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少し前のことになるが、ユリイカの冲方丁特集号(2010年10月臨時増刊号「総特集*冲方丁」)に『Human Meets the Universe』というタイトルで寄稿した。
その時に、冲方丁の『天地明察』のテーマの一つである改暦の作業は、計算主義的であるという点で今日のウェブと並行的だ、というようなことを書いた。これは直感的に似ている感じがしたので、そう書いたのだが、どうやら両者は本当に関わりがあったようだ。
というのも、次の本をたまたま見つけたから。
『中世の時と暦―ヨーロッパ史のなかの時間と数』
アルノ・ボルスト(著) 八坂書房
これによると、暦算法は中世において「コンプトゥス computus」といい、そのものズバリ、コンピュータと語源を同じにする、ということだ。
これにはちょっと驚いたのだった。
まさか、本当に両者の間に文化史的に関わりがあるとは。
もっとも、計算自体が何を通じて研究されてきたかといえば、その一つは測地術、測量術から始まっているわけだし、天体観測もその延長線上にあるのは想像できないことではない。きちんと測量した数値があったからこそ、天動説ではなく地動説の妥当性が浮上したわけで、そのためには、何らかの計算術が既にあった、と考えるのが妥当だろう。であれば、暦算法が計算を意味するのはそれほど無理ではないことになる。
なんにせよ、一つの発見だった。