産)など、社会経済的にもハードな利用方法が開発されつつある。しかし、もともとハッカースペースのような、個人による工具的利用が発端になって(いわゆるパーソナル・ファブリケーションと呼ばれるもの)人びとの知るところとなったせいか、ともすれば個人の趣味的利用のイメージに留まりがちなところがある。このように、3Dプリンタも「パーソナル・ファブリケーター」としての汎用性から、その用途を拡張するには、利用する側が設定する目的や意図が重要な意味を持ってくる。それは、PCが、純然たる個人利用と、企業やビジネスの現場でのエンタプライズ利用とで、開発の方向が大きく分かれたことと似ている。
その点で、今回のNASAの計画は、3Dプリンタに限らずパーソナル・ファブリケーター(PF)の可能性を具体的に拡げるものとして注目してよいのだろう。宇宙空間のような過酷な利用環境において十分機能するものを開発することで、高スペックのものが実現し、部分的にはその簡易版が一般向けに販売される経路も想定できるからだ。もちろん、ドローン(無人飛行機)のように、その汎用性から、当初想定していた軍事利用から国内監視利用へと利用対象が自然に拡大してしまい、それが社会的な議論を呼んでしまうこともある。同種のことが3DプリンタのようなPFにも起こるのかもしれない。そのような事態も生じ得ることを一応はおさえた上で、しかし、今回のNASAの計画には注目しておいてよいだろう。限界状況での利用がもたらす技術的挑戦は、同時にイノベーションの促進剤でもあるからだ。