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July 02, 2009
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junichi ikeda

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アメリカのデジタルは空気のようで淡々と。

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最高裁がSotomayor氏の判決を覆した日には、他にもいくつかの審議結果が報告された。同時に、最高裁に上告された控訴審判決のうち、最高裁での審理に値しないものも発表された。

そのうちの一つが、ネットワークDVRをめぐるもの。

High Court Boosts Remote DVR
【Wall Street Journal: June 30, 2009】

Supreme Court Allows Wider DVR Use
【New York Times: June 30, 2009】

この裁判は、アメリカのケーブルオペレータ大手のCablevisionに対して、地上波テレビネットワーク(NBC等)とハリウッドスタジオが提訴していたもので、争点は、Cablevisionが配備したネットワークDVRはコピーライトの侵害に当たるかどうか。通常のDVRの場合、テレビ視聴世帯内に設置された機器(=DVR)に内蔵されたハードディスクに放送映像が録画されるのに対して、ネットワークDVRは、その録画をケーブルオペレータの持つサーバー側で行う。そのため、録画再生は、視聴者の要望(リモコンスイッチの操作)に応じて、サーバーから、他の放送用の信号と同じように、視聴世帯に向けて送出される。だから、争点は、サーバーに集約されて行われる録画行為が、コピーライトホルダーの許諾を必要としない「私的録画」の範疇に収まるかどうか、ということだといえる。

一審は「コピーライトの侵害に当たる」としCablevisionの敗訴。二審たる控訴審の判断は、一審を覆して「コピーライトの侵害に当たらない」と判断し、Cablevisionの勝訴。この結果を不服として、原告側の地上波ネットワークやハリウッドが上告していた。

だから、今回、最高裁での審理に当たらない、という判断によって、Cablevisionの勝利が確定したことになる。

そして、このCablevisionの勝利=ネットワークDVRの(Copyright Law上の)合法認定がもたらすimplication(=含意)は、アメリカのメディア業界にとっては確かに大きい。

上の記事の中でも触れているが、アメリカのテレビ視聴は実質的に世帯の8割がケーブルや衛星放送による視聴なので、Cablevisionの勝利によって一気にDVRの普及が進み、DVR視聴がテレビ視聴のデフォルトになるだろう。それにより、テレビCMの差し替えやそのためのシステムがケーブル側に設置される可能性も高まる。また、ケーブルオペレータからするとネットワークDVRでの映像送出はより帯域の広い回線を必要とするので、ケーブル回線の光ファイバ化への誘因にもなる。同時に、それは、Verizonなどのアメリカの大手電話会社が行っているIPTVサービスなどとも競合することになって、ブロードバンド回線(要するに光ファイバ)の配備競争も加速する。そして、光ブロードバンドがアメリカで普通になれば、たとえば、Huluのようなネットワーク中心の映像配信サービスも高解像度映像でのサービスが可能になる。

・・・などなど。

*

しかし、ここで上の記事を取り上げたのは、こうした含意の検討をしたかったからではない。

むしろ、気になったのは、こうした、コピーライトをめぐる議論に対して、最高裁が関心を示さなくなった、ということの方だ(2000年前後にはあんなにいろいろと最高裁で審理していたのに、というのが第一印象だった)。

いそいで補足しなければならないが、アメリカの連邦最高裁は、上告された案件の全てを審理するわけではない。物理的な時間の制約から、上告されたケースが最高裁での審理に値すると判断されたときに限って審理が行われる。

その基準はいくつかあって、たとえば、同一・類似した訴訟事件の判断結果が、控訴審ごとで異なった場合連邦全体として法的判断の一本化をしなければならない、とか。あるいは、審理対象の中に憲法解釈に関わるものがあって最高裁で判断しないわけにはいかない、など。これらの場合は、明確に司法上の意義が認められる。もう少し政治的判断が入ると、「国論を二分する」ような政治的重要度が高い案件かどうか、という基準もある。そして、さらに恣意的な要素が増えるが、最高裁の活動を世間に知らしめる上で有益な、国民の関心の高いような、要するに、目立った案件、という基準も、実はあるそうだ(これは、留学中、ロースクールの教授から聞いたこと)。

コピーライトロー関連では、NapsterやGroksterのようなP2Pテクノロジープラットフォームに関するものや、コピーライトの保護期間の延長を支持する法律の合憲性をめぐるもの、などに関する最高裁審理が2000年前後ではよくあった。後者については、たとえばローレンス・レッシグ教授が実際に法廷に乗り出していたので、記憶にある人もいると思う。当時は、ITブーム真っ盛りで、マイクロソフトの独禁法訴訟など、実際目立った訴訟も多かった。Cyber Lawというカテゴリーが生まれたのもその頃だと思う。

これから書くことは原因と結果を取り違えているという指摘もありそうだが、だから、今回のCablevisionの件で最高裁が審理対象として取り上げなかったのは、ナショナルアジェンダとしての重要度がさほど高くないという判断もあったのだと思う。もちろん、実際問題として、既存の法律や判例を参照しながら合理的な法律判断をすれば合法か違法かの判断は瑕疵なくできるはずと思われるくらい、ITやコピーライトの分野が成熟した、という判断が最初にあったであろうことは間違いないだろうが。

だから、ITやデジタルは、今ある法的インフラを活用しながら、淡々と実行していきなさい、と。

*

ナショナルアジェンダとしての重要性が以前ほど高くなくなったという印象は、昨日発表されたアメリカのブロードバンド配備に関する助成金の拠出政策に関する発表からも感じられる。

Government Makes $4 Billion 'Down Payment' on Project to Expand Broadband
【Washington Post: July 2, 2009】

Rules Set for Distribution of Broadband Stimulus Funds
【Wall Street Journal: July 1, 2009】
ポイントは、この発表が、オバマでなく、副大統領であるバイデンが行ったという事実のところ。

(もちろん、内容からすれば、ブロードバンド配備が民間の経済誘因だけでは進まないrural(要するに田舎)を支援することを企図している。税金を受け入れるといろいろと連邦政府から干渉されることになって経営の自由度が減るので、民間大手は、よっぽどの財務上の問題がない限り、政府からではなく民間から資金調達することを選ぶ。けれども、裏返せば、適切な経済要因さえ用意すれば(たとえば、上のネットワークDVRの許可など)、政府が介入しなくても、勝手にことが進むという確信がある程度政府側にもある、と解釈できるだろう)。

*

オバマの目下の最大の関心事は、エネルギー分野であり、ヘルスケア分野である。それは、たとえば、次の記事からもわかる。

President Pushes Health Plan as an Economic Boon
【New York Times: July 1, 2009】

ヘルスケアをEconomic Boonというのは、たとえば、医療保険を整備することで、医療や製薬に関わる各種テクノロジー(バイオはもとよりナノやロボティクスも)の進展を、広く国民一般で教授することができる環境を整えることで、単に金融産業だけでなく、ハイテクやそれに付随する特殊製造業の分野で、アメリカが最先端を走ることも当然想定されている。

もちろん、エネルギーに関しては、エネルギー源や交通運輸インフラのような巨大分野から、自動車を始めとする各種機器の設計思想の転換のような消費財の分野まで、その適用範囲が拡がることで、その波及効果は大きいと見込んでいる。

上の政策発表でバイデン副大統領がいっているように、ブロードバンドは、こうした新たな成長産業の恩恵を受けるためのアクセス権の確保のために必要になる(それから、オバマ政権のITに関するもう一つの関心はCybersecurity)。

ITやブロードバンドは、いうまでもないが、もはや当たり前のもの。空気のようなもので、環境そのものになった。

アメリカのデジタルは、この先、エネルギーやヘルスケアのような華々しさを伴う新産業の傍らで、淡々と開発が進められる、そういうフェーズに入った。少なくとも競争や協働、開発など、民間におけるゲームのルールはほぼ用意された。そうした認識が広まりつつあると、さしあたっては解釈していいのだと思う。

*

だから、たとえば、Googleがエネルギー分野に関心を示すのも故なきことでないわけで。

前にも書いたが、事業分野におけるinnovationだけでなく、事業の土台そのものを見直すtransformativeに関わる視点が大事になっていく。

もっとも、人はそんなに簡単に変われない。組織も簡単には変われない。

一方の極にGMを、もう一方の極にGoogle(?)を置いて、transformativeへの耐性や実行性について思考実験することが有益になるように思う。