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Facebookの位置情報サービスであるFacebook Placesが発表された。そのプロモーションビデオが紹介されている。
Facebook’s Apple-Like Places Promo
【Tech Crunch: August 19, 2010】
Placesのサービス自体は位置情報を友達に紹介するもので、サービスの名称もPlaces=場所と味もそっけもない。
プロモーション映像も記事中で短くコメントされているようにAppleのそれにとても近いトーン&マナーでまとめられている。開発担当者が開発者としての夢を語る形で、それをheart-warmingな雰囲気でまとめている。利用者の日常生活を切り取る形で、逆光の中のバスケットコート、自転車、市場の散策、恋人同士の写真、というように、同時進行する複数の人々の振る舞いの中に、さりげなく位置情報の提示が示される。とてもconfortableな感じのする映像だ。
Placesの内容自体、ただの位置情報提供という無形のサービスだから、その可能性を指し示すプロモ映像は実質的にサービスそのものを表現しているといえる。だから、映像をどう気持ちよく作るかは、少なくともローンチ当初の段階では大事なこと。それゆえ、アップルっぽいという評がでてくることもよくわかる。
ただ、それ以上に、そうしたプロモ映像の大事さをそれとなく理解し、それなりの表現、つまり、ビデオクリップや映画を評するようなカジュアルな感じで紹介する記事が、TechCrunchのような一般的には技術情報サイトの上で記されていることの方が個人的にはとても気になった。日本のIT情報系サイトだとこういう感じの紹介文にはなかなか遭遇しない。もっとも、今回のPlacesの映像のようなトーンのものが日本だとなかなかないから、ということもあるだろうけれど。
こういうカジュアルな映像を見るといつも思うのだけど、アメリカの場合、役者層が多いから素人っぽい玄人予備軍がたくさんいてその人たちがカジュアルな演技をさりげなくやってのける。映像の素材としての人間に幅があるのがなかなかによい。イメージが固定されたタレントや役者では逆に画面が締まり過ぎてしまって、未来性というか、不確定だが無限の可能性のような、ぼんやりとした映像を指示しにくくなる。いい意味で素人っぽさが大事。しかも、それが若者だけでなく相応の年齢層の役者についてもあてはまる。そういうところが、アメリカの、CMに比べてやや長尺の映像を見ると感じることは多い。
それから、Placesのプレゼンとしてうまいと思ったのは、どうやら背景となる都市が、Golden Gate Bridgeの存在からSan Francisco(SF)のようだということ。SFはLAと違って、モータリゼーションが始まる前から都市だったので、NYのように緊密な街づくりがされている。もちろん、有名なケーブルカーもあって、人が人のまま移動できる都市だ。Placesによる親密圏の演出には、広大な都市よりも、密度のある都市のほうが似合っているし、実際、利用も進む。人間どうしの近さを感じさせる場所としてSFは格好の街だ。
無形商品であるサービスでは、その視覚化がとても大事なわけで、実はそうしたサービスの紹介をする側も、そういう見えないものを描く力や感覚が必要になる。その感じを上のTechCrunchの書き手は直感的にわかっているように思う。紹介記事の文体やトーンもこれからは大事になるということだ。
それにしても、映像に出てくるFacebookがいずれもiPhone上であったのは興味深い。Facebook自身、アプリの一つであることがよくわかるし、アプリである以上、他のタブレット、たとえばAndroid Phoneが出てきても、アプリとしての顔つきはFacebookであるわけで、ある意味で、どのメーカーのPCでも画面にはWindowsが映っているのに近い印象を与えてきた。どの機種でもAmazonのKindleが使えるのに近い感覚でもいい。ただ、Amazonと違って、Facebookが提供するのは利用者の人々に過ぎない分、可能性はプラスにもマイナスにも大きく広がる。そうした可能性を示唆するものとしてもこのプロモ映像はよくできていたと思う。