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nook誕生: Barns & Nobleが進める、NYの活字文化のデジタル化

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クリスマスシーズン(NYでは多文化状況を踏まえてHappy Holiday シーズンというけど)を目前に控えて、Barnes & Nobleがe-book reader である“nook(ヌック)“を発表。

Barnes & Noble Plans E-Book Reader
【Wall Street Journal: October 21, 2009】

nookのイメージについては、次がわかりやすい。

A Sneak Peek at Barnes & Noble’s Nook
【Wall Street Journal: October 20, 2009】

nookの発売は11月下旬を予定しているというから、まさにThanksgivingからChristmasにかけての、アメリカの最大の商戦シーズンに合わせて発売される。

まず、基本的なスペックを整理しておくと:

●259ドル (AmazonのKindleと同じ)
●カラーでタッチスクリーン
●GoogleのAndroidがベース
●2GBで1500冊分のデジタルデータを蓄積可能
●ワイヤレスでのダウンロード

このあたりは、Kindleとほぼ同じ。

NYっぽいなぁ、と感じた面白い特徴としては:

●ダウンロードしたe-bookを14日間、(友達や家族に)貸し出すことができる(これはKindleではできない)。

本を貸したり借りたりするのは友人や家族の間ではよく行われる。もちろん、先日のエントリーで紹介したように、NYでは図書館のe-Lendingも普及してきているわけだけど、基本は友達や家族の間での薦めあい。

NYでは、本はクリスマスの贈り物としても選ばれるので、たとえば、nookを友達や家族に贈って互いに利用し合う、なんてことも想定しているのだと思う。

nookは店舗の中での活用も想定されていて:

●Barns & Nobleの店内にはいると、自動的に、その店舗のお奨めやバーゲン情報などの情報がダウンロードされてポップアップしてくる。

●書店内の書籍を店舗内に限り、nookで全てブラウズすることができる。

これは、テクニカルにはユビキタス関連技術を使った店舗の情報化ということになって、まず店舗開発の方向性として面白い。

NYにいたときは、Barns & Nobleには足繁く通っていたので、何となく何が起こるのかイメージできる。

Barns & Nobleは、基本的に大型書店(日本でいう紀伊國屋やジュンク堂のような感じ)であるから、当たり前のことながら蔵書数が多い。そして、アメリカ人って床に座ることを全然厭わないから、そこら中に座り込んで、思い思いに本を読んでいる。それも、子供、大人、問わずに(もっとも、立派な大人は、店舗内に併設されているStarbucksなどでコーヒーを飲みながらのことが多いけど)。

アメリカには日本のような再販制度、委託販売制度がないから、書籍は普通の商品と同じように値引き販売されることがしばしばある。新刊時に25ドルぐらいしていたハードカバーの小説がペーパーバック発売後は、バーゲンプライスで5ドルなんてことがしょっちゅうある。

また、Barns & Nobleのような大型書店では、作家本人による読書会(読み上げ会)があって、その場でサイン会も行われる。マンハッタンだとBarns & Nobleの旗艦店は、ユニオンスクエアにある5階建てくらいのビル全部からなる店舗だと思うが、そこではしばしばそうしたイベントが企画されていた。たまたまPaul Auster本人による読書会の機会に居合わせることがあったが、多くのファンが集まって、Austerの朗読に耳を傾けていた。

Barns & Nobleの店舗とはこのような場所なので、だから、店内の商品情報や催し物情報の提供や、本の立ち読みをnookが手助けしてくれる、というのは便利なだけでなく、実際に店舗の利用者の行動を観察した結果出てきた、その意味でBarns & Nobleの顧客行動に合わせたサービス内容に違いない。

e-retailerの登場以来、リアルの本屋はしばしば立ち読みするための場所になって、実際の購入はAmazonや楽天、というケースが日本でも増えていると思う(そして、その反動で、中規模以下の書店は、雑誌、新書、文庫、コミック、が中心の品揃えになって、コンビニ的な存在になりつつある)。

こうした傾向をふまえて、Amazonは書籍購入の利便性の更なる向上を目指してKindleを誕生させた。

それに対して、nookは単にデジタル本を読むためのガジェットにとどまるのでなく、リアルの店舗の活動の支援にもなるような「コミュニケーター」の卵のような存在として誕生したと解釈していいと思う(e-readerとして先行してiPhoneを採用した経験も生きているのかもしれない)。

リアル店舗の存在の有無、そして、そのリアル店舗が一種の「文化拠点」としてあったことが、nookとKindleの性格を微妙だが決定的に変えていくように思われる。

(そう思うと、GoogleのAndroidベースで開発されている、というのも納得がいく。逆にAndroidが、Smartphone専用のOSでもないことがわかって面白い。もっと広がりのあるOSとして捉えるべき、ということになる)。

この他のnookの特徴としては:

●既にPublic Domainにある書籍(50万冊)についてはGoogleからデジタルデータの提供を受ける予定(いわゆるGoogle Book Search用のデジタル本)。BN.comから無料でダウンロードできる予定。

●NYTやWSJなどの新聞(20紙以上)を読むことができる。

GoogleやNYTらの動きとも歩調を合わせているわけだ。

そして、ここでも店舗の運営経験が生きているように思う。つまり、nookの中に、できるだけBarns & Nobleで副次的に経験するようなこと、思いつくようなことも組み込もうとしているようにみえる。

仮に、単なる読書体験でなく、読書を通じた様々な経験や活動の総体を「活字文化」と名づけるとすれば、Barns & Nobleがnookで試みようとしていることは、そうした「活字文化」全般のデジタル化であるように思えるし、翻って、そのデジタル化された「活字文化」をまたリアルの店舗の活動にフィードバックさせるような試みであるように思える。

上でガジェットではなくコミュニケーターというように言ったけど、もしかしたらリアルとデジタルの間の往復を常態化させるAR(Augmented Reality)への経路の一つになるのかもしれない。

*

それにしても、「ヌックとキンドル」とは(笑)。
なんだか絵本や童話のタイトルのようで、微笑ましい。