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先週のArlen Specter上院議員の、GOPからデモクラットへのParty switchを受けて、GOPの去就を危ぶむ声が増えている。たとえば、今週のTIMEの以下の特集記事。
Republicans in the Wilderness: Is the Party Over?
Specter議員は、ペンシルベニア州選出でユダヤ系。穏健派共和党員(moderate Republican)の一人として知られていた人で、党の変更を表明する際には、以前、コリン・パウエル氏がオバマ候補を応援することを表明したときと同じように、「GOPは右に行きすぎてしまって、穏健派のいる余地がなくなった」ということに触れていた。つまり、GOPがおしなべて教条的な党になってしまって、Conservatismに即した考え方、たとえば、財政均衡、減税、pro-life(中絶反対)、gay marriage(同性愛者婚)反対、等の、考え方が絶対視されるようになってしまった。そのため、政策オプションが限定され、有権者の意向をうまく掬い上げることができなくなった、ということのようだ。
もちろん、党の変更は、Specter議員を選出するペンシルベニア州の状況も反映している。大統領選の際には、しばしば、スイング・ステイツの一つとして挙げられるように、ペンシルベニア州は、デモクラットとGOPの支持者が拮抗していて、昨年の大統領選でオバマが勝ったように、有権者の意向がデモクラットに傾斜しつつあるからだ。つまり、今までSpecter議員を支持していた有権者が、デモクラット的な政策を支持するなら、ある程度までは(一種の妥協として)GOPもデモクラットの政策をうまく呑み込む必要があるのだが、それができないほどGOP全体の雰囲気は教条的なConservativeになっている、というのが、Specter議員の言い分。
有権者の意向が変わったから党も変える、というのは、日本人だと理解しにくいところがあるだろうが、アメリカの場合、日本(あるいは欧州の)政党のような「党による縛りが絶対的」ということはない。デモクラットもGOPも連邦横断的なトップダウンの組織としてあるわけではない。組織そのものは、デモクラット、GOPともに、州単位で組織されていて、その緩やかな連合としてある、という方が適切だろう。しばしば誤解されるが、大統領は決して政党のトップではないし、そもそも、党の幹事長に相当するような役職も存在しない。大統領を全州の投票で選出しなければならないため全国規模での連携が必要なこと、そして、選挙の際にできるだけ相互協力を行うこと、の二つが、おそらく、連邦規模の「政党」として存在することの意義だろう。つまり、あくまでも選挙のための互助組織、という感じで、政策立案については、個々の議員が自前で行う(だからこその議員立法であり、そのサポートとしての各種シンクタンクの存在)。ということで、Specter議員の主張もアメリカでは日本ほど奇異には感じられない。
上で紹介したTIMEの記事は、Specter議員の動きを、GOP衰退の「徴候」として捉えている。
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ところで、上のTIMEの記事、実はこのエントリーを書いている間にタイトルが変わっていた。
最初は、
Republican in Distress: Is the Party Over?
だったのが、書き終えた頃には、
Republican in Wilderness: Is the Party Over?
というように、
Distress(苦悩) → Wilderness(荒野)
という具合に変わっていた。
多分、外部のGOP関係者(or支持者)から指摘があったのかもしれない。
「おれたちは、苦悩なんかしてない。
とりあえず、行き先が見えず、途方に暮れてるだけなんだよ」
という具合に。
細かいことだけど、こうした表現の調整は、ちょくちょく見られること。
アメリカっぽいといえばとてもアメリカっぽい。