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September 10, 2009
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junichi ikeda

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Zagatを追い抜くYelp: Online Publishingの中心地 San Francisco

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日本版もある、レストランをはじめとするランキング付きのガイドブックであるZagat Survey。そのZagat Surveyを、創始者のZagat夫妻が2億ドルで売却しようとしていたのだが、どうやらうまくいかなったことを伝える記事。

Zagat-about 'em
【New York Post: September 8, 2009】

売却話が流れてしまったのは、当たり前のことながら、Zagat Surveyにそれだけの価値があると判断されなかったから。経済状況が良くないことももちろん理由の一つだが、それ以上に、競合の登場によってZagatの将来性にそれほど期待を持てなくなったこともあるようだ。

その競合がYelp。

Zagat Surveyと同じようにレストランをはじめとするお店の評価がなされているが、Yelpはオンライン専業で、現在急成長中。アメリカだけで700万人のユーザーがいて、トラフィックも急増中。Zagatがレビューアーを限定しているのに対して、Yelpは一般の利用者が思い思いの評価をアップしていくシステム。Zagatもオンラインサイトを運営しているが有料。対してYelpは無料。

簡単にいえば、Yelpは元祖Web 2.0的なSNSの要素をふんだんに持つサイトで、利用者はレストランレビューに関して「読み手」であると同時に「書き手」でもあるため、参加性の高いサイトになり、Zagatを凌駕するにいたっている。

Yelpに限らず、アメリカではこうしたSNSサイトが、地域情報の集積地として機能していて、突然の来訪者でも都市を上手く利用できるため、重宝がられている。このあたりは、たとえば、次の記事が参考になる。

Facebook Status? In Town and Wondering What to Do
【New York Times: May 7, 2009】

アメリカの場合、日本のように東京一極集中ということはないので、単なる観光だけでなくビジネスでも各地を訪れることは多い。そのような時にYelpのようなサイトが役立つことになる。基本は当該都市の在住者にとっての情報集積サイトなわけだが、それがビジターにも役立つわけだ。

*

このように、ZagatがもともとはPrint Publishingからスタートし、それがゆえにうまくオンラインになじめなかったのに対して、Yelpは最初からオンラインからスタートしたがゆえに、オンラインの特性を生かし切っている。ここに、ZagatとYelpの違いがある。

面白いのは、Zagatの本拠地がNYであるのに対して、YelpはSan Francisco(以下SF)に本拠地があること。NYがアメリカにおいてPrint Publishingの中心地であるのに対して、SFはOnline Publishingの街として浮上しつつある。SFには、WIREDやSalon.comもある。SF生まれのOnline Community的存在にはCraigslistもある。

従来の紙媒体の出版物をオンラインにした場合に明らかになることの一つとして、出版物や雑誌が、「書き手=読者共同体」とでもいうべき存在であるということ。そして、この「書き手=読者共同体」となるような出版物については、上のYelpのように、SNS的存在、Online Community的存在ととても相性がいい。書き手と読者の立場が固定されずに容易に入れ替われるところがオンラインの面白いところ。

いずれにしても、San Franciscoがある意味Online Publishing = Online Communityの中心地となっているというのは、NYとの対比で考えるといろいろと興味深いと思う。

そう思うとZagatはZagatでとてもNY的。そもそも、Zagat夫妻がZagat Surveyを始めたのは、夫妻がともに弁護士でクライアントの接待や、クライアントから感じの良い飲食店の紹介を求められたことからだという。ビジネスの街、商談の街、NYだからこそ、の話だし、ミシュランのようなガイドブックに行き着いたあたりも、NYが文化的には欧州文化の出先機関のようなところがあるのをよく表しているように思う。

実際、NYにしばらく住んでみると、随所にフランス・テイスト、パリ・テイストが浸透していることに気がつく。服飾だけでなく、ちょっとした小物でもフランス製、欧州製のものは多いし、たとえば、生活にゆとりのある家庭の主婦が半ば趣味でフランス語教室に通っていたりする(これがビジネスウーマンになると実利からスペイン語が多くなる。ラテンアメリカとのビジネスだけでなく、NY在住のスペイン語圏の人びととNYでビジネスを回していくためにもスペイン語ができた方が有利であるため)。

それに比べて、San Franciscoの方は、最初から世界中を考えるところがあって、Yelpにしても、2004年の設立にもかかわらず、既にイギリス、カナダ、アイルランド、に支社を置いていて、自分たちこそがOnline Worldの伝承者である、といった風で国外にも向き合っているところが面白い。

忘れないうちに書いておくと、アメリカの場合、精神的には州=国のようなところがあるので、たとえば、カリフォルニアの人から見たら、ニューヨークもマサチューセッツもカナダもイギリスも感覚的には州外の土地として同一平面上に捉えられるところがある。

余談ついでにさらに書いておくと、アメリカでは自分たちのことはアメリカと呼ばず、たいていの場合は、US=United Statesと呼ぶ。これは、文字通り訳せば「結束した州群」とでも言うべきもの。しかもState=州、と言い換えるのは、翻訳の便宜上、日本人が勝手に行っているだけのことで、たとえば、「国民国家=nation state」であることを考えると、stateは州というよりも国みたいなものと捉えた方がしっくりすることは多い(これは、USA成立以前のNew York Stateは日本語では「ニューヨーク邦」というように「邦(ほう)」という訳語を当ててところに痕跡が残っている)。

*

いずれにしても、上で紹介したZagatの記事も、単にZagat Surveyは大変だな、という読解にとどまるのではなく、Zagatを追い込んでいるYelpの存在や、そのYelpが、Online Publishingで在SFということから、Publishingを巡る新旧の対立(Online vs Print)やそれを支える都市の対立(SF vs NY)という点にまで広げて理解しておくと、アメリカの動きを捉えるには何かと役に立つものと思われる。

なお、Publishingというのは、Publicとの連想ができるように、原義は「公にすること」。これも、Publishing=出版、と訳すのでは、最初から、Publishingとは「版を作って印刷すること」にコミットしてしまうことになって、たとえば、出版文化を守るためには印刷文化が大切だ、という方向に勝手に傾きがち。単に情報を「公にすること」ぐらいのニュアンスで捉えておけば、それが、紙であろうとオンラインであろうと構わない、という感覚をもてるように思う。こういう翻訳語のもつ「窮屈さ」には予め自覚的になった方が自由にものごとを考えることができるように思う。