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今回のオバマの選挙キャンペーンは、空中戦(マスメディアによるメッセージの一括頒布)と地上戦(有権者の属性に即したメッセージの提供)が連動したものとして、大統領選終了後は、総括記事が随所で出てくるだろう。もちろん、そうした連動を可能にしたものがインターネットだ。ネットを利用したキャンペーンは、前回の2004年の予備選で、ハワード・ディーンが採用したことで注目を集めたが、今回のオバマのキャンペーンは、その洗練度が段違いと言えるだろう。
ただ、それ以上に注目すべきは、そもそも、インターネットのような、フレキシブルかつスケーラブルなメディア(ツール)が登場していなかったら、おそらく、オバマのような、複雑なバックグランドをもった人物が、候補者に選ばれる、ということはなかった、ということだろう。
件の30分インフォマーシャルでも描かれているとおり、彼の生い立ちは、決して典型的なアメリカ人ではない。父はケニアから来た優秀な黒人、母はカンザスの白人、生育地はハワイでありインドネシア、ミドルネームはムスリムを連想させるもの、両親の離婚・再婚、父との離別・死別、祖父母による養育、大学はLA(オキシデンタル)からNY(コロンビア)へ、コロンビア卒業後はシカゴでコミュニティ活動、ロースルールはハーバード、ハーバードでは黒人発のローレビュー編集長(有力大学のローレビュー編集長ということは、法曹界で大成するチケットと手に入れたようなもの)、再びシカゴに戻り、コミュニティ・オーガナイザーをしつつ、シカゴ大学で教鞭も執る。その後、政界へ。しかも、宗教はカソリック・・・。
率直にいって、きわめて複雑なバックグランド。
ただ、この複雑なバックグランドが、80年代以降保守化した有権者の投票要因がもっぱら「文化的な争点」となり、有権者へのアピールが複雑になっていた状態に上手くフィットした。
というか、これだけ、文化的に細分化された、一人一人の文化的要素に当てはまる生い立ちを持った人も珍しい、といえるだろう。
黒人と白人の混血。
黒人としてのアイデンティティ。
プロテスタント
インテリ受けする高学歴(ハーバード、コロンビア、シカゴ)
アメリカ建国物語への深い理解(専門は憲法)
三大都市での生活実感(LA、NY、シカゴ)
アジア・パシフィックとのつながり(ハワイ、インドネシア)
アフリカとのつながり(父)
中西部・南部とのつながり(母、祖父母)
イスラム世界とのつながり(インドネシア、ミドルネーム)
多様な養育環境(両親の離婚・再婚、シングルマザー、祖父母)
アメリカン・ドリームを体現するかのような個人史(父の訪米、自身のステップアップ)
・・・
多分、これほど、文化的ディテールのある政治家は今までいなかったのではないか。そして、そのあまりに「間隙を衝く一撃」のような存在が、人々の心を魅了してやまなかったのではないだろうか。どこか、おとぎ話のようなところがそもそもある。(彼の自伝にもあるとおり、バラク、というファーストネームが常に違和感の端緒になったそうだ)。
ただ、これほど、複雑な要素をそれぞれの有権者にアピールするには、インターネットのように、マイクロターゲットとマスターゲットを同時に狙えるツールがなければそもそもアピール不能だったのではないかと思う。
いってしまえば、オバマという存在が、有権者のアピールポイントのコラージュとしてあって、一人一人の有権者は、彼/彼女の中で自分の選好にあうところを取り出して、そこからその有権者にとってのオバマ像をつくりあげていく、そうした微細な調整が可能なメディア=ツールとして、インターネットが役立った。いや、インターネットがなければ、これだけのアピールポイントも、いわば、宝の持ち腐れになってしまったことだろう。
そういう意味で、オバマは、インターネット時代になったからこそ、登場できた候補者だったといえる。
件のインフォマーシャルも、テレビメディアでの放送終了後、ネットでの視聴が可能という環境もあればこそ、長尺で作る意味があっただろうし、そもそも、あれだけのメディアバイイングの原資を集めるための装置としてもインターネットが有効だったのだし。
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おそらく、オバマがとったキャンペーン手法は、今後、マーケティングの世界でも利用されていくことだろう。
アメリカの選挙は、メディア選挙、マーケティング選挙、と言われるように、もともと、一般商品(特に消費財)のマスマーケティングの方法論を参考にしながら今日に至ったわけだが、インターネットの登場によって、どうやら、その手法の最前線が、一般商品から選挙の方に移ってしまったようだ。
商品は、細分化された市場に適応するところで止まってしまったのに対して、選挙はあくまでも、全有権者が対象で、かつ、一人一人の票の獲得を執拗jに追求する。その、マスとマイクロの両方を追求しないといけない性格が、インターネットというツールを最大限利用する方向に働いたのだと思う。
そういう意味で、この先、今までは手法としても表現としても分断されていた、ブランド・マーケティングとプロダクト・マーケティングとを架橋する、新しいマーケティング手法として(用語的には、アドボカシーとかを使いたいところだが、既に異なる意味で使われてしまっているので、要検討だが)、オバマのキャンペーンは、リバース・エンジニアリング(換骨奪胎した後に再構成)されていくことだろう。
この点で、インフォマーシャルに、エリック・シュミット(グーグル社長)が登場していたのは示唆的だろう。社会的な文脈にも経営者トップ自らが登場し、その文脈の中で自社をアピールする文脈を得る。これからの、新たな企業のコミュニケーション --それはもはや、広報とかPRとか、商品広告とか、企業内コミュニケーションとかいう、既存のコミュニケーションカテゴリーを越えた類いのものに違いない-- のひな形になっていくに違いない。