466
466
Wireless Industry(無線を利用する携帯電話を中心とした産業)の団体であるCTIA(Cellular Telecommunications & Internet Association)がSan Diegoで開催していた国際コンベンションで、FCC委員長のGenachowskiが講演を行い、今後の携帯電話事業に対する彼の考えを披露した。
FCC Looks to Add to Airwaves for Wireless
【Wall Street Journal: October 8, 2009】
FCC Chief Promises Industry More Spectrum -- and Net Neutrality Rules
【Washington Post: October 8, 2009】
講演は「アメとムチ」からなる。
アメは、新たな周波数資源を携帯電話事業に用意すること。Smartphoneの登場によって、容量の大きいデータのやりとりが行われるようになり、無線通信の周波数需要は逼迫していた。無線産業はAT&TやVerizonのような携帯電話会社を中心にロビイングに力を入れ、新たな周波数資源の開放を連邦政府に働きかけてきた。Genachowskiはこの要請に応え、新たに周波数を用意する方針を示した。
では、ムチは何か。
それは、携帯電話事業、というよりも、Wireless Internet/Broadband(無線を使ったインターネットもしくはブロードバンド事業)においても、有線同様、net neutralityの原則を適用する方針を示したこと。先日のBrookings Instituteでの講演会で示した方針を、改めて、当事者たる携帯電話産業の人びとの前で確認したわけだ。
なぜこれがムチになるのか。
上で記したように、無線データ通信の場合、有線のそれと異なり、回線容量が足りなくなったからといって、容量を増設することが容易ではないからだ。そのため、事業者からすると、利用者の満足度を一定の範囲内に収めるために、利用アプリケーションやサービスによってトラフィックを管理しようという発想が出てくる。裏返すと、その周波数の「やりくり」のガイドラインによってサービスの種類や総量が示されることになる。
だが、net neutralityの原則に従えばこうした「事業者による制御」は御法度になる。したがって、事業者からすると、予想される障害や利用者の不満をいかにして回避するか、その発想から変えなければならなくなる。また、これは有線でも同じことだが、ヘビーユーザーとライトユーザーの間で料金が同じなのか、という問題も生じる。
net neutralityの原則は、データ通信において、というかインターネットやブロードバンド利用において、有線、無線の境界を限りなくなくしていくことも意味する。
従来であれば、トラフィックが急激に増大した場合は、有線の場合は、極論すれば回線の数を増やせばよい。そうして急場を凌ぎながら、その間に、より速度の上がる伝送技術を開発することで抜本的な解決を図ることができる。
それに対して、無線の方は周波数自体を一気に増やすことはできないので、周波数の利用効率を上げないといけない。そして、それはネットワークであるが故に、あるタイミングで全体を変更しなければならない。それが、3Gや4Gと言われるときのG=Generation概念になる。
裏返すと、G概念が残っている限り、無線と有線との間には明確な区別がなされ、技術開発目標も別々のものになり続ける。そうして、有線と無線の間では異なる技術開発が行われていくことになる。
しかし、これは、ユーザーの利用意向、市場の求めるもの、なのだろうか。
利用者にとっては、無線も有線の区別もないのではないか。
そして、ひとたび、アメリカ市民の誰もがブロードバンド環境を利用できるようにする、つまり、水道やガスや電気、そして、今までの電話と同じように、ブロードバンドをutilities=公益事業と定義づけるならば、大切なのは、有線無線の区別ではなく、とにかくブロードバンドが人びとの前に提供されることではないか。
こうした考え方を、Genachowskiは採っているように思える。
そのため、彼は、たとえば、フェムトセルのような、有線・無線の混合形態、つまり、家庭などのある施設までは有線で、その施設内では無線で、ワイヤレスでポータブルな利用ができる形態に、可能性を見いだしていたりする。もっとも、フェムトセルというのは、無線事業から名称で、家庭まで有線、そこから先は無線、というのは、インターネットであれば、ただの無線LANに過ぎないのだが。
あるいは、たとえば、iPhoneのようなSmartphoneでは、3Gの通信回線と無線LANがデュアルで利用できるのが標準で、無線LANが利用できる環境では、その方が、速度が速いという事態を、実際にユーザーが経験する事態が既に生じている。ユーザーからすれば、ダウンロードするなら無線LANでいいじゃないか、と思うはず。そして、このような経験は、周波数資源に限りがあるという制約条件の中では、あまり周波数を有効に利用しているとは言えないのでは、という疑問も生じさせる。
90年代初頭の、まだインターネットもブロードバンドもなかった頃に、MITメディアラボのネグロポンテ教授が、「ネグロポンテ・スイッチ」という考えを示した。簡単にいうと、将来、主に伝送速度と技術的制約から、デジタル時代になれば「テレビは有線で、電話は無線で」行うのが適切な選択となる、これは、アナログ時代の「テレビは無線、電話は有線」という状況と、全く逆転=スイッチ(switch)することになる。だから、ネグロポンテ・スイッチ、といわれていた。
今、Genachowskiが主張していることは、どうやら別々の進化の道を歩んでしまっている有線と無線の世界の垣根を取り払って、ネグロポンテ・スイッチが本当に起こるものなのか、試みてみようとしているように見える。少なくとも、無線・有線の区別がないところで、どのような資源配分が行われるのか、そのことに興味を持っているように思える。どうなるかわからない謎のあるところ、innovationが生まれる可能性は高い、という楽観的な視点も含みながら。
もちろん、こうしたGenachowskiの夢は、今まで地道に無線通信の世界の彫啄に全勢力を傾けてきた事業者からすれば承伏しがたいものだろう。たとえば、QualcommのCEOであるPaul Jacobsは、Genachowskiのスピーチの翌日、net neutralityが無線の世界の現実にはそぐわないものであることを訴えている。
Qualcomm chief in call over heavy data users
【Financial Times: October 8, 2009】
Qualcommはまさに、無線のG概念に基づく開発を実践してきた会社(CDMAという方式の開発会社)。通信用の周波数を放送波のように使うMediaFLOによって、放送的な映像サービスの提供も推奨している会社。Qualcommのような会社からすると、無線と有線の間の垣根が消えるのは、自分たちのマーケットポジションの再定義を迫られるため、なかなか受け入れがたいことなのだろう。
けれども、既に、Appleが、音楽ならiPod、ゲームならiPhoneやiPod nanoで示しているように、たいていのエンタテインメントコンテントは、ダウンロードして手元のハードディスクなどの記憶媒体に大量にストアして消費する形態が根付いてきている。Podcastなど、その最たるもの。そこで大切なのは、最も速くて安い方法でダウンロードできればよい、ということ。
携帯電話は、十数年前に商品化され、有線電話と競合しながらユーザーを増やした。データ通信の容量を増して、アプリケーションを増やしていった(特に、日本では、i-modeのような形で独自に進化した)。そして、個人の利用が当たり前になった。だからこそ3G、4G、LTE、のような、通信規格の進化にあわせてユーザーの移行を図ることは、一大事業になってしまった。
当初は、携帯電話は、絶対的な価値、つまり、場所に縛られずに「自由に」電話ができる、という価値を提供することができた。その意味では、需要=ニーズが明確にある商品だった。しかし、スペックアップに伴い、徐々にシーズ志向、つまり、開発された技術ありきでビジネスを始めなければならなくなった。基本的なニーズは満たされたところでスペックアップが図られ続けるからだ。
しかも、無線産業の場合、やっかいなのは、規格自体が国際機関で決定されるため、最初から国際関係の力学の中に放り出されているところがある。冷戦時の米ソのミサイル開発競争とまではいわないまでも、初めに「開発競争ありき」の中で、技術開発が進められてきたところがある(もちろん無線の軍事利用は大きな応用分野の一つだが)。つまり、市場の利用意向とは別の力学で、「進化」を運命づけられているところがある。
Genachowskiの提案は、だから、こうした一種のチキンゲーム的状況を改善したいという考えもあるように思う。言葉としては、あまり似合わないかもしれないが、いわば、sustainableな技術開発を行っていく、ということか。ちょうど、電力発電の世界で、smart gridのような形で、分散型のインフラ設計思想が導入されようとしているのに近い発想だと思う。
そういう意味では、Genachowskiは、net neutralityの他にも、無線周波数について二次市場を整備する考えも示している。アメリカの場合、周波数の獲得にはオークション制が導入されていて、オークション参加者は、将来的な周波数利用から得られる収益を見越して購入金額を確定する。そうすると、Genachowskiの考えるnet neutrality政策の結果、オークション時に想定していたサービスを実現するのが不可能になる企業が出てくる可能性がでてくる。そうした事態に対して、二次市場として、第三者に周波数をリースする仕組みを導入しようとしている。そうして、Genachowskiの考える有線・無線の区別のない世界で、有効な周波数利用を考案した事業者が既存の周波数を利用できるようにする。そうした環境の整備を考えている。
Genachowskiのスピーチからここまで想像するのは、少しばかり度が過ぎているかもしれない。けれども、彼が、親Silicon Valleyの人物であることを踏まえると、有線無線を問わず、インターネットのルールで、ブロードバンドの世界を構築しようとするのはそれほど無理な発想ではないと思う。そして、インターネットのルールが席巻するということは、その一方で、(無線)電話のルールが排除される、ということも含意するのだろう。
こうした動きの徴候は、Genachowskiに限らず、他でも見られるのだが、それは機会を見て、別のエントリーで考察してみたいと思う。