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Matt BaiのNYTMの記事。
Taking the Hill
【New York Times Magazine: June 2, 2009】
オバマ政権にとって最大の政策課題であるヘルスケア改革を題材にしながら、現在のワシントンDCにおける、ホワイトハウスと連邦議会との間の綱引きをうまく描写している。
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ところで、今、「オバマ政権」と書いたが、ここではObama Administrationの訳として使っている。ただ、この「政権」という日本語表記は、アメリカの政治を読み解く際には、実はミスリーディングなところがあって、場合によると、このBaiの記事を理解する際の障害になる可能性すらある。最初にこのことを補足しておく。
「政権」という日本語の表記は、「権」のニュアンスから「政治の全権を握った存在」という意味を含んでいる。実際、議院内閣制を採用した国の場合、三権のうちの執行部(内閣とそれに紐つく官僚機構)の首長は、議会多数派から選出されるので、実質的に「執行部」と「立法部」は一体化した存在になり「政治的行動の全ての権力」を握った存在と見なされうる。
そのため、「○×政権」という言葉から受けるイメージは、①「○×氏」が執行部のトップ(日本では「首相」)であり、それは同時に、②議会多数派の首長(日本では多数派「党首」)であり、そのため、③執行部と議会が「○×氏」のもと(少なくとも表向きは)一体化した存在である、というもの。
しかし、このイメージを、大統領制を敷くアメリカに当てはめようとすると、最初から理解に躓くことになってしまう。なぜなら、執行部の首長たる大統領は、議会とは関係なく独立した選挙でアメリカ市民の投票によって直接選ばれるから。
むしろ、執行部(=大統領)と立法部(=連邦議会)は、システム的には、当初から「対立」する(=相互に監視し合う)ことを目指して分裂して設立された。これは、アメリカが独立する際、イギリスの政治的伝統、つまり、王から議会が様々な権力を勝ち取ってきた伝統、を尊重して自分たちの政体を作ったことに由来する。実際、アメリカの憲法の第一条は連邦議会に関する規定から始まっている(大統領についてが第二条。最高裁についてが第三条)。
(だから、原則論だけいえば、アメリカの最高機関は連邦議会ということになる。それが、大統領の方が前面に出るようになったのは、多分に20世紀に入ってからの出来事なわけだけど、これはまた別の機会にでも記そうと思う)。
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というわけで、アメリカでは、原則、大統領府と連邦議会はぶつかり合うように憲法でプログラムされているのがデフォルト。そして、それは、現在のアメリカのように、大統領も、議会多数派も同じデモクラットであっても変わらない、というのが、Baiの記事の大前提になっている。
ヘルスケア(医療保険制度)や地球環境保全のような政策は、政策の実行に当たって新たな制度=機関や、そのための予算が必要になるため、ホワイトハウスでいくら青図を描いたところで、議会がそれを立法化しない限り、文字通り、絵に描いた餅、に過ぎない。
そのため、Baiの表現によれば、オバマのホワイトハウスは、いまだかつてなかったほどに“The most Congress-centric Administration(議会中心の執行部)”となるような布陣が組まれている、という。
オバマ自身、前職が上院議員出身という点でJFK以来の大統領であるし、副大統領のBidenは数十年のキャリアを持つ上院議員出身だし、Chief of Staff(大統領首席補佐官)のEmanuelは下院の出身で、2006年の中間選挙でデモクラットが議席数で大躍進した立役者であり、Peloci下院議長からの信任は厚い人物(さらに、Emanuelは、ユダヤ系でもある、彼自身ファンドビジネスにも関わったとこともあり、金融業界とのパイプもある。ヘルスケア改革とは、要するに保険産業の改造なわけで、この点では彼の存在は大きい)。
オバマ、Biden、Emanuelに加えて、ホワイトハウススタッフの要所要所で、大物議員のスタッフを務めた人物や、議会内機関の要職を務めた人物を採用している。前者では、Deputy Chief of Staff (次席補佐官。Emanuelのスタッフ)であるJim Messina が、上院のヘルスケア改革の鍵を握るBaucus議員のスタッフ出身であること。後者では、OMB(ホワイトハウス内の予算計画局)のトップであるPeter Orzagが、議会にある、ホワイトハウス提出予算精査部署であるであるCBO(Congressional Budget Office)のスタッフ出身であること。
いずれにしても、上院・下院と緊密な連携を図れるように要所要所に人的つながりを確保するようなチーム編成が、ホワイトハウスではなされている。
Baiが、この“Congress-centric”という特性を強調するのは、前回の、クリントン政権の時のヘルスケア改革の試みが頓挫した歴史的経緯を重視しているから。
(Bai自身はあまり強調していないが、今回のヘルスケア改革のようなリベラルな大改革が行われたのは、60年代後半のことで、その頃、公民権法の制定や移民法の改正が行われた。それを主導したのは、暗殺されたJFKを引き継いで大統領になったジョンソン(LBJと略記)大統領だったのだが、LBJ自身、Bidenのような議員歴の長い、ベテランの上院議員出身で、公民権法のような大きな立法には、LBJの議員時代の人的コネクションが大きく機能したといわれている)。
クリントンは、南部のArkansas州のガバナー(知事)からホワイトハウス入りした(オバマがJFK以来のセネター出身の大統領といわれるように、この間の大統領は、クリントンに限らずみなガバナー出身)。そして、クリントンの時のヘルスケア改革は、現在国務長官を務めるヒラリー・クリントンが、First ladyという立場で推進した。いろいろと間をはしょって書くと、要するに、連邦議会とのコネクションが全くない人物たちが作ったヘルスケア改革の素案に対して、議会がそっぽを向いた形で終わり、結局、ヘルスケア改革は成功しなかった。
この歴史的事実を踏まえて、オバマ大統領は連邦議会の中核議員たちと協力して、ヘルスケア改革を実現しようとしている。
(議会との連携が不可欠だというのはヒラリーも経験上理解していたわけで、だからこそ、彼女は、将来の大統領選に向けてガバナーではなくセネターになることを選択したし、金融業界とのコネクション不可欠と判断したからこそ、Arkansasのような南部ではなく、金融の中心であるNY州での立候補を選択したのだと思う。彼女がユダヤ系支持=イスラエル支持に傾いたのも、NYでの支持を取り付けようと思うならば必然的だった。ちなみに、ビル・クリントンの事務所がマンハッタンのハーレムに設置されたのも、NYの基礎票である黒人票を確保すると同時に、南部における黒人票をも確保しようとする動きだったと思う)。
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とはいえ、議会と連携するというけれども主導権まで議会に渡してしまうつもりなのか?そうではなく、ホワイトハウスが主導権を握るにはどう動けばよいのか?
こういう疑問は当然でてくる。
とはいえ、さすがにエントリーが長くなったので、このことについては明日触れたいと思う。