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junichi ikeda

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Multi-Sided Markets Economics

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コロンビア大学留学中から気になっていた識者による、ネットワークビジネスに関する書籍が出版された。

Invisible Engines
How Software Platforms Drive Innovation and Transform Industries
By David S. Evans, Andrei Hagiu and Richard Schmalensee

今後、全ての産業でIT化が進展するのは不可避の事態としてとらえており、そのインパクトを19世紀の産業革命時の「内燃機関」になぞらえ、「透明機関(=invisible engines)」と名づけている。全ての産業の変革を促す「見えないエンジン」としてのソフトウェアビジネスの要諦についてまとめたもの。

2000年代に入っての経済学(産業組織論)の最先端の成果である、multi-side marketsの理論を用いながら、プラットフォームビジネスのメカニズムについて分析している。

著者はいずれもこの業界の大家。

Richard Schmalensee氏: MIT Sloan Business Schoolの学長。産業組織論の大家。Microsoftが米司法省と争った反トラスト訴訟の際には、MicrosoftのコンサルタントとしてMicrosoft擁護の論陣を張り、Microsoft分割命令の回避に尽力した人物。

David S. Evans氏: Schmalensee氏と長年共同作業を行っているコンサルタントで、(クレジット)カードビジネスを分析した “Paying with Plastic”を共著でMIT Pressから出版している。

Andrei Hagiu氏: 現在Harvard Business Schoolの助教授。この領域の若手研究者のホープ。以前、日本の経済産業研究所に席をおいていたこともある。

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multi-sided markets は、産業組織論の最先端を走るフランス人経済学者のJean Tiroleが2000年代に入ってから論文として発表したばかりの新しい分野。

ちなみに、Jean Tiroleの“Industrial Organization”という著書は、産業組織論の基本書中の基本書。ゲーム理論や情報の経済、契約理論など、ミクロ経済のこの20年ばかりの成果を、産業のレベルにまで広げて応用したもの。

産業レベルで語るのは、官僚国家であるフランスっぽいことだし、政府予算を糧に20世紀を通じて世界第一線の研究大学になったMITっぽい所作といえる。

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Invisible Engines自体は、multi-sided market ecnomicsの理論的成果を語りながら、幕間でケーススタディとして、ゲーム産業やパソコン産業など、ソフトウェア開発がビジネス開発に直結した産業を紹介している。日本のドコモも携帯電話事業のパートで取り上げられている。

このケーススタディのところだけを見ると、目新しさに欠けると思われる人もいるかもしれない(特に「知っていること」と「気づくこと」のレベルの違いに文字通り「気がつかない」、チャート式指向の日本のサラリーマンにはその傾向があると思うのだが)。

アメリカの場合、経験的に観測された結果と、理論的な成果をつきあわせて、新たなビジネスモデルを開発することにいそしむのが常道なわけで、この本も、そうした色彩を強く帯びている。

法則化されるような仮説を生み出す研究活動、そして、その仮説を公共化できる知識として提供する仕組みがアメリカの場合用意されていて、そうした知見がR&Dとして企業で活用される。

翻って、日本でR&Dと言われるものは、伝統的にメーカーと区分けされる企業以外は、たいていの場合、状況の調査活動に過ぎず、英語で言えば、intelligenceに相当するもの。そこでは、知識や情報を集積し、ライバルに出し抜かれないような活動を含むことが多い。サービス産業だとこの傾向は特に強くなる。ひどいと、ただ情報をスクラップするだけ、ということすらある(もっとひどいケースでは、終わった後の状況把握である、investigationにしかならないものもある。これでは、なにも「新たな価値」は生み出さないのだが)。

けれども、Invisible Enginesでも指摘されている全産業のソフトウェア化という事態は、そうしたサービス産業のレベルでも、メーカー並みの(情報収集活動であるintelligenceではなく)研究開発が必要になる、という事態を指す。既に公知となっているが、デリバティブの登場以後、金融産業は最大のパテント産業になっているわけで、こうした事態が全産業で生じる、ということになる。

もう一段語りの水準を上げれば、私たちは、技術革新と資本制が分かちがたく結びついた産業資本制の世界に長らく住んでいるわけで、その産業資本制の駆動力が「ソフトウェア」的なものになる、ということだ。三人が、Invisible Enginesと、内燃機関からの比喩で(しかも単数形ではなく複数形の)Enginesという言葉を選択しているあたりに、そうした現状認識の把握がある。

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(もう少し、書く予定)。