American Prism XYZ

FERMAT

755

latest update
January 17, 2013
22:14 jst
author
junichi ikeda

print

contact

755

Aaron Swartzが残したこと

latest update
January 17, 2013 22:14 jst
author
junichi ikeda

print

contact

インターネット上の情報をフリーに流れるものとするために活躍してきたAaron Swartzが1月11日に26歳で亡くなった。

Internet Activist, a Creator of RSS, Is Dead at 26, Apparently a Suicide
【New York Times: January 12, 2013】

Web Activist's Suicide Highlights Tech Law
【Wall Street Journal: January 14, 2013】

亡くなったといっても、実は、自室で自殺、というものだった。

14歳でRSSの設計/制作に携わり天才の名を欲しいままにしてきたトップ・ギークのアーロンが自殺という結末を迎えて、週末からこの方、アメリカのウェブではこの話が消えることがない。というのも、彼の自殺が不当に重い刑罰によってもたらされたものではないか、という声が大きくなってきているからだし、その結果、彼がウェブの自由に殉じてしまったというような英雄化の動きも起こっていて、徐々に話自体が大きくなってきてしまっているからでもある。

ことの発端は、アーロンがMITのキャンパスに入り、そこからJSTORという有料学術誌サイトに潜入し、その学術情報を一般に頒布しようとしたことで、それによっていわば情報の窃盗犯として検挙され、その結果、最長で35年刑務所入りという刑が科せられてしまったことにある。

だから、この話を扱いにくくしているのは、傍から見れば、自分が犯した罪に対して請求された刑が重すぎて、その重圧に耐えかねて自殺した、と要約されてしまうような、事件としてはテンプレート的な自己完結性を一見帯びてしまっているところだ。裏返すと、自殺しなければ、もしかしたら(もちろん、関係者の関心は集めるものの)大して一般には気にかけられずに終わってしまった事件だったのかもしれない。となると、アーロンに死を選択させてしまったものは何だったのか、ということが気にならないわけにはいかない。

どうしてアーロンがそんなことをしてしまったのか?当の事件を起こした時、彼自身はお隣のハーバード大学の研究所に所属していて、ハーバードのアカウントから当の学術誌サイトにはアクセスできたはずだからだ。だとすると、この事件そのものをわざわざアーロンに起こさせたことは一体何だったのか?という問が浮かんでくる。

その上で次に来るのが、確かにハッキングをしたことは悪かったかもしれないが、その行為に対する罰がどうしてこれほどまでに重い刑になるのか、という、量刑の程度の問題と、そこから派生するサイバー関連の刑事政策という論点だ。そして、そこまで行くと翻って、そもそもアーロンが行ったことは間違いといえるのか、という疑念すら生まれてくる。

つまり、一見すると普通の事件に見えて、しかし、よくよく考え直してみると、どうして?なぜ?という問が次から次へと生まれ、それらが、アーロンの個人的状態(彼の精神状態を含む)から彼の行為を社会的=法的に位置づける基準や規範の所在についてまで想像が及ぶ。つまり、彼の事件は極めて個人的なことと社会的なこととが根底で繋がってしまい、事件を見る視座をどこか一つに固定することを困難に思わせるような、幻惑性を帯びている。

個人的には、どうもこの点が気になって仕方がない。彼の自殺後、そもそもアメリカの法システムが情報時代に追いついていないことを指摘する声も挙がっているのを見ると、アーロンの自殺が既に一種の時代的象徴として扱われ始めているようにすら思えてくる。そして、それは既に彼の事件(ハッキングと求刑、自殺)を越えた主題に転じているように思えるからだ。そこが、彼が情報時代の社会システムのあり方に準じた、英雄のように扱われる動きと繋がっているように思える。

ちなみに、JSTORというサイトは、アメリカの大学の図書館ならまず契約しており、学生や教員などの大学関係者なら大抵の場合、利用できる。たいていの学術誌はカバーされており、学生は授業の必読論文や、レポート用の参考文献を求めて利用する。PC画面上で読んでもいいし、必要ならPDFをダウンロードしてオフラインで読んでもいい。あるいは紙にプリントアウトしてもいい。利用できるとこの上なく便利なデータベースだ。アーロンは、まずは、その利便性を、大学関係者の外部にも広げたかったのかもしれない。

アーロンの訃報に対して、彼との交流があったローレンス・レッシグが追悼するエントリーを自分のブログにアップしていたりと、彼の死を悼む声はつきない。それだけ波及力のある死だった。したがって、彼の死の影響については、もうしばらく様子を見たい。

ただ一つ確認しておきたいことは、14歳の時に天才ギークとして目された子供が、それから12年間の間ずっと、ウェブの向かう先に対して理想をもって取り組んでいたという事実だ。そして、そのような天才をほとんど同僚のように感じながら、その天才性を引き伸ばすことに関心を持った大人たちが少なからずいたという事実だ。

うまくはいえないのだが、ここにはサイバー法(の理念と実装、その運用)といった、いわばアメリカの法制度が抱えるテーマだけでなく、むしろ、アメリカにおける教育やコミュニティ、あるいは、その背景にある大人と子供の区分など、いろいろと考えるべきテーマが潜んでいるように思えている。少なくとも、14歳のアーロンと語り合うレッシグを捉えた写真を見ると、アメリカにおける「才能」の位置づけは大分異なるのではないかと思えてしまうからだ。

アーロンの事件の影響は今後も様々なところで見られることだろう。期せずして、2013年1月に入ってからアメリカでは銃規制の話も上っており、従来のアメリカを支えてきた基本価値の現代的位置づけを見なおそうとするフェーズに入っている。銃規制の問題は、アメリカにおける権利章典である憲法修正条項(Amendments)に関わるものだからだ。どうも今の検討状況を見ると、1月末のオバマ大統領の就任演説にできることなら間に合わせようとしているようにも思われる。そのような流れを考えると、もしかすると、アーロンの事件は、後から見れば、情報時代に合わせたアメリカ法システムの更新という大きな流れにアクセントを与えた起源の事件として登録されるのかもしれない。

その点で言うと、彼の事件は、ウェブ上のハッキングといっても、ジュリアン・アサンジのような事件とは異なるように思える。政府が秘匿している情報を公開するという方向は、いわゆる「調査報道(investigating report)」の一形態とて評価する人たちが、たとえばジャーナリストの一部や何らかのNGOのようなものとして存在している。つまり、一定の支持者がいるということを、多分、WikiLeaksのような動きはどこかで当てにすることができた。あるいは、先日ゴールデングローブ賞を受賞した、ベン・アフレックの『アルゴ』のような映画も、一つの大衆的な告発方法として位置づけられている。

対して、アーロンの動きは、そのようないわば一種の情報強制公開行為とは違って、日常使っている情報の扱い方について疑念を挟むようなもので、それが故に、特定の支援層を当てにすることができなかったのではないかと思える(もちろん、EFFのような団体は彼の支援に出るのだが)。となると、むしろ、可能な限り情報はフリーにしたい、アクセス可能にしたい、という皮膚感覚が、既存の社会システムに感じる違和感から発したもののように思えてくる。それが、彼の今回の事件を、早熟の天才に襲いかかった極めてナイーブなものとして受け止めさせる外見を与えてしまうのだと思う。だから、その点では、時代感覚を早期に受け止め過ぎた、つまり、「早すぎた」と思わせるところが、彼の自殺に何かしら無念なものを感じさせるように思える。

裏返すと、ウェブが普及を前提に育った、ミレニアル世代やデジタル・ネイティブといわれる若い世代が日常的にかすかに感じる違和感の代弁者として位置づけられるのかもしれない。彼は別に小説を書いたり映画を作ったりしたわけではなかったが、「大人は判ってくれない」という感覚を、ウェブのコードを通じて、アプリを通じて表現した先駆者といえるのかもしれない。彼が共同創立者であるRedditは、いわば彼が残した、小説のような「作品」ということになる(この点で、既にウェブのアプリやサイトは一つの文化作品なわけだ)。そして、彼が記した、既存社会への違和感が、彼と同世代の、同様の情報環境下に育った人達によって、少しずつだがリアリティのある、アクチュアルな政治的ボイスとして広がっていくように思える。

いずれにしても、今後の動きを気にかけたい。

最後にアーロンの冥福を祈りたい。