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EUの独禁法当局は、GoogleのAndroidを独禁法違反の対象とみなし、異議通知書を送付した。
E.U. Charges Dispute Google’s Claims That Android Is Open to All
【April 20, 2016】
Androidは、世界にあるスマートフォンの8割に搭載されたOSであり、EUの判断によれば、Googleは、スマートフォン市場におけるAndroidの占有的地位を梃子にして、アップ市場等でも同社に有利なビジネスをしているという。
とはいえ、このEUとGoogleとの争いについては、ああ、またか、とか、あれ、まだやってるの?という感想を持つ人も多いのではないだろうか。検索や書籍デジタル化などをはじめとしてEUとGoogleの間では係争が絶えず、常に何か争っているという感じで、その分、もしかして決着や解決は先延ばしされているのでは?という印象をもちたくなるくらいだ。
争いが絶えない理由の一つには、もともと検索市場におけるGoogleのシェアが、欧州ではアメリカよりも高いという事情があり、二つ目には、様々な領域でGoogleと競合する企業群(アメリカ企業も含む)が、Googleに法的枷をつけるならアメリカよりもEUの方が可能性が高いと見込んでおり、あれこれと競争を損なわれたという報告をしているから、ということがある。つまり、独禁法当局が目を光らせる相応の理由が常にあり、その状況を「法律戦争」を仕掛ける場として認識している各種競合事業者がいる。「各種」というのは、それだけGoogleのビジネス領域が広がっていることを示している。
さらには数年前に、当局のトップがGoogleの行動に以前から厳しい発言をしていたMargrethe Vestager女史に代わったという人事的側面も捨て置けない。なにより、EUからすれば、GoogleはEU域内の企業ではないという事実もある。つまりGoogleが「域外」企業だからということだが、この点については、Googleに限らず、AmazonやAppleなどのアメリカ企業にも目を光らせている。
要するにGoogleを巡る様々な利害関係が錯綜する中で、独禁法という「経済競争」における公正さという観点から、行動に制約をかけられないか、ということだ。実際、その「制約」は何も裁判を通じた判決によるものだけとは限らない。むしろ、裁判を回避し、独禁法当局との間で自発的に取り決めが交わされることがしばしば起こりうる。というのも、実際に独禁法違反が証明される案件は限られるからだ。資源や鉄鋼などのコモディティと関わるような分野で価格の値付けが外部の第三者にもある程度透明であり、そこから明らかなダンピングが行われている、ということが一目瞭然でもない限り、立証が難しいといわれる。
となると、独禁法という法の存在は、政府が特定の民間企業と何らかの取り決めを結ぶための契機となるものと捉えた方が現実的なのだろう。つまり、企業に対して法律違反というペナルティもあり得る限界状況を予め設定することで、「最悪の事態」が万が一にも生じた場合の不利益を回避するための事前判断を企業側に促し、結果として「自発的」な対処を求める。あるいは、独禁法当局との間で相互不信を取り除くための何らかの協定を結ばせる。つまり、企業側に何らかの行動を促すための契機となる法律というのが、独禁法の性格といえる。となると大事なのは「伝家の宝刀」を抜くぞと思わせることにあって、実際に抜いてしまったら実はあまり意味が無い。その点で、政府と企業の間での「政治ゲーム」のきっかけとなる法律ぐらいに思っておいたほうがよいのだろう。
(ついでにいえば、当局というのはあくまでも一国の政府内の執行部門であり、対して裁判を請け負うのは司法部門である。経済的な事業法についてはその監督機関が司法的要素を帯びていることが多く――なぜなら、当の事業法の違反なき運用を監督するのが当該行政機関の存在理由だから――、したがって、司法の判断に委ねるというのは当局からすれば、文字通り、「監督権限」を巡る「権威」が賭けられることになる。もしも、そこで当局が負ければ「面目丸つぶれ」となる。「政治ゲーム」というのは、そのような意味もある。)
ただ、この点で少しばかり複雑なのは、Googleの競争行為が、本社のあるアメリカでは法的に認められていることだ。つまり、究極的には、アメリカ当局とEU当局との間の面子を巡る「権威」の争いとなる可能性もある、ということだ。
となると、実際のところは法的な決着を明確にすることなく、とはいえ域内企業からのクレームを考えればフリーで見すごすこともできず、結果として、茶々を入れることだけが延々と続いていくというのが現実的な解釈のようにも思えてくる。つまり、EUとGoogleとの対立といいながら、その実、外交的対立をも内包したゲームである、ということだ。
もっともGoogleないしシリコンバレーとオバマ政権との関係は、ホワイトハウスへの人材供給という点でも、バレーのトップ経営者たち(たとえばエリック・シュミットやジョン・ドーアら)とホワイトハウススタッフとの近さという点でも良好なものといえそうなので、オバマ政権が終わって以後、アメリカ国内でどうなるかについては判然としないところもある。なぜならGoogleやFacebookなどが活躍し始めた時代は、ほぼオバマのホワイトハウス時代と重なるからだ。
要するに、独禁法というのは、経済法の中でも多分に観念的なもので、それゆえ、当局が一種の威嚇として利用することを除けば、実際にはなかなか扱いが難しいものといえる。その意味で、政治案件化しやすい。
ただこのように考えてくると、アメリカにおいては、90年代後半のMicrosoft訴訟以後、反トラスト法が、「独占の禁止」という命令ではなく、「競争の促進」という環境整備の性格を帯びてきていることも理解できるように思われる。そして、このアメリカにおいて生じた反トラスト法の性格の転換が、もしかしたらEUでは起こっていないのでないかという感じもしてくる。
なぜ、そう感じるかというと、もともと反トラスト法というのは、19世紀後半のアメリカ社会の現状を受けて登場してきたものだからだ。文字通り「トラスト」と呼ばれる大企業のグループ化を排除するためのものだった。
ここで「19世紀後半」という時代にこだわりたいのは、この時点では、経済学はようやく「限界革命」と呼ばれる近代的な経済学の形式化に向けた一歩を踏み出した頃にすぎないからだ。つまり、現在ならミクロ経済学の初歩的教科書にも載っているような独占や寡占の数理的説明(クールノー競争やベルトラン競争など)などは、当時はまだなかったのである。
にもかかわらず、反トラスト法として1890年にシャーマン法が定められたのは、トラストを形成するような大企業群の登場によって、経済的に自立した人びと(=「市民」)を減らしてしまい、結果として、政治の世界にも悪影響を及ぼすと考えられていたからであった。つまり、新規参入が常に可能となる自由な経済状況を確保しておくことが、結果として自律した個人を生み出し続けるための経済的基盤であると考えられていた。その点では、現在の反トラスト法の運用方針である「競争促進」という視点は、制定時のシャーマン法の考え方に回帰するものだったといえる。
だが、そのような制定のきっかけを知らずに、単に出来上がった「独禁法」という法律だけを移植した場合は、むしろ、今日あるミクロ経済学的な基礎づけの上になりたつ、需要曲線と供給曲線の重なりで議論するような形式的な理解に終止してしまうのではないか。EUの独禁法の扱いには、どうもそのような行政官による機械的運用としての性格が透けて見えてくる。
実際、ミクロ経済学的基礎づけがなされた後も、独禁法の解釈は、経済学の進展に合わせて解釈され直してきていた。通常はハーバード学派からシカゴ学派への転換といわれ、たとえば、今日のインターネット革命の環境を整備した「電気通信事業の開放」という事態も、すなわちアメリカであれば、電話市場を独占していたAT&Tの分割という事件も、シカゴ学派的な、マーケットメカニズムを信用する考え方が洗練化されたからこそ実現したものだった(今日のゲーム理論やマーケットデザインなどにまで繋がる考え方だ)。
そうした考え方の流れの中で90年代末にMicrosoft訴訟がなされ、インターネットのビジネスモデルの文脈では、オープンなエコシステムを志向する考え方が、ビジネス戦略としても選択されるようになってきた。Googleは、そのMicrosoft訴訟の後の「競争促進」をよしとする反トラスト法解釈の環境の中で生まれてきた。そして、競争促進の成果として「錦の御旗」扱いされるのが「消費者便益/ユーザーベネフィット」だ。「消費者保護」がむしろ行政の役割としてクローズアップされたのもその文脈からだった。
いずれにしてもGoogleが成長したのは、そのような「競争条件」の下であった。EUとの係争の中で「ユーザーベネフィット」が、Googleからの反論として提出されるのもそのためだ。となると、先に「独禁法は観念的」といったように、もしかしたら、EU当局とGoogleとの間には、その「観念」をめぐって齟齬があるのかもしれない。となると、これは、経済のあり方を巡る一種のプチ宗教戦争でもあるように思えてくる。そして、それが観念を巡る争いになればなるほど、その決着を法的につけることの意味は大きくなってくる。このあたりが、EUとGoogleの係争は、その時どきのホットトピックを対象にしながら、しかし、延々と続いていく、終わらない係争のように感じられる理由でもある。
もっとも全ての発端は、Googleの検索シェアが欧州で高いということにあるわけだが。むしろ、どうしてそのような事態が欧州では生じてしまったのか。その経緯や背景の方が気になるところである。