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昨日のエントリーで取り上げたMurdochの動きについて、“Freemium”の観点から検討したFast Companyの記事。
Can "Freemium" Work? Babbel and WSJ Say No and One of Them Is Wrong
【Fast Company: November 10, 2009】
Freemiumというのは、Chris Andersonの“Free”を通じて広まった言葉で、Free(無料)とPremium(有料。ニュアンスとしては単なる「支払い」よりはグレードアップ感があるものの、それも無料から見てのこと)の中間としての値付けやサービス内容を全てひっくるめて表現したもの。
基本サービスは無料で、それ以上の質・量のサービスを望むようなら有料、とか、
基本の情報は無料だが、特定の情報は有料、とか、
最初しばらくの間は無料だが、しばらくしたら有料、とか、
とにかく、ユーザーから見たとき、無料と有料が混在したサービスを提供する方法や場、のことをFreemiumは指している。
もともと、ヌエのような表現なので、定義自体を突き詰めるのはあまり生産的なことではなくて、むしろ、“Freemium”という言葉をおくことで、対価の支払い方にはいろいろな可能性があることに自覚的になれることに、その直接的な効用があると思うべき。
物理的に個別の存在である「商品」と違って、「サービス」は具体的にこれと指し示すことは困難。だから、Freemium というのは、「サービス」という財のプライシングを考えるための概念と思っておけばいいと思う。
たとえば、今では多くの人が「クレジット・カード」を利用していると思うが、これは「時差つきの支払い」のためのツールで、それも「クレジット」という言葉が一般化しなければサービスとして認知されなかった。このクレジットと言う言葉と似たような効果・影響をFreemiumは持っていると思う。
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最初の記事が取り上げているのは、今までWSJはFreemiumモデルの成功例の一つであったのに、Googleのクローリングを辞めてしまうことで、そこから離脱してしまうこと。
それに対して、同じくFreemiumモデルから離脱したBabelという語学学習サイトを比較対象として取り上げて簡潔に論評しているのが上の記事。
記事の指摘は、短くいうと、語学学習のように「サイト利用の目的」が明確なところは、Freemiumよりも単純なSubscription(契約)モデルの方が適している。
その一方で、ニュースサイトは、そもそも「何が目的で」その情報を見ようとしているのか必ずしも明確でない、だから、様々な気づきや関心をフックにしてそのサイトに流入してくることを排除するのは賢明ではない(だから、Freemiumを継続した方がいい)。
利用者の中にあるのは、「今何が起こっているのか」とか「何か知らなきゃいけないことはあるのか」などの、漠然としたもの。そのため、とにかく「全てのニュースの全体像(と思えるもの)」をとりあえず提供してくれる、Google NewsやYahoo! Newsをチェックする。あるいは、FacebookやTwitterのような形で、身近な人が薦めてくれるものから眺めてみる。
このように「関心の導線」は様々。
だから、Freemiumを維持した方がいい。
今回のWSJの場合でいえば、Google Newsから飛んでくる人を排除しない。しかも、Google Newsからであれば「裏技」的に、有料記事も無料で見ることができる。それは、上の関心の発生からすれば当たり前の処置で、リンク先に行ったら契約者しか見られません、といったら、単純に、そのトラフィックを失うだけのことになるから。
だから、このWSJの場合のポイントは、「対価のイメージ」はユーザー個々人のメンタルマップに依存するので、提供者の方から一方的に「これは無料、これは有料」というのは賢くない、ということ。他の人の関心に導かれていったさきの情報が、紹介者よりも意味があると思うこともあれば意味がない、ということもある。ただ、どちらの評価になるにしても、その情報に実際に触れないことにはどうしようもない。ということで、上の「裏口」は維持してもいいのではないか。
裏口の確保は今のところ手っ取り早い方法として「無料」になっているが、その無料を「極めて安い有料」にしてもいいのでは、というのが、たとえば、Google Checkoutなどで試みようとしていることだ。
これは、超小額でも「塵も積もれば山となる」発想。
このあたりは、個々の具体的な商品やサービスに応じて、いろいろとアイデアを出せるところのように思っている。
いずれにしても、Murdochの試みについては、しばらくは静観ということだろう。
新聞業界に限って言えば、以前、New York Timesがポール・クルーグマンやトーマス・フリードマンのようなコラムニストのコラムを中心に有料化するTimes Directというサービスを導入して失敗したケースがある。
WSJの試みは、こうした先行事例とあわせて評価されることになると思う。
もっとも、「利益を出す」ことを考えたら、景気回復した暁には、有料の方は値下げで、広告をガンガン入れる、となるだけかもしれない。
問題は、その時、以前のように広告がガンガン入るかどうか、ということなのだが。