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アメリカの不況は、現役大学生、大学院生の生活にも影響を与えている。せっかく有名校に合格したにもかかわらず学費が工面できなくなったり、現役大学生が生活費確保のために行っていたバイトがなくなってしまったり、はたまた、キャリアプランとしてメディカルスクールやロースクールなどのプロフェッショナルスクールへの進学を考えていたものの奨学金の確保がむずかしくなったり、という具合。
こうした状況で、新たな学生ローン手段を提供するサイトのUnithriveを紹介したのが次の記事。
I’m Going to Harvard. Will You Sponsor Me?
【New York Times: June 12, 2009】
利用者はHarvard Communityつまり、Harvardの在校生と卒業生(アラムナイ)に限られるものの、両者の間で直接の貸借関係をつくるための場、いわばマッチングサイトがUnithriveということになる。
上の記事によれば、ローン利用の学生には上限額として2000ドルが設定されている。ローンの条件は、無利子、ただし、卒業後5年で返済をしなければいけない、という。つまり、利子に相当する金額が一種の贈与として現役学生にアラムナイから贈られることになる。
アラムナイに対しては、愛校心への訴えという精神的な満足と、アメリカでも当分続きそうな低金利政策下での「手持ち資産」の意義ある運用、という点で、アピールすることになるのだろう。もっとも、今のところは、資産家として有名な一族のうちのHarvard 卒業生が主たるローン提供者ということだから、前者が主たるアピールポイント、ということなのだろうけど。
(細かいことだけど、学費として借りた場合、そのお金が学生の口座にではなく、Harvardの学務課の口座に、Unithriveから直接振り込まれるというのは、よく考えてあると思う)。
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Unithriveの創始者はHarvardの三人の卒業生。その一人の、Joshua Kushnerの設立意図がふるっている。彼自身は、ユダヤ系の有名な不動産一族であるKushner familyの一人。
(兄のJaredは雑誌のNew York Observerを買収するなどビジネスマンとしても活躍している。不動産事業で儲けて出版事業を手にするという、ある意味典型的なユダヤ人実業家の振る舞い)。
で、JoshuaのUnithrive設立の発想が面白くて、それは「学生で一番意味があるのは授業で何を学ぶかではなく、授業の外で何をするか」ということであり、「生活費のために授業以外の時間にコーヒーショップでバイトしたりする」のは、「貴重な機会を失うことになる」というもの。
多分、Joshua が考えているのはこんなことではないか。つまり、「それくらいなら、学生の間は返済可能な範囲で借金をして、卒業後それを返済する方がいい。だって、それくらいの金額は後日簡単に返せるくらいの人物になるために、今の貴重な時間があるんだろうし、それくらいの人物になれるくらいの能力や勤勉さを兼ね備えている自負があるからHarvardにいるんだろう」と。
これもある意味典型的なユダヤ人の発想。つまり、Harvardの学生には、それだけの「人的資本」としての価値がある、ということ。「人的資本」をもつ人物には、その人的資本が将来生み出す価値を含めて関係を築くべきだ、ということ。
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留学時にNYで出会った人の中に美術関係の人がいて、その人が似たようなエピソードを聞かせてくれたことがある。おおむねこんな話だったはず。
その人は、美術関係の仕事をしようとNYにやってきて、まずは住むところの確保のために不動産をいくつか回った。当たり前のことながら、家賃の支払い能力を示す書類が必要といわれた。書類というのは、銀行口座の残高だったり、クレジットカードなどの支払い履歴だったりするのだが、外国人であったその人は、クレジットヒストリーはないし、銀行残高も潤沢にあるわけではない。で、どうも借りるのは難しそうな雰囲気になったところで、大家さん(この人はユダヤ人)が、「で、仕事はなにをしている?」と聞き、その人は「画家です」と答えた。その場で何枚かスケッチを描いてみせたところ、即座に!okを出してくれた、という。こういう話。
つまり、お金を産み出す力を何か持っていることをとても大事にする。裏かえせば、将来の可能性だけかもしれないけれど、その可能性に賭けることは、一種の投資として捉えてしまう。
だから、人的資本の評価、活用、という視点からUnithriveを捉えることができるし、創立者のJoshua Kushnerはとてもそのことを意識している。
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Unithriveのもうひとつ興味深いところは、Kivaとのつながり。
Kiva Microfundsは開発国向けのマイクロファイナンス支援事業を行っているNPOだが、そのKivaのPresidentであるPremal Shahが、Unithriveの創立者の一人であるTanuj Parikhと親戚関係があること(二人はいとこの関係)。
だから、ということだろうが、Unithriveの事業は、Kivaが開発国向けに行っていることをいわばアメリカ国内に向けて行っているようなもの。
Kivaは、よく知られているように、開発国の資金需要に対して主にアメリカ国内からの資金提供者を募ることで融資の仲介を行う。資金提供者は寄付金という形で免税措置が執られるし、為替の差によって、アメリカ国内では小額の寄付でも、開発国においては大金になる。マイクロファイナンスのための元手を準備する存在と捉えておけばよい。
とりわけ、現在の金融危機というか、銀行の経営危機の際は、資金市場において信用逼迫が起こるので、銀行をバイパスする意義は大きい。
(日本の過去十年を振り返れば、ある事業で成功して、その事業からのキャッシュフローが潤沢にある会社(たとえばユニクロやワタミ)が事業拡大をしてさらに成功する、というパタンが見られたこともこうした自体を表しているだろう。信用逼迫で銀行が機能しないときは、企業内金融がうまく機能する会社が強い、ということになる)。
Kivaの事業の本質は、銀行に代わる、資金の需要者と提供者のマッチング、ならびに、幾ばくかの「善意」であった。同じことが国内に向けられるのがUnithrive。つまり、国外の開発国に代わって、今後の可能性を持つ「人的資本」に対して同種の資金提供を行う。Kivaが資金の地域的偏りを調整するサービスだとすれば、Unithriveが行おうとしているのは、いわば、資金の世代間の偏りを調整するサービスといえるだろう。
(そして、こういう「機能的に等価」な枠組が他ジャンルに適用可能なところがIT事業の本質。裏返せば、社会の構造の背後にある動的システムの類似性を探り出そうとするのが、IT分野で事業を考える際のポイントの一つといえる)。
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ということで、Unithriveは、Harvard Communityという極めてクローズドな「サークル」の中で行われている、つまり、Harvardに集うもの同士だったら「互いに裏切るようなことはない」というように、信用(trustの意味でもcreditの意味でも)を鉄の掟を持つ自発的なコミュニティで担保する、という点では極めてアメリカ的な動きといえる。
(そもそも、アメリカでSNSが紹介制でスタートしたのは、このコミュニティの結束の厳しさが発端にあったから。日本語でコミュニティというと、参入退出が本人の意思に委ねられている自由な集団ぐらいのニュアンスになるが、アメリカの場合、(文脈にもよるが)、コミュニティ=結社、ぐらいの、強固な関係に基づくものと捉えるほうが適切な時もあることは記憶しておいてもいいと思う)。
その一方で、ITを活用したマッチングサービスという点では、アメリカによらない、普遍的に適応可能な動きともいえる。
いずれにせよ、Unithriveはスタートしてまだ1ヶ月。成功か失敗かは、あと数年しないとわからない(何せ、返済は卒業後5年だから)。それでも、可能性としては、様々な含意をもつ動きだと思う。
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以下は、上の記事を読む上でのちょっとした背景補足。
●アイビーリーグの学費はやはり高い。私がNYにいたとき見かけた、春先のCMでは、アイビーリーグに子供が合格して喜ぶ一方、その学費の工面をどうするかで思案に暮れる父親像を描くものがあった。そのときの解決策の一つが、ホームエクイティローンだったわけだが。
●アメリカの大きな私立大学はEndowment(基金)の運用益で、年間の必要経費のかなりの部分をまかなうのが普通。大学が提供する奨学金制度もこの運用益で運営されている。Endowmentは、寄付金の累積+寄付金の運用益からなるため、当然、歴史の古い大学、アラムナイの多い大学、創業者が桁外れの資産家であった大学、であるほど、その規模は大きくなる。Harvardはアメリカ最古の大学ということもあってEndowmentの規模は全米で最大(それに続くのがYale、Princeton)。
●Endowmentの運用益で必要経費がまかなわれる、ということは、アメリカでは大学は主要な投資家のカテゴリーでもある。Endowmentは一般的なファンド同様、分散投資を心がけ、株式、債券のような伝統的な資産から、VC、不動産のようなオルタナティブ資産までポートフォリオを組んで投資する。裏返すと、Endowmentも今回の金融危機で運用損をだしている。Harvardも例外ではない。