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(このエントリーで引用しているNVCAの数字については、エントリーの最後にある「追記」の部分で注釈を加えているので参照いただきたく)。
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アメリカのベンチャー投資が90年代初期のレベルにまで縮小したことを伝える記事。
Venture Investment Shrinks to Pre-Bubble Levels
【New York Times: July 21, 2009】
統計数字はこの第二四半期の成果について、National Venture Capital Association(NVCA)とPricewaterehouseCoopersがまとめたもの。
主なポイントは:
●09年第二四半期のVC投資額は37億ドル。昨年同期は76億ドルだったので、投資額は半減。
●このペースだと通年の投資額は140億ドルが見込まれる。これはドットコムバブルの前の水準。
●投資を受けた612のベンチャー企業のうち、初めて投資を受けた企業は141社にとどまる。これは昨年同期の333社よりも減り、歴史的にも低い水準。
●ライフサイエンス分野(biotechnology + medical devices)の動きが目立つ。投資総額は15億ドルで、全体の4割を占める。歴史的に見ても高い水準。
●ソフトウェア分野は最も多くの会社が投資を受けたが、投資額では6億4400万ドルにとどまり、昨年同期に比べて半減。
●グリーン(環境)分野は、2億8000万ドルで、昨年同期の12億ドルから大きく後退。
●インターネット分野は、5億2400万ドルで、昨年同期の17億ドルから後退。
まとめると、景気後退下にあるが、アメリカ政府の政策方針によって、ライフサイエンス分野の比重が高まっているということ。また、起業に必要な投資は、ライフサイエンスやグリーンの領域では初期投資が多いのに比べて、ソフトウェアやインターネット関連は、ウェブ上でのアプリケーション開発ということもあって、初期投資は比較的小さくて済むようだ。
それにしても、投資規模の縮小は免れなかった。
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もっとも、これは、いささか膨らみすぎたVC業界を調整するためにはいい機会だと捉えるVC関係者も少なくないようだ。
Venture Capitalists Look for a Return to the A B C’s
【New York Times: July 7, 2009】
NVCAの統計によれば、VCに流入する年間の資金規模は、ドットコムバブル以前で500億ドル前後の水準で推移していたのが、ドットコムバブル以後(90年代後半)に1000億ドルを超え、2000年代にはいると、大体2500億ドル前後の規模で高位安定化していた。
記事中のVC関係者によれば、そのVCバブルの弊害として、とにかく一つ一つのVCファンドのサイズが大きくなり、MBAを取ったばかりで事業経営の経験もない人物によるVCの乱立が続き、その一方で、老いたVCパートナーたちが、何が斬新な技術か評定することを怠るようになってしまったという。
要するに、VC業界も玉石混淆の状態になり、ベンチャー企業のイグジットまできちんと考えられるVCが減ったという。また、ビジネススクールで教えるセオリー(というかマニュアル)通りに動くVCも増え、たとえば“hands-on”が大事というのを金科玉条のようにとらえ、とにかく投資先のベンチャー企業のボードに入るものの、実際の経営経験がない(浅い)ため、むしろベンチャー企業の成長を損なうようなケースも散見されたという。
かつてのVCは、大学基金(endowment)や財団(foundation)や富裕層(いわゆるangel)が中心だった。彼らは玄人筋で、研究開発の重要性、新技術の可能性、産業の新陳代謝の重要性、などに理解がある人々で、要するに、投資先のイメージがある程度理解できるような人々。そうした人々による比較的小さなサークルでVCは運営されていた。
(余談だが、以前、プリンストン大学を訪れたとき、投資家でプリンストンのOBでもあるCarl Icahnが寄付した、バイオテクノロジーの巨大な研究開発センターを見て驚いた。プリンストンの校舎が総じて石造りの重厚な感じであったのに対して、ガラス建築風の建物はとても目立っていた。また、ハーバード大学を訪れたときは、キャンパスの脇にひっそりとある工学部の研究施設が、Maxwell-Dworkin Laboratory といって、Bill Gates とSteve Ballmerのそれぞれの母のfamily nameにちなんで名づけられた研究施設であることに驚いた。いずれも、実利と名声のバランスを取る形で、研究開発を資金的に支援していたわけだ。実利というのは、そこで研究開発された技術=特許、あるいはその考案者にいち早くアクセスできること。名声というのは、OBとして意義のある寄付金を行うことで、人的ネットワークを維持・強化すること)。
そうした小さなサークルとしてのVCが変わったのが90年代、しかも96年以降のドットコムバブルが始まる頃からで、ちょうどアメリカ全体の景気が好調なことも後押しして、従来型の投資商品である株式や債券に代わる、オルタナティブ投資の一つとして、VC(やPE=private equity)に注目が集まるようになった。大手のpension fund(年金基金)などの機関投資家が資金を流入させるようになってから、アメリカのVC産業の資金規模が90年代中頃に比べれば4~5倍程度の規模にまで達するようになった。
VC総額の規模の拡大によって、VC投資もシリコンバレーだけでは受け皿になりきれなくなり、たとえば、テキサスやコロラド、あるいは、ノースカロライナなど他州にも、第二、第三のシリコンバレーを生み出すようになる(テキサスについてはこのエントリーも参照)。もちろん、カリフォルニアでも、南カリフォルニアのLAやSan Diegoでもハイテク型産業が興隆したし、東部のニューイングランドやニューヨークのように、技術開発の伝統の長い地域も改めてハイテク地区として脚光を浴びるようになる。
もちろん、アメリカ経済総体として、innovationの重要性を喧伝し、世界中からマネーを集めることで、マクロ経済レベルでの、経常赤字(Current Account Deficit)を埋め合わせることも必要だった。
このように、いろいろな条件が揃うことで、アメリカのVC産業の規模は増大していった。
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けれども、上の記事にあるとおり、規模の拡大は、一方でVC投資の質の低下も招いてしまったようで、だから、今回の景気後退によって、粗雑なベンチャー育成しかできないVCには撤退してもらい、もう一度、玄人による投資を行う世界を希望する、というのが、上の記事で紹介されていること。
もっとも、投資内容によっては、巨額の資金が必要な分野もあり、たとえば、これからインフラ的投資が必要になるグリーンやライフサイエンスの分野では、やはりこの業界に流入するマネーのサイズは重要だと見る人もいるようだ。
現在、アメリカの金融産業全体の監督手段、監督者に関するルールを変えていこうという動きが強く、その中で、従来は、情報の公開性について緩かったPEやヘッジファンドに対しても財務情報を公開せよ、という動きがある。これも、VCが「事業の育成」という役割から逸脱する役割(≒利殖)が目立ってしまったからだろう。そうすると、VCからバブル的要素が抜けて仮に正常化が実現できたとしても、以前のように、機動力のあるVCが続くのかどうか、疑問もわいてくる。
また、仮にアメリカのVC産業規模が適正な規模(というのがどの程度のものなのか実はわからないのだが、それが仮にあるとして話を進めると)にスケールダウンしたとして、それでも、アメリカはマクロ要因から、引き続きアメリカ国外からの資金流入を続けないとならない。そのとき、たとえば、一旦NYに集まった資金(たとえば、Fund of fund)の投資先を考えるとき、場合によると、アメリカ国外のハイテク企業にも投資する、という動きが増えていくのかもしれない。そのときの候補は、インドや中国など、シリコンバレーとも繋がりのあるハイテク企業ということになるのだろうか。もしもそうだとしたら、アメリカは、一部イギリスのような国、つまり、マネーの集金装置と国外への投資を仲介する装置として機能していく、そのような国に少しずつ様変わりしていくのかもしれない。
VCは科学技術の夢を現実に変えていくエンジンの役割を果たしている。どんなかたちであれ、そのエンジンが、今まで同様、力強くハイテク企業を牽引していくことを期待したい。
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追記:
アップ後このエントリーを読み直して、2009年の投資額が通年で140億ドル、というのに対して、2000年代が2500億ドル、という落差にもしかして桁を間違えたかもしれない、と思い、改めて数字を確認し直した。
2009年の140億ドルの方は、NVCAのリリースで確認できる。
(リリース自体は、このページの、"VC Investments Q2 2009 - MoneyTree -”の最後にあるPress ReleaseからPDF版をダウンロードできる)。
2000年代が2500億ドル前後、という数字は、NVCAの“2009 Venture Capital Yearbook”を参考にしている(これは、このページにある)。
具体的には、“2009 Venture Capital Yearbook”の15頁のFigure1.01の数字を参照した。この数字で、96年の数字を見ると、上のプレスリリース中にある「110億ドルから140億ドル」という数字に対して、Yearbookでは「400億ドルから500億ドル」とある。
したがって、両者の間では集計方法が異なるものになっていると思われる(多分、ファンドのサイズと、そこから投資された金額の違いだと思うのだが、今はそこまで確認する余裕がない。ご容赦いただきたく)。
ただし、このことが判明しても、このエントリーの論旨自体には直接影響しないので、記述そのものは最初のエントリーのままにしておくが、
「両者を直接比較して論じるのは控えるべきだ」
ということは記しておく。
NVCAのプレスリリースにあるとおり、
「今年のVCの投資規模はドットコムバブル前の、つまりは、96年-97年の水準にまで低下する見込み」
ということを公式発表された事実として受け止めておけばよいと思う。