2016年2月13日に、アメリカ最高裁判所のアントニン・スカリア最高裁判事が亡くなった。享年79歳。
Antonin Scalia, Justice on the Supreme Court, Dies at 79
【New York Times: February 13, 2016】
Supreme Court Justice Antonin Scalia Dead at 79
【Wall Street Journal: February 13, 2016】
スカリア判事は、ハーバードロースクールでJD(法学博士)を取得後、弁護士や教職(シカゴ大学ロースクール)などを経て、86年にレーガン大統領に最高裁判事に任命された。レーガン大統領の指名から察せられるように、共和党支持の、その意味で保守派の判事の一人だ。その保守派の判事が、最後の8年目とはいえ民主党のオバマ大統領の任期中に亡くなったため、すでに次の判事の指名を巡る論争が起き始めている。
アメリカの最高裁判事は、大統領の指名と連邦上院の承認を経て一旦就任すれば基本的に終身職である。スカリアも86年に就任してから30年間、最高裁判事を務めてきた。終身職であるのは、定期的に選挙によって人が入れ替わる大統領や連邦議会議員とは距離を置き、法の一貫した運用を継続するために取られたものであり、終身職である以上、長きに亘ってアメリカ社会に影響を及ぼす。そこから、保守派の判事が生んだ空位を民主党のオバマ政権がリベラル派の判事で埋めることに対する反対が生じることになる。
オバマ大統領は就任依頼、すでにソニア・ソトマイヨールとエレナ・ケイガンの二人のリベラル系の最高裁判事を指名している。二人とも女性であるだけでなく、ソトマイヨール判事はラテン系、ケイガン判事はユダヤ系と、多様性(ダイバーシティ)にも配慮した人選だったが、上院の承認に際には、どちらも承認が成立するための60票をギリギリ越えるものだった。連邦議会において共和党の議席数が増えてきたためだ。つまり、最高裁判事の指名は十分すぎるくらい政治案件なのである。
したがって、今回の指名も難航することが予想される。なによりタイミングが悪い。すでに2016年11月の大統領選挙に向けた各党予備選も始まっているからだ。そのため、スカリア判事死去の一報を得て、共和党幹部は軒並み、判事の使命は次の大統領に任せるべきだと主張し始めている。すでに上院でも多数派は共和党であり、仮に大統領の使命がなされても、その承認の過程でその指名をはねのけることもできると思っているからだ。実際、大統領選のある年は、同時に多くの議員(下院は全員、上院が一部)にとっては自身も改選に臨む時であり、春先から実質的に議会の動きは滞ってしまう。選挙後は一般に「レイムダックシーズン」と言われ、消化試合のような案件しか議会審議にかけられない。翌年1月からは大統領も代わり、落選した議員は議会を後にし、新たな連邦議会の会期が始まるからだ。
ということで、スカリア判事死去の報は政治案件にならざるをえないわけだ。
ただし、今回少しばかり微妙なのは、では次の大統領に指名を任せるべきだと述べている共和党幹部にしても、本当にそれでいいのか、という疑問が立ち上がらざるをえないだろうというところだ。先日のニューハンプシャー予備選の結果に見られるように、(ドナルド・)トランプ旋風が起こっている共和党からすれば、一体何が共和党の要であり、保守主義なのか、という点に多くの人びとが問わずにはいられない状況にあるからだ。つまり、次の大統領に委ねようと提案したところで、当の共和党自体、不確定要素を抱え込んでしまうからだ。
その点では、共和党系判事の数を減らしたくないという防衛的な立場を取るしかない共和党に比べて、民主党の方が一見すると選択の自由度は高いように思えるのだが、しかし、こちらもサンダース旋風によって、当初想定していたほどヒラリー・クリントンの情勢が盤石ではなかったという不安要素がある。そして、そんな、共和党にしても民主党にしても、不安要素を抱える大統領選挙戦が進行しているさなかで、次の判事の指名は、誰を選んだところで選挙戦の格好のネタになってしまう。スカリアの死去が「タイミングが悪い」といったのはそういう意味でのことだ。
アメリカ外部での報道では圧倒的に、時の政権であり外交や軍事の要である大統領ならびにホワイトハウスの意向が伝えられ、それに続いてそうした政策の法案化を担う連邦議会の様子が報道される。といっても、議会は多くの議員から成るため、多くは議会勢力の概要が伝えられるにとどまり、その中の実力者の動向にまで目を向けるのは、政治通の人か、特定の案件の法案に関心を持つ人びとに留まる。つまり、なかなか報道としては継続されにくい。そして、連邦議会ですら、そのような報道になってしまうのだから、基本的には内政における紛争を扱う司法部門の動き、つまり最高裁の動きは他国には伝わりにくい。
けれども、アメリカ最高裁の動きは、広くアメリカの政策動向を左右するものである。それは、2010年代に入ってから実質的に選挙を左右されることになったスーパーPACと呼ばれる、いわば外野席からの(無尽蔵の資金投入を可能とする)選挙人支援のあり方を合憲とみなしたのが最高裁の判決であることからもわかる。アメリカ社会の背骨たる法のあり方を長期に亘って左右するのが最高裁なのである。その点で最高裁判事とは、一種の神官のような存在だ。大統領や議員とは異なる次元でアメリカ社会の行く末に大きな影響を与える。
そのような点でやはり、スカリア判事の後任が誰になるのかは、次の大統領が誰になるのか、次の国務長官が誰になるのか、次の下院議長が誰になるのか、といった関心と同様に、アメリカ社会にとっては重要なものとなる。加熱する大統領選挙戦とともに、今後の推移について注目したい。