Amazonが、久しぶりにKindleアプリの機能拡張として、Page Flipという機能を導入した。
Amazon Kindle Learns to Navigate Literary Thickets
【New York Times: June 28, 2016】
Page Flipとは、電子本の状態でページを一気に繰ることができる機能で、手元のKindleアプリを開くとすでに自動更新されていて、Page Flipが使えるようになっていた。
いま目の前にある頁をタップすることで、ちょうどPDFファイルの文書をブラウズするように、電子本の頁を前後にブラウズすることができるようになった。
使った印象は端的に便利で、これでようやく一冊の電子本の構成や全貌を把握できる(ような気になる)。Kindleユーザーからすれば、まさに待ち望んでいた機能だ。むしろ、なぜ、今までこの機能がなかったのか不思議なくらいだった。
小説ではなく情報や経緯を知るために読むノンフィクション系の本では、とにかくその本がもつ情報の全貌を掴むことが第一であるため、まずは頁の最初から最後までざっと見ることが重要になる。上のNYTの記事でも、実際にそのような要望がKindleユーザーからAmazonに多数寄せられた結果、今回のPage Flipの開発につながったという。
だから喜ばしいことではあるのだが、それにしてもこの開発には時間が掛かり過ぎたと思う。実際問題として、電子本の世界はほぼAmazonの独占状態、それも世界中で独占状態になりつつあるのだから、AmazonにはKindleのAPIを公開してもらって、電子本の購入はAmazonからするけれど、実際にスマフォで読む際にはKindleの上位互換となるようなアプリを使って読める時代にしてくれないかと思っている。
Twitterが、他のアプリでもツイートを利用できるようにしているのと同じことで、そうすれば、もっと早く今回のような機能をもったアプリが登場していたことだろう。なにしろ、そのようなアプリ開発会社は、ユーザーの利便性を高めるところこそが、彼らの売り物であり収益源となるからだ。むしろ、アメリカあたりで競争促進の観点から、そのような命令を司法当局が出してくれないかと思ってしまうくらいだ。
とはいえ、今回のPage Flipは文字通りの改善なので、この調子で開発を進めていってほしい。Page Flipのような機能は、単にノンフィクション系の情報構造の把握のためだけでなく、議論や立論が売りである人文/社会系の本でも役立つものだからだ。一冊の本としてどのような構成がなされた上で議論が進められるのか、そうした眺望感は、やはり大事だと思うからだ。
その上で可能であれば、いい意味でKindleアプリを電子リーダーの事実上の標準ソフトとしてPC上のブラウザあたりと伍していけるようなソフトにまで鍛錬してくれるとありがたい。
というのも、これは常々思っているのだけど、インターネット上の情報は、個人の認識にとっては事実上無限大で、それゆえ、本質的に、あるいは論理的にいっても、「終わり」がないからだ。
わかりにくいと思う人は、Google Mapを思い浮かべてほしい。アプリやブラウザ上でいくらでも、ある場所を追いかけていけるあの電子地図は、事実上限界がなく、それゆえ常に目の前にあるアプリ/ブラウザのフレームの中にある場所しか理解できない。けれども、Google Mapが登場する以前の、というよりはインターネット登場以前の、紙の地図であれば、あるいは本に綴じられた地図であれば、その物理的存在の限界が、地図という情報の全てを掌握させているように思わせてくれた。
もちろん、紙に書かれた地図も、その紙の中に収めるという意味で多くの情報を捨象し縮小したものであるのは間違いないのだが、そうした「情報の切り詰め」という事実も含めて全貌をつかむことができた。けれども、それに類する安心感がGoogle Mapからは得られない。
同様の落ち着かない感じが、インターネット上の情報に対しても感じられる。そこから、これは『デザインするテクノロジー』にも書いたことであるが、意図的に情報の海に「終わり」や「限界」を設定することが、実際に人間が情報を理解し利用していくためには必要なことだと思っていた。そして、そうしたパッケージ化の雛形となるのが「本」であるはずだと。
だから、電子本の登場は、デジタル情報の海の泳ぎ方としては確かに重要なアイテムであった。しかし、これが逆に、思いの他、外部とリンクしようとはしない。最近は大分改善されたけれども、そもそも本の最後に収めれた脚注とのリンクもまともに貼られていないことも多かった。
つまり、ウェブを日ごろ利用することでリンクを飛んで行く情報のサーフ感覚はすでに身についてしまっているのに、同様の感覚でまずは本の中をサーフさせてくれる電子本が出てきてはいなかった。むしろ、iPadの登場で生じたのは、紙の雑誌が紙のレイアウトのまま電子化されるといった事態だった。
タブレットの前にすでにKindle端末が販売されていたという事実の影響もあっただろうし、実際に、紙の雑誌が売れなくなっているところで、プラットフォームとしての端末/アプリを提供するIT企業が、コンテントを提供する出版社などのメディア企業を説得するためには、そのような誘引が必要だったこともわかるが、しかし、それにしてもデジタルの本としてはむしろ二歩も三歩も後退したように思えた。
そんなところで起こったのが、今回のPage Flipという機能拡張だ。電子本をPDFファイルのようにブラウズできるこの機能の延長線上で、ウェブとのリンク、あるいはウェブとの相互乗り入れのようなことまで出来ると面白い。イメージとしてはMediumのようなサイトとの連携あたりなのだが、とはいえ、書いてる本人もまだあまり具体的なイメージは浮かんでいない。
となると、多くの人の知恵を集めるためにも、やはりKindleのAPIは開放してもらって、様々なサード・パーティによって、あわよくばテキストリーディングがホームグランドであるが、それ以上に汎用性のあるメディアブラウザとして、それこそIEやChromeあたりとも競い合ってくれないかと思う。多分、そうなることで、本とWWWという、もともとはテキストをベースにした情報媒体にした、しかし現在は厳然と異なる2つの情報支持媒体になっている存在の間をクロスオーバーさせることができるように思えるためだ。
そして、その担い手は、やはりコンテント側の人間ではなく、デジタル開発側の人間であるように思うからだ。これだけ電子本が普及してきているのだから、そろそろ紙の呪縛、紙のメタファーから開放された次の電子本が出てきてくれてもいいように思うからでもある。その意味で、本とWWWの間にある、いわば「半透明な」電子本の登場に期待したいし、早くその誕生を言祝ぎたいと思っている。