一般に「大英帝国」が頂点を迎えたのは、19世紀のヴィクトリア女王の時代と言われる。
一時は「七つの海を支配する」とまで言われ、世界各地に寄港地とその街の背後に広大な植民地を抱えた海洋帝国は、だが、1945年の第二次世界大戦の終戦をもって解体された、というのが近代史・現代史の通説だ。その大英帝国の代わりに戦後、覇権国の地位を引き継いだのがアメリカだった、という歴史観。
だが、実のところ、大英帝国は、アメリカの看板を掲げながらも20世紀後半も続いていた。その中心人物にあたるのが、戦後イギリス国王を務めたエリザベス2世だったのではないか。
それがここでいう「長い大英帝国」という見立てであり、その「長い大英帝国」の主=柱だったのが、女王エリザベス2世だった、という話。
もちろん、これは私見。だが、そのように見たほうが、現下のウクライナ戦争やイラン戦争の混乱がなぜ生じたのか、わかりやすいのではないか。そう考えるようになったのは、スーザン・ペイジが書いたエリザベス女王の本を知ったからだった。
スーザン・ペイジは、USA Todayのワシントン支局長で、アメリカの報道番組のコメンテーターとしても活躍するベテランジャーナリスト。
その彼女がこの4月に刊行した本が“The Queen and Her Presidents: The Hidden Hand That Shaped History”。2022年に亡くなったエリザベス2世を中心にしたものだ。
といっても、タイトルに「女王と大統領領たち」とあるように、エリザベス女王だけでなく、彼女が交流した13人のアメリカ大統領をカウンターパートに置いたものだ。
言い換えれば、エリザベス女王はアメリカ大統領の後見人だった。
翻って、戦後、アメリカがイギリスの跡を継いで「世界秩序」のへそとして覇権国となったのは、もとを辿れば、ドイツの侵攻が激しいヨーロッパ戦線にアメリカが参戦したことがきっかけだった。
そのアメリカをヨーロッパに呼び出したのが、当時のイギリス首相だったウィンストン・チャーチル。彼がFDR、すなわちフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領を、VSヒトラーのヨーロッパ戦線に巻き込んだ。
イギリス王室を舞台にしたNetflixのドラマ『ザ・クラウン』でも触れられていたが、そのチャーチルのプロテジェ=秘蔵っ子だったのがエリザベス2世だった。
その彼女が会談したことのあった大統領は次の13人:
ハリー・S・トルーマン、ドワイト・D・アイゼンハワー、ジョン・F・ケネディ、リチャード・ニクソン、ジェラルド・フォード、ジミー・カーター、ロナルド・レーガン、ジョージ・H・W・ブッシュ、ビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマ、ドナルド・トランプ、ジョー・バイデン
(なぜか、ケネディを継いだリンドン・B・ジョンソンとは直接会談したことはなかったという。)
今年アメリカは、イギリスから独立して250年を迎えるが、そのアメリカを、いわば放蕩息子の帰還、のように遇して、戦後、アメリカに覇権国の地位を任せたのがイギリスだった。もちろん、それは第2次世界大戦によって焦土となったヨーロッパは疲弊し復興するまで長い時間を要すると思われたからだった。だがそれでも「世界秩序」を安定させないことには、大戦のあとにも各地で戦争が起こってしまう。そのために、要石の役割をイギリスはアメリカに譲った。
実際、戦後の世界秩序は、ブレトンウッズ体制、マーシャルプラン、NATO、EU、国連、中東の石油利権、などの調整の上で形成されていった。
その際、アメリカの後見人となったのがエリザベス女王だった。UK=連合王国は、大西洋を挟んだ、トランスアトランティックの米欧連携の要だった。
実質的には、米英欧という座組で、その連携のもと、植民地支配の終焉、民族自決、国民国家の林立への対処といった、国際舞台のアクターの増大、それに伴うパワーの配分や配置の変化に対応した。
その一方で、大英帝国=ブリティッシュ・エンパイアも解体された。大英帝国傘下の植民地は、各地で独立を果たした後、「イギリス連邦(The Commonwealth)」として再組織化され、今日に至っている。
たとえば、国際舞台において主権国家としてイギリスとは個別に意志表明を行っているカナダやオーストラリアも、元首はイギリス国王が兼任している。「君臨すれども統治せず」の国であるため、エリザベス女王も旧大英帝国、現英連邦の諸国・諸地域を束ねる、いわば精神的象徴としてあった。仰ぎ見る権威の一つだった。
イギリス国王は、イングランド国教会のトップ、という位置づけもある。もちろん、英連邦下の主権国家は、政教分離を導入しているため、国教会=アングリカンのトップという意味で精神的支柱というわけではないけれど。それでも、何かあったときに、誰もがまずは思い浮かべ言動に注目する権威の筆頭だったといえるだろう。
こうした切れたようで切れない距離感は、イギリスとの独立戦争を勝ち抜いたアメリカにも存在した。いってみれば、250年前に暖簾分けをして独立した店を構えたけれど、その後も取引は本舗と継続していた、という関係に近い。
たとえば、19世紀半ばの南北戦争や、19世紀後半の重化学工業主体の産業革命などは、ロンドンの金融市場がなければ、アメリカではファイナンスできなかった。
その暖簾分けして「独立」した放蕩息子を、チャーチルはヒトラーとの戦いに巻き込んだ。史実が教える通り、アメリカ軍の物量がなければ、ヨーロッパがヒトラーとナチスを倒すことは困難だった(もちろん、ソ連の参戦も重要だったが)。
エリザベス女王は、自国の首相が時々の政情によって入れ替わっていくのを傍らで眺めていたのと同じように、アメリカの大統領が選挙のたびに入れ替わるのも眺めてきた。それゆえ、場合によっては、過去の大統領の言動や、それに至った経緯や判断などについて、歴代のアメリカ大統領に伝える、場合によっては諭すこともあったことだろう。
その意味では、エリザベス女王が在位していたからこそ、トランプ1.0の時の国際情勢も、それまでの20世紀の枠組みをギリギリのところで保っていたのはないか。
女王の存在は、いわば、20世紀の世界秩序の要石だったわけだ。
その女王が崩御した2022年以降は、アメリカとイギリスの関係も、アメリカとヨーロッパの関係も、糸が切れた凧のようなものになってしまった。
そう考えると、トランプ2.0以後の世界が、紛争が続発する世界になったことも理解できるように思える。
エリザベス2世がいなくなったことで、イギリスが後見人としてアメリカの背後に控えることで成立していた「長い大英帝国の時代」も終りを迎えた。それはすなわち、20世紀の終わりでもあった。トランプ2.0が、トランプ1.0と異なり、とにかく人びとを不安にさせるのは、要石が消えてしまったからだった。そう考えるとしっくりこないだろうか。