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Facebookの創業者の一人であるChris Hughesが、昨年3月に株式を取得した一般雑誌のNew Republicについて、リニューアルしたウェブサイトを公表した。そのソーシャル志向のデザイン並びに編集方針に注目が集まっている。
The New Republic Reimagines Its Future
【New York Times: January 27, 2013】
リローンチしたサイト:
New Republic
Chris Hughesのレター:
Welcome to Our Redesign
Chris HughesはFacebookの創業者であるMark Zuckerbergとハーバード時代のルームメイトであり、共にFacebookを立ち上げた一人だ。しかし、Hughesの名が世の中に知れ渡ったのは、彼が2008年の大統領選でオバマ大統領誕生に貢献したウェブサイトであるMyBarackObama.com(MyBO)を生み出したことからだった。今回のNew Republicのリローンチに当たって、目玉記事として二期目を迎えたオバマ大統領のインタビューが取り上げられているが、それも、彼が2008年に果たした役割があってのことといえる。
ところで、New Republicは98年の歴史を持つ政治・文芸雑誌だが、他の雑誌同様、ウェブの登場以後、そして、リーマンショック以後の景気後退以後、経営に苦しんでいた。そのような中、昨年、Hughesが筆頭株主になることで、ウェブ時代に向けた政治/文芸雑誌として再スタートを切ることになった。
上のNYTの記事の中程にHughesに対するビデオインタビューがあるが、そこでも述べられている通り、Hughesは、ソーシャル時代に必要なことはリーチではなく「エンゲージメント」であると考えている。また、そのエンゲージメントを維持し続けるために、メディアは「レスポンシブ」でなければならないと考えている。
一見すると、今回のNew Republicのリデザイン/リローンチは、今風のウェブサイトに変えただけのように思われるが、その背後には上述の彼の考え方、彼がソーシャルウェブに対してもつ基本思想が反映されている。いわばそれが一種の設計思想として、98年の伝統を持つ紙と印刷の雑誌を作り替えたわけだ。
もちろん、New Republicが今まで持っていた編集方針は基本的に継承するのが彼の方針だ。それはリデザインされたNew Republicの背景として、過去のバックナンバーを図書館保存用に製本したものが並んでいる写真が採用されているところにも見て取れる。紙(だけ)の時代の編集精神(とそれがアメリカ社会に対して果たした機能)を引き継いだ上で、21世紀の現代にその精神が生きる形に伝達方法を調整する=デザインしている。
これは、実際にNew Republicの新サイトにアクセスしてもらえればわかるが、ウェブ上の体験とiPhone上での体験をシームレスな形にしている。また、基本的に一つの記事はそのまま最後まで読めるようにしており、PV数を稼ぐために記事を分割掲載するようなことはしていない。このような「閲覧経験」の重視はHughes自身の経験から来ている。
Facebook co-founder launches cross-platform revamp of the New Republic
【THE VERGE: January 28, 2013】
Facebook Co-Founder Unveils the New 'New Republic'
【Mashable: January 28, 2013】
実は、このウェブサイトを見た後、彼からのレターが電子メールで届いたのだが(特別に登録措置をしたわけではないので、どうしてメールが届いたのかは不明なのだが(苦笑))、そのレターの中でも、一般にウェブでの閲覧がいかに「読みにくい」ものであるかについて言及されている。そのストレスをできるだけ減らすデザインを心がけたようだ。実際、彼は、自身がeditor-in-chiefに就任してから、インハウスのデザインセクションを設置し、そこでサイトデザインを、コンテントとコーディングの両面で工夫したという。
New Republicのサイトデザインが究極のウェブデザインであるというつもりは毛頭ないが、しかし、スマートフォンなどの利用も考えると確かにシームレスに上手くできている。
こうして読者=ユーザーの意向を先取りし、「エンゲージメント」を確保しようとする。その一つに記事に対するコメントがあるわけだが、コメント掲載にはNew Republicを契約購入しないといけない。つまり、単なるギャラリーと読者との間に明確に線を引き、New Republicを読者も維持を心がけるべき「場」として位置づけようとしている。
この区別が実際に機能するかどうかは、しばらく時間をかけないとわからないことだが、少なくとも計画としては理解できる。雑誌を単なる消費対象にするのではなく、場として定義し直す。そのためのコミットメントの証として購入を促す。つまり、改めて、雑誌=ウェブサイトと読者=ユーザーの間で、相互契約を行う、ということだ。その儀式を通じて、エンゲージメント、コミットメントのレベルを上げる。そして、そのように契約した以上、雑誌=ウェブの側も、読者=ユーザーからのフィードバックに対して誠実に応える=レスポンシブな存在になるよう努める。
Hughesは、インハウスのデザインセクションを設置するだけでなく、新たにニューヨークにオフィスを設け、マジソン街との間で広告のあり方も検討するようだ。可能性としては、インハウスのデザインチームと連携しながら広告のあり方も具体的に考えていくのだろう。
以上が、大まかではあるが、Hughesが新たに取り組もうとしていることだ。
Hughesはハーバードで歴史/文学を専攻した。だから、生粋のギークというよりも、いわゆる人文的視点でウェブの興隆を間近で観察し経験する立場にあった。だからこそ、MyBOを設置して、ウェブの機能をどのように社会の側にフィードバックさせるかを実践することができた。そして、その経験の中で、政治/文芸誌の社会的役割も再認識し、New Republicをウェブ時代に適応させることに関心をもったのだろう。興味深いのは彼がアントレプレナーでもあることで、従って、政治や文芸に寄せる関心と、収支を合わせて事業を継続させる視点を両方持っている。その意味で稀有な存在だ。
29歳のHughesがそのような試みを行うことにはやはり期待を寄せたいところだ。New Republic自体が成功をおさめるかどうかは脇に置くとしても、彼のような試みがこの先10年経って、どのようなウェブ文化を生み出すのか、とても興味が湧く。
もっといえば、10年経っても彼はまだ39歳だ。ウェブの更に先をも、文化の側面から関わっていくことだろう。
そのような10年後、20年後に、彼のNew Republicが、たとえば、カバーストーリーとして誰を大統領として掲載するのか。考え始めるとなかなかに楽しくなってくる。