大統領選へのハッキング介入に対する報復

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December 31, 2016 18:48 jst
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junichi ikeda

年の瀬も押し迫った12月29日、オバマ大統領は、ハッキングによって大統領選に干渉したことへの報復措置として、アメリカに駐在するロシアの諜報関係者35名に、72時間以内にアメリカ国外に撤去することを命じた。

Obama Strikes Back at Russia for Election Hacking
【New York Times; December 31, 2016】

アメリカのそのような措置に対して、ロシアのプーチン大統領は、ロシア駐在中のアメリカの外交官に対して同種の措置は取らないと応じている。

問題となったハッキングとは、2016年の大統領選において、民主党幹部のメール等がハッキングされ、その内容が公開されることで、民主党が不利益を被った一連の事件のことを指す。

具体的には、まず7月に、当時、民主党全国委員会(DNC)委員長であったデビー・ワッサーマンのメールがハッキング後公開され、結果的にワッサーマンは委員長の辞職に追い込まれた。民主党関係者の選挙活動を支えるDNC委員長として公正中立な態度を取るべき立場にあるにもかかわらず、公開されたメールの内容には、大統領候補として、ヒラリー・クリントンをバーニー・サンダースよりも優遇することが書かれていたためだ。党公認の大統領候補者を正式に選出する全国大会を前にしてのことであり、結果としてサンダース支援者から多大なブーイングをうけることになった。

次に10月に入って、ヒラリー選対のトップであったジョン・ポデスタの私用メールがハッキングされ公開されてしまった。選対トップとして、ヒラリー陣営の戦略が記されたメールであり、なかには特定の選挙クラスターに対する優劣や好悪の判断も書かれており、こちらもヒラリー陣営に混乱をもたらした。なにより、ハッキングされたタイミングがあまりにも意図的だった。ワシントン・ポストが、ドナルド・トランプのいわゆる「プッシートーク・スキャンダル」を暴露した直後に、ポデスタのメールはハッキングされ公開されていたのである。

7月のワッサーマン事件の時点でFBIが、ハッキングはロシアの諜報部が主導したものであり、選挙戦がトランプにとって有利に運ぶよう意図された上でのものである、と判していた。ポデスタのメールのリークについては直接的にはWikiLeaksによるものと報道されていたが、12月に入り、CIAによって、一連のハッキングは、7月にFBIが報告したのと同じように、ロシアによってトランプに有利に働くよう意図的に行われたものであると公表されていた。

今回のオバマ大統領の判断は、こうした一連の動きを受けてのものだ。大統領府とは別に、連邦議会でも、ジョン・マッケインやリンジー・グラハム等、共和党上院議員でも反トランプの姿勢を示していた議員を中心に調査委員会を立ち上げるという話がでていたところだ。

なにしろ、トランプの閣僚選択を見れば、トランプ政権が親ロシアの外交政策を取ろうとしていることは明確であり、それが最もよくわかるのが、閣僚トップである国務長官にエクソンモービルCEOのレックス・ティラーソンを指名したことだ。トランプは選挙期間中からプーチン大統領を崇める発言も何度も繰り返していた。

となると、いかにもプーチン―トランプの蜜月が、以前からすでにあったように見えても仕方がない。その上で、CIAがいうように、ロシアがハッキングを選挙への干渉手段として採用していたのだとしたら、事態は想像以上に深刻なものとなる。

少なくともオバマ大統領からすると、ロシアとアメリカの急接近は、彼が築いてきた外交政策の基本方針から大いに外れる可能性がある。そのことを見越して、残りわずかの任期ではあるが今回の報復措置に訴えたわけだ。

いずれにしても、大統領選中に起きていたハッキング事件が、このような展開にまで至ったことには驚かされる。サイバー戦争の可能性については、2010年代に入って様々に議論されてきていたが、内政干渉の手段としてサイバーアタックが認識されたことが、今回の大統領選が後世に残した最も影響のある事件だったといえるだろう。

トランプが大統領就任後、どのような対処を取るのか、気になるところだ。彼は、今回の措置に対して、悪いのはロシアやプーチンではない、そもそもコンピュータが世界を複雑にしたのがいけない、という趣旨の発言をしていた。アメリカを再びグレートにする上で、鉱工業の再興を唱えるところまでは理解できるが、しかし、もしかしたら彼にとっては、情報革命そのものが一種の災厄にしか見えていないのかもしれない。もっとも、その情報革命がなければ彼を成功に導いたTwitterに代表されるソーシャルウェブも登場していなかったはずなのだが。

ともあれ、今回の措置が、ITと政治との今後の関係を考えていく上で一つのメルクマールとなったことだけは間違いないことだろう。