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GoogleのAndroidベースのタブレットとしても本命視される、AmazonのKindle Fireが予定よりも一日早く出荷を開始した。
Amazon Hoping Software Lights a Fire Under Tablet
【Wall Street Journal: November 15, 2011】
このKindle Fireの発売にあわせて、Steven LevyがJeff Bezosにインタビューを行っている。
Jeff Bezos Owns the Web in More Ways Than You Think
【Wired: November 13, 2011 】
Levyが行ったインタビューなだけに、なかなか示唆に富むものとなっている。幾つか気になったところを以下に記してみる。
先ず、Kindle Fireの投入は単なるタブレット市場の活性化以上の意味があるということ。それは、AppleとAmazonの企業としての特徴に起因する。簡単にいうとAppleはPost-PCの担い手であり、AmazonはPost-Webの担い手であるという違いだ。
Appleはあくまでもハードウェア企業であり、主な収益源はiPadやiPhoneという自社製の端末販売だ。そのため、iOSや端末の新機能の投入が企業戦略上の要となる。そのデバイス志向を反映して、Apple製品の設計思想はダウンロード志向となる。
一方、Amazonはあくまでも物品販売が中心で、それはデジタル化された商品=コンテントにも当てはまる。Appleとの対比でいえばPost-Webを狙うクラウド志向の設計思想を持つことになる。今回のFireについても、OS部分はAndroidを採用することで開発を省力化し、その一方でコンテントの接触に関わる部分については専用ブラウザであるSilkの開発に集中した。
Silkについては使ってみないことには実感ベースの判断は難しいのだが、Bezosのインタビュー内容からすれば、Amazonのクラウドサービスを前提に開発されたという。そのため、ある特定の処理=計算をするに当たり、Kindleとサーバーとの間で計算資源を割り振ることで、タブレット側の負荷を下げ、動作の敏捷性を増しているという。つまり、あくまでも「はじめに(Amazonの)クラウドありき」の発想が大前提であり、その下で開発されたのがFireなわけだ。そこから、Appleのダウンロード志向に対してFireはストリーミング志向と位置づけられる。そして、その分、デバイス側のハードディスク容量を減らす等して、Fireの原価を下げることに貢献しているようだ。
ここで気にかけるべきは、いつの間にか、所有とアクセスの間の線引きが曖昧になっていることだ。Amazonのクラウド志向の発想では、FireのユーザーはあくまでもAmazonのサーバーに蓄積されたコンテントをその都度引き出して=ストリームを呼び出して、利用することになる。Silkを専用に開発したのも、おそらくは、初動のアクセス速度を上げることで、ユーザーが今接触しているコンテントのファイルがどこにあるかを意識させないようにするためだろう(これは、クラウド側のサービスであればどこの会社も気にかけていることだ)。
Bezosはしばしば、Fireはサービスである、と言っているが、確かにコンテント接触がサービスの本質であるとするならば、そのサービスの実現のためのシステムをどう構成するか、そして、そのシステムの構築に関わる費用をどうするか、は頭の働かせどころだ。そして、既に稼動しているクラウドの利用が前提となるのであれば、クラウド+デバイスのトータルでシステムを考案するのが望ましい。そこから、デバイス側=Fire側のスペックが決まってくる。
Levyも記事中で指摘しているが、Fireがあくまでもクラウド型のストリーミング志向のサービスを享受するためのパスポートであるとするならば、Fireだけを取り出してiPadとの間でタブレットとしてのスペックを比較しても意味が無いことになる。その点で比較すべきは、NetFlixやSpotifyのようなストリーミング型のエンタメサービスの方かもしれない。
ともあれ、クラウド+タブレット=サービス、という枠組みでFireは見ることが必要だ。そして、そのフレームがPost-Webを見通すための鍵となるのだろう。
さて、次に面白かったのは、Bezosの発想として、Amazonはあくまでも低マージンのスケールメリットを目指す企業である、というところだ。そもそもクラウドサービスにしても、自社でEコマース用に開発をしている中で出てきた発想だった。自社開発をしたのはそのようなシステムが外部になかったからであり、実際に作ってみると、これはウェブで完結したサービスであれば必要なインフラになると気づいたのだという。
ウェブ企業としてはパイオニアである第一世代の企業だからこそ、道なき場所に道を作ったことが結果的に副産物としてのビジネスも生み出した、ということになるわけだが、それも低マージン志向=より多くのユーザーに利用してもらう、という決意がなければ途中でぶれてしまっていたことだろう。そして、そのような低マージン志向のスケールメリット志向が、結果的には、より多くの人に利用してもらう=デモクラタイズという社会的価値を実現することに繋がっていることも面白い。どこか、松下幸之助の水道哲学に通じるような発想を感じる。
多分誤解してはいけないのは、Bezosの発想は、物販業≒流通業なら低マージン志向で当たり前だろう、と捉えることだ。そのような見方は既にAmazonが世界随一のEコマース企業になっている事実から遡行した捉え方に過ぎない。そうではなく、Bezosの発想は、あくまでも多くの人に利用してもらうにはどうしたらよいか、そのためには何をデモクラタイズすればいいか、というところにあるということだ。
彼のそのような考え方は、インタビューの最後のほうで問われた、Amazonとは別にBezosが起業したロケット開発会社であるBlue Originに対する姿勢からも伺える。月に行きたいからBlue Origin を設立したのか、という問いに対して、Bezosは、いや安くで宇宙に出れる方法を実現したいから、と答えている。
本業とは別の企業の経営というと、どうしてもSteve JobsにおけるPixarのことを思いだしてしまう。果たして、Blue OriginはBezosにとって、異なる文脈、異なる人脈を生み出し、回りまわってAmazonの将来にも異なる航路を指し示してくれるのだろうか。
それにしても、アームストロング船長の月面着陸がきっかけになって科学に興味を持ったというのは、これもまたとてもわかりやすい動機だ。Bezosが科学・工学を学んだ上で、経営者となっていることは改めて記憶しておいていいことだろう。
最後に、これはその発言に目を通した所で、Bezosよ、お前もか!と驚いてしまったことなのだが、Bezosは、Long Now Foundation(LNF)にも寄付をしているという。LNFというのは、長期(long-term)的視点にたって地球のことを考えようと設立されたFoundation だが、その創立者にはSteward Brandもいる。BrandはいうまでもなくWhole Earth Catalogを発行しJobsの人生に多大な影響を与えた人物だ(詳細は拙著『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』を参照いただきたく)。
LNFに言及された文脈は、経営者として長期戦略をどう考えるか、というものだったが、Bezosの視点は、短期戦略については多くの競合がいるので自由度がないが、10年以上先のことは、そのような競合が明確でないから自由に考えられるというものだ。もちろん、そのように考えられるのは、自分たちが常にイノベーションを恐れない、つまり、自分たちが今優位にある技術やノウハウを自分たち自身で破壊することも厭わない企業文化を持っているという自負があるからなのだが。そのような経営姿勢の現れとして、LNFのような活動を支援し、Blue Origin のようなサイド・プロジェクトを立ち上げているということなのだろう。
ともあれ、BezosもBrandの影響の下にある、というのは驚きだった。Amazonの本社はシアトルにあり、シリコンバレーからは遠い。にも関わらず、シリコンバレーのウェブ企業のような印象をもった背景には、どうやらBrandの影があったということだ。つくづく、歴史を紐解けば、飛び地となったところに同種の文化が発見されることは時折見られることではあるのだが、文化というものは、地理的要素、つまり特定の地域への集約だけで決まるのではなく、人間の伝播を通じて実現されるものだということに改めて気付かされた。あくまでも人が何かを創りだすことの集積によって、総体としての文化が現れるということだ。
その意味で、Jeff Bezosは確かにSteve Jobs後の経営者の最先鋒といえるのだろう。彼の一挙手一投足にこれからも注目していきたい。