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DeadlineとIncentiveの効能

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The Atlantic Monthlyの記事で、日本でも最近よく見かけるようになった「行動経済学(Behavioral Economics)」の効用について触れている。

The Gift-Card Economy

本当に送った相手を喜ばせたいのなら、有効期限が差し迫った利用券(商品券)を贈った方が、実際に相手が利用する機会が高いので有効だ、という話。マーケティングの専門家の論文を引きながら説明している。

結論としては、
1) 「締め切りを設けること」、
2) 「利用に当たって正当化の方法もあわせて与えること」

要するにタイムセールスやバーゲンで起こっていることに、理屈を与えたといえる。

聞いてしまえば、なーんだ、ってことだけど、「経験的にわかっていること」を「科学的知識にすること」の効用は無視できない。もっともらしい理屈は、大企業のおおむね官僚化した意思決定過程に乗せることを容易にする。このことはばかにできない。

もっとも、2)の方法として、Atlanticのエッセイで挙げられているのはクーポンなので、これは既に随所で「電子ポイント制」を導入している日本では、もっと洗練された(sophisticated)形で既に導入済み。つまり、消費のタイミングを、ポイント制という「インセンティブ・システム」で制御する方策。この点は、日本に一日の長あり、といえる(卑近な例でいえば、最近のTSUTAYAがよく行っている、ポイント増加とか、期間限定半額とかのプロモーション。あざといなと思いつつも、結構利用してしまう)。

ところで、行動経済学は、従来の経済学が前提としていた「完全情報」「瞬時意思決定人間」のような条件が、あまりに現実から遊離していることをふまえて、「人間の不完全性」のところを心理学、というか、認知科学の成果を組み込んで修正を加えたもの。物理学でいえば、理論的には「真空条件」で考えていたところに、「摩擦係数」を導入して、より現実的な方法を導入していくのに近いと思う。

ちなみに、ここでいう「行動」は、スキナーが唱えた「行動主義」から取られている。心理学という分野は結構面倒で、それは「心」をめぐる定義問題に陥るところがあるから。心を実体化すると勢い思弁的(時に宗教的というかオカルト的)議論に陥ってしまう可能性が高いため、ある刺激に対して個体としての人がどう反応するか、その「刺激・反応」の対だけを検討対象にしようというもの。

情報技術の発達と普及によって、この手の「刺激・反応」の測定・分析が、近年格段に向上したことが、行動主義的な考え方に有効性を改めて与えたともいえる。ポイント制のような仕組みによって、大企業が大々的に「試行錯誤」することができるようになったことも、社会全体での「行動主義的考え方」の実効性の期待値を上げているようにもみえる。

「締め切りの効用」は、要するに「時間のせきたて」が有効だ、ということになって、確かラカンもこんなことを言っていたと思う。「時間のせきたて」が困難な意思決定に決断を迫れる、ということ。ただ、これがマーケティングや消費の世界で(ある種の分別をもって)利用されている分には許容できるかもしれないが(これはlibertarian paternalismのいい例)、その一方で、「時間のせきたて」がより大きな(たとえば政治的な)意思決定に使われると、たとえば、ナオミ・クラインが「ショック・ドクトリン」といっているように、「今ここにある差し迫った危機」を演出することで困難な合意を瞬時に調達する方法にも利用され得る。

だから、相応の分別が大事ということになるのだが、しかし、そう考えると、「正当化理由を納得できるほど」には賢明な消費者が想定されることになるから、この時点で、かなり強い条件のようにも思う。もっとも、そうした「賢明さ」すら、実はウェブの方で提供される素地は既にあるわけで。

この先は、「お奨めセット」がなんだかんだいって好きな日本人と、とりあえずたいていの場合は「トッピング的選択肢」があって当たり前と思っているアメリカ人との、(あまり使いたくはないのだが)文化的違い、が鮮明に出てくるところかもしれない。マクドナルドとサブウェイの違い、という感じ。

*

最後に、最初に書いたように、上のエッセイは、The Atlantic Monthlyという歴史の長いリベラル誌に掲載されている。基本的には政治や時事問題を扱うような雑誌に、こうした「科学的なこと」や「(マーケティングのような)商売に関わること」が、普通に掲載されているところがアメリカ的といえばとてもアメリカ的。