カナダのマーク・カーニー首相は、2016年1月16日、カナダ首相として実に10年ぶりに中国を訪問し、中国との間でEVの輸入やキャノーラ油の輸出など貿易を中心に共同声明を発表した。
カナダは中国の電気自動車(EV)に対する関税を100%から6%に引き下げた。一方、中国は、キャノーラ油――中国の市場規模は40億ドル程度――を筆頭に他の多くのカナダ産農産物に対する関税を引き下げた。あわせて両国間の渡航についてはビザ免除も決まった。
こうして貿易の関係を良好にし、カナダは急速に中国に接近した。
カーニーの考えでは、これらの動きが、中国のEV製造工場のカナダへの誘致促進につながると見ている。アメリカに頼らずとも、カナダ国内で次世代自動車であるEVを製造できるようにする目論見も見え隠れする。
この中国訪問の4日後の1月20日、ダボス会議での講演でカーニー首相は、「今は破滅の時にある」「中堅国は協力しあわなければならない」と力強く主張し、聴衆からスタンディングオベーションを受けた。
カーニー首相によれば、ルールに基づく国際秩序の時代は終わったのである。
ルールに基づくことはないとは、要するに、力のせめぎあいが常態化していた19世紀末から20世紀初頭の時代に後戻りした、ということだ。
明示的には言及しなかったものの、カーニー首相が想定しているのは、ベエズエラ大統領の逮捕を、米軍を派遣して実現させ、その勢いにのってグリーンランドの領有を主張したトランプ米大統領の言動であることは間違いない。カナダも、トランプ2.0の誕生直後から「51番目の州」と呼ばれ続けてきた。したがって、先のカーニーのスピーチも、他国の主権侵害をものともしないトランプ2.0への抗議を意味していた。それがスタンディングオベーションで称賛されたということは、聴衆のなかに、よくぞ言ってくれた!と思った人たちが多かったからなのだろう。
ともあれ、このカーニーのスピーチは、「カーニー・ドクトリン」と呼ばれる場面も出てきた。彼のスピーチが、第2次世界対戦後の、リベラルな世界秩序の終焉を明言し、(アメリカによれば)米中露3カ国による世界の勢力圏分割の趨勢に対して対処する必要性を訴えたものだからだ。
メキシコとともにアメリカからの脅威に真っ先にさらされた隣国としての動きであるだけにリアリティのあるものだった。
それにしても、アメリカが中心となって築いてきた「リベラルな国際秩序」を、そのアメリカ自身が壊してくるとは。
もちろん、これを「アメリカの総意」と捉えるのはさすがに早計なのだろうが、それでも議会共和党から大きな反発もなくホワイトハウスの意向に従っているところを見ると、トランプだけではなく、共和党の政治家たちも同様に支持していると、ひとまず考えてよいのだろう。保守主義の共和党はもう存在しない。どこかに行ってしまった。
そんな中、カーニー首相は、アメリカではなく中国を選択した。イングランド総裁を務めたカナダ首相が取ったこの選択が開く世界の真実は重い。