カーティス・ヤーヴィンの『ネオ君主論』って、実はゼロ年代リバイバル?

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June 10, 2026 12:14 jst
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junichi ikeda

出版されたばかりのカーティス・ヤーヴィン『ネオ君主論』、サクッと読んだ。

30分くらいで読める程度の軽さだったので、それでヤーヴィンを語るのもどうかとは思うところもあるけれど、メモ代わりにその印象・感想を書いておく。

簡単にいうと、ヤーヴィンはゼロ年代リバイバルの人だった。

90年代後半のインターネットやグローバリゼーションの高揚感を経験しながら、同時に、その後のドットコムバブルとか911とかをも経験した人。そうして、『マトリックス』の「レッドピル」を真顔で飲んでしまった人。

本書を読む限り、ヤーヴィンの発想は、情報科学と東洋趣味に依るところが多い。つまり、とても西海岸的でヒッピー的、そしてインターネット登場で高揚したサイバーリバタリアン。ある意味、時代の申し子と言ってもいいくらい。その考えを当時流行ったブログで発表していたのだから、それだけで十分カウンターカルチャー的。

いまではそんな片鱗はもうないけれど、登場したばかりのブログって、インターネットが約束した「誰でも発信できる」という約束を体現させたものだった。で、わからないことがあったら自分で検索して学べばいい、だって、情報は全部、インターネット上にあるから・・・という感じ。その意味で、ブログって、インターネットの夢そのものだったともいえる。

で、ヤーヴィンもそのブロガーとして台頭した。今で言う、承認欲求への渇望を彼もきっと持っていたはず。なぜなら、それが当時のブロガーにあった基本姿勢だったから。だから日記ではなくブログと呼ばれ、一つのカテゴリーとして成立した。

ヤーヴィンという人を捉えるには、まずこの初期ブロガー魂のようなものをわすれてはいけない。

よく彼は、「加速主義」や「闇啓蒙」のニック・ランドと並べて紹介されるけれど、イギリス人でドゥルーズ=ガタリやバタイユに傾倒した人文出身のランドとは違って、ヤーヴィンの場合は技術屋らしく、もっとあっけらかんと「口を動かす暇があったら手を動かしてとっととつくれ」なアントレプレナー側の人で、いわゆる「早く動いて壊せ」系の人。

ランドとポストモダンの時代認識は共有するが、ポストモダン文芸人にありがちや憂鬱さはない。そこはやはり技術屋であって、鬱々と悩んでる暇があったら、「構築する」ことを優先すべき、という立場。理工系はどこまでいっても根っこにあるのは近代人魂で、基礎を積み上げて作るほうに執着する。つくってなんぼ、の世界だから。

そのあたりは、ニック・ランドのような憂鬱人文系によく見られる「思考がぐるぐるまわってどこにもたどり着けない」系の人とは違う。ヤーヴィンはもっと現実的で、さすがは、自ら分散OS会社を立ち上げたり、そのためにピーター・ティールに投資を依頼するためにピッチをしただけのことはある。

このヤーヴィンはテックの人であることはもっとちゃんと理解したほうがいい。裏返すと、人文的知識は、ブログを書いていく中で、彼の好き嫌いで選択されたものであり、もっといえば、彼の世界観に合うものをテッキー的なオタク的感性、つまり「コントラリアン(逆張り)」な態度で引き寄せたうえで、それらをパッチワークし、もっともらしい言説にした。

まさに世の中の通説に物申したいと考えるブロガーの心性。

だから、本書を読みながら徐々に確信してきたのが、うわー、ヤーヴィンってガチでゼロ年代じゃん!ってことだった。

90年代のIT革命の可能性の息吹にタイミングよくあたりながら、でも自分ではその成功の波に乗り切ることもできず、そうこうしているうちにドットコムバブルは弾け、911が起こり、イラク戦争に向かって、いつの間にかアメリカは政治の時代になった。そのような時代背景の中で、それまで持っていた知的リソースを使って考えたことを公開したのが彼のブログだった、ってことなのだと思う。

で、こんな風に捉えるとわかってくることは多い。

「カテドラル(大聖堂)」といって東海岸の知的権威を疎んじる、とりわけ、ハーバードを敵視するのは、西海岸で学んだ大卒以上の高学歴インテリにはよくある話(個人的にもコロンビア大学に留学中、UCLA出身の学生からよくアイビーリーグの教授たちに対する不満を聞かされた)。ブラウンとUBC(カリフォルニア大学バークレー校)で学んだヤーヴィンがそう思うのはごく自然のこと。ブラウンってアイビーリーグの一校に数えられるけど、ハーバードやイェールに比べたらとても影が薄い。

そのうえで90年代のIT界隈を席巻した「ディスラプター」の発想をそのまま政府に向けた。レッドピルを飲んで、西海岸的な東のエスタブリッシュメント憎し!の感覚で、東の大企業だけでなくアメリカ政府も見たら、やっぱり「ディスラプト」して作り直すほうが早い、と思ったということなのだろう。

政府や国家も一度破壊して作り直したらどうか?という観点から考え続けて、その果てに「闇啓蒙」とか「新反動」という言葉にたどりついた。

闇啓蒙とか新反動とわざわざいうのは、コンピュータ科学に代表されるテクノロジーやサイエンスの恩恵を捨て去ることはしない、ということ。だから、本来的には、とても科学技術に基づいた「革命」志向の人なわけだけど、「革命」という言葉は左派が使うものだから、「反動」を持ち出してそれに「ネオ」をつけた。

闇啓蒙の「闇」は、従来の「啓蒙=リベラル」とは違うよ、という符号。
新反動の「新」は、従来の「反動=極右」とは違うよ、というシグナル。
いかにも、全方位に異論を唱えたいブロガーらしい。

闇啓蒙は、啓蒙の成果であるサイエンスを捨てないという態度表明。だから、中世社会に帰りたいというような、旧来の「反動」とは異なる。現状維持を打破したい、という点ではもちろん、「保守」でもない。

左派的「革命」ではない「世直し」の意味で「反動」という言葉を選び、それにサイバー風味をまぶした意味での「新しさ」ということで「ネオ」という冠をつけた。

で、その中身を具体化するうえの柱になったのが、コンピュータサイエンスと中国哲学、というか、サイバーカルチャーと東洋趣味の嗜好性。

第1に、ヤーヴィンはコンピュータサイエンスの人。世界に現存する組織を全て「情報科学」の色眼鏡で眺めて分析し、その結果、各所で目詰まりして機能不全なオンボロ、全部ゼロから作り直すべき、という発想に至る。

第2に、ヤーヴィンは中国哲学好きの人。ブログのペンネーム(「メンシウス・モールドバグ」)に「孟子=メンシウス」をつけるくらいなのだから。

『ネオ君主論』の冒頭でも、2000年代初頭に日本に滞在した時の印象の一つとして、「禅」が全然浸透していない、と言っていたけど、裏返すとそれは、来日する前にすでに「禅」にまで触れていたことを示している。その意味で、しっかり西海岸的にヒッピーしてたわけだ。

中国哲学にかぶれたところも、とてもヒッピー的。本作の中でも孔子の「正名論」を引いていた。「名は体を表す」の考え方で、逆に、名前と実体が乖離すると世が乱れる。この考え方をヤーヴィンは評価する。

ヤーヴィンの著作には、神聖ローマ帝国を模した諸侯が乱立する時代をひとつの理想にするものもあったりするのだけど、どうやらそれもインスピレーションの源泉は中国の戦国時代だったようだ。諸子百家の時代の中国、戦国時代の中国とその思想がお好みのよう。

本書の中で、ヤーヴィンは「テックライト」な自分について触れるところもあったけれど、テックライト、というよりは、そのもとになった「オルト・ライト」のほうがしっくり来るように思えた。PCのキーボードで「オルト」キーを推すと、普段使っているキーが全く異なる記号を打ち出す、その「異世界」への跳躍ぶりが「オルト・ライト」に込められた自意識だったから。これまでとは次元の違う「右派」というのを上手く表していた。

要するに、背景にあるのは、ヤーヴィンが情報科学の専門教育を受けたプログラマだったということ。もっといえば、その思考に相当毒されていたということ。だから、世の中の機構(英語ならinstitutionと呼ばれるもの全般)を全て、コンピュータの色メガネで見ようとした。その構築や改修を、プログラミングの目線で見ていた。

「IT革命」を夢見るレッドピルの常習者だった。

その視点で見ると、アメリカの政府はオンボロきわまりなく機能不全に陥っていた、と判断せざるを得ない、だったら、ゼロベースで作り直したほうが早い。そう考えた。

政府の機能不全、具体的には行政機関の機能不全の理由は、立法府たる議会が、行政府の運営に「監視役(oversight)」としてしゃしゃり出てくるからで、いつまでも重要案件が決まらない。それくらいなら、意思決定を一元化して組織の命令系統をスッキリさせたほうがいい。「モナキー(一人による支配)」でいいじゃん、という発想になる。

効率重視の経営視点で、はなから、政治とか憲法の視点はない。それはよくも悪くも、ホームグランドがIT産業だから。プログラマだから。

だが、アメリカ憲法の構成からすれば、「国民主権」の観点からまず「連邦議会」が設置され、そこで法律として定められた国家機構が各種行政機関として設置され、そうした法律の執行の長として「大統領」がおかれる。

つまり、始めに立法府=議会ありき、次に行政府=大統領、という位置づけになる。対してヤーヴィンは、(君主ではなく)元首をCEOに例えるのを好むが、その例えにならえば、議会は取締役会で、大統領はCEOということになる。

もちろん、アメリカでは、大統領も直接選挙で選ばれるから、CEOを取締役会が指名するように議会が大統領を指名するわけではないけれど、どちらの権限が上位か、ということであれば、アメリカ憲法上は議会が上、というのが標準的な理解だった(少なくともトランプ2.0になるまでは)。

けれどもこうした憲法的観点が、政府(そのほとんどは行政府)を一つの巨大コンピュータシステムとみなし、それをどう効率よく稼働させるかだけに関心を寄せるシステム屋たるヤーヴィンには全く欠けていた。だから、システム稼働上、ノイズばかりよこす議会などは脇において、CEOのような「一なる指令者」によるシステムを選択してもおかしくはない。そちらのほうが機能的だからだ。

アメリカの連邦政府はどうやってできたか、という歴史的経緯、あるいは運用上の伝統は一切合切忘れて、目の前にある巨大システムたる連邦政府が機動力のある動きをするにはどうしたらよいか?と考える。

で、その答えが、今では予算審議などのお目付け役にしかなっていない立法府=議会を脇において、大統領に権限を集中させるトップダウンの組織だった。

それがヤーヴィンのいう「モナキー」。彼の組織論はトップが何人からなるか、という観点だけで分類される。

トップが一人 → モナキー
トップが複数人 → オリガーキー
トップが多数 → デモクラシー

この「モナキー」が通常「君主制」と訳されるから、ヤーヴィンの発言は「君主制」として紹介されるけど、彼が考えていることは、むしろフェデラリスト・ソサエティが主張してきた、そしてロバーツ最高裁首席判事が進めてきた、「単一執行府理論(Unitary Executive Theory)」に近い。だから、トランプ2.0とも図らずも同調してしまう。


・・・とこんな具合で、個人的には、正しくヤーヴィンは世の中の通説に全方位で物申す「ブロガー」だったんだな、と思った次第。それも、ブログ黎明期をつくった「ブロガー」の一人。

ドットコムバブルが弾けて「自律・分散・協調」の夢が破れ、気がつけばワールドトレードセンターが崩壊しイラク戦争が始まった頃の、なんとも言えない不安感、焦燥感から、何か書かないと、多くの若い人たちが思っていたころに書き始めた人。

その意味でヤーヴィンもまた、ゼロ年代の産物だった。だから今ヤーヴィンを読むと、「ゼロ年代リバイバル」にしか見えない。言説が現実社会で実行性を持つには一世代が必要だ、という教えが思い出される。