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混迷する共和党がアメリカ社会に示唆するもの

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去る9月25日、アメリカ連邦議会の下院議長のジョン・ベーナーが10月末に下院議長を辞任し、同時に下院議員も辞めることを公表した。

John Boehner, House Speaker, Will Resign From Congress
【New York Times: September 25, 2015】

敬虔なカトリック信者でもあるベーナーは、ローマ法王を連邦議会に迎えた際に感激のあまり落涙してしまったぐらい、涙もろい「泣き虫ベーナー」で知られている。晴れてローマ法王を紹介することもできて本望を遂げたため、今回の辞任に至ったのでは、と冗談交じりに伝えられるほどだ。

すでに今週に入って、後任の議長候補者の名前が上がっているものの、ベーナーの辞任は、来年の大統領選の帰趨も含めて、共和党の出来事に留まらないものとなりそうだ。

もう少し明確にいえば、さて、共和党は本当にこの先どうなるのか?という疑問を持たざるをえない。それほどまでに分裂の危機に瀕しているのではないか?、と思わずにはいられないからだ。

来年は大統領選のある年で、共和党も民主党も、1月からの党内予備選に向けてせわしなくなってきている。だが、すでに知られるように、共和党の予備選に向けては、一時は、17人もの候補者が名乗りを上げてしまい、テレビディベートひとつとっても、全員は参加できないため、では、誰を選ぶのか、というのが話題になってしまうほどだった。

その上、大本命と思われていたブッシュ家次男のジェブ・ブッシュ(元フロリダ州知事)を押さえて、人気の筆頭に踊りでたのが不動産王のドナルド・トランプという事態。さらに、民主党の本命であるヒラリー・クリントンへの、女性票確保のための対抗馬として、HPの元CEOであるカーリー・フィオリーナも、トランプとのディベートを経て支持率を上げてきている。

オバマ大統領登場後に台頭したTea Partyの支持を受けたものとしては、ジェブ・ブッシュの弟子といわれるマルコ・ルビオ(フロリダ州選出連邦上院議員)や、テッド・クルーズ(テキサス州選出上院議員)が立候補している。

いくら予備選とはいえ、17人も立候補するほど事前の党内調整ができず、にもかかわらずトップ人気の候補者は、党員ではあれど今まで選挙の洗礼を受けたことのない民間出身者が占め、それを苦々しく感じているTea Party候補者がいる。それが、今の共和党の予備選の状況だ。つまり、共和党としての意志は全く見られず、ただただ、民主党候補者に対抗する、ということだけで同じ傘の下に集まってしまった、と思わざるをえない状況だ。

さすがに、この乱立状況が続いたままだと、予備選でも本当にトランプが勝ちかねない、というように思ったためか、スコット・ウォーカーのように立候補を取り下げ、ちゃんとした政務や公務の経験のある「政治家」から候補者を立てよう、という動きも出てきている。とはいえ、傍から見ても、バラバラ、という印象を与えるのが、現在の共和党だ。

もちろん、このバラバラの状況は、半分くらいは、アメリカの政党が、もともと地方の選挙組織が全米に亘って連携を組んだ、選挙対策のための連合であり、それゆえ党首も存在しない組織であることから生じていることではある。そのため、地元での支持を固めた野心のある候補者が自発的に名乗りを上げるのは何ら不思議なことではない。とはいえ、従来であれば、そうした候補者の名は党の実力者の耳に入り、事前にそれなりの調整を行って候補を絞り込んでいくのが、一種の習慣だった。

だから、このバラバラっぷりは、そのような調整能力がなくなったことを示唆している。ということは、それだけの実力者もいなくなっているのでは?という気にさせる。

ベーナーが下院議長を辞めるだけでなく議員も辞するのは、このような状況下である。

しかも、ベーナーの後任と目されていた、元ウィップ(ナンバー2職)のエリック・カンターは、昨年の中間選挙では、本選に臨むまでもなく、予備選の段階でTea Partyに擁立された対立候補に負けてしまい議席を失っている。つまり、ベーナーからすれば、片肺飛行で議会を取り仕切るしかなく、その結果、とうとう辞任するまでに疲労困憊してしまった、というのが実情なのだろう。

ベーナーの辞任が与える衝撃は共和党に留まらない、というのはこのためだ。下院の運営は誰が取り仕切るのか、下院共和党の面々をどう調整するのか、さらには、来年の大統領選と、同時にある上院(一部)と下院(全部)の選挙はどう戦うのか。そのような意思決定の、中心とは言わないまでも中核にいたベーナーがやめてしまうのだから、その影響は共和党にとどまらない。

ところで、2016年の大統領選については、2008年、2012年の結果を見て、今回は、どのようなウェブやITの利用が試みられるのだろう、と日頃から個人的には思っていたのだが、どうやら2016年については、そのような「ツール」としてのウェブ/ITよりも、そもそもウェブ/ITが変えてしまった「社会」において、誰が政治を担うのか、というような、政治や社会そのものについての影響(とその結果)の方が、話題になってしまうのではないかと思えてきた。

政党の拘束が相対的に弱いアメリカの選挙では、突き詰めれば、選挙戦を戦えるだけの軍資金と、それを有効に使うための種銭となる知名度/有名性が、立候補を決める際の鍵を握る。すでに、そのような傾向は、ビル・クリントンの頃からあったのだが、それでもその主体は政治経験者だった。今回のように、いきなり富豪が候補者に名乗り出る、ということはなかった。Tea Partyの後ろ盾といわれるKoch Brothersにしても、選挙資金は出すが、実際の政治は政治経験者に任せている(だから、トランプの勢いに対して、もっぱら臍を噛んでいるのはKoch Brothers だという向きは多い)。

オバマ大統領は、2008年の大統領選で、当時誕生間もないソーシャルネットワークを用いて支持者や献金を集め、ウェブを選挙や政治のためのコミュニケーションメディアとして位置づけ、新しい時代を開いた。その認識やインフラが当たり前になった結果、今回のような事態を呼び起こしたといえるのだろう。

それは共和党だけでなく、民主党の側でも起きている。サイバー法の権威であり、近年は連邦議会の腐敗を憂えていたローレンス・レッシグが、クラウドファンディングで選挙資金を集めることに成功し、民主党の予備選に出馬すると発表しているからだ。

レッシグの動きは、いわばトランプの対極の動きである。トランプは自己資産で選挙資金を賄う。少なくとも出馬にあたっての資金は手元にあるもので十分だった。対してレッシグは、クラウド(群衆)から資金をかき集め、出馬する。どちらにしても、政党の力は借りない。しかし、党員であるから、所属する支持政党からの立候補を行う。かつてのロス・ペローやラルフ・ネーダーのように、第三党として予備選を飛ばして、直接本選に出るようなことはしない。なぜなら彼らが立候補する理由の半分は、支持政党の体たらくに対する憤りにあるからだ。

となると、レッシグの動きまで含めて見るならば、2016年の大統領選に向けた動きは、過去10年余りにアメリカ社会に浸透してきたウェブの流儀が、アメリカ社会の意思決定の場である政治の現場にまで届き、従来なら出馬しない、あるいは直接政治家とは争わないと思っていた人たちであっても、あ、これなら十分戦える、と思ってしまうほどにまで、そして、そのような決断を周辺にいる人達も決して蛮勇ではないと納得させてしまえるほどにまで、アメリカ社会がウェブの仕組みにどっぷり使ってしまったことを示唆しているのだろう。

ベーナーの辞任も、そのような中で生じたものと解釈できる。後任が誰であれ、この分裂し、フラグメントされ、分極化した状況と対峙しなければならない。共和党は、一体どういう形で、この苦境を乗り切るのか。あるいは、そのような党を案じる気持ちもすでに分散してしまっているのか。だとすれば、そもそも共和党はこのまま存続するのだろうか。

リンカーンとともに、南北戦争の分裂という危機を、アメリカ建国時の共和主義精神に則って是が非でも回避しようとして登場した「共和」党にとっては、向こう数年は、どうやら一つの正念場なのだろう。アメリカ社会は、21世紀に入って最初の内発的な転機に差し掛かっているのかもしれない。