いよいよ2016年のアメリカ大統領選を本格的に迎える。2016年11月8日の投票結果で、第45代アメリカ大統領が選出される。現段階(2015年12月)では、民主党、共和党ともに立候補者たちが、年明け早々から始まるアイオワ州とニューハンプシャー州の予備選での勝利を目指し支持者拡大に努めている。
近年の大統領選では、ウェブやITが選挙キャンペーンの戦略を左右する重要な役割を果たしてきた。一回限りの投票=支持を得る点で、大統領選は究極のワントゥワンマーケティングの実践の場だ。それはウェブの側から見れば、選挙戦までの限られた日程の中で「せきたてられながら」開発に勤しむ実験場でもある。一人ひとりの有権者にきめ細かくリーチする手段としても、短時間の間に候補者のオピニオンを広く人びとに伝えるツールとしても、ウェブ/ITは、今や選挙戦に欠くことのできないものとなった。
その一方で、選挙戦報道の中で適宜、新たに開発されたウェブの利用法が取り上げられることで、アメリカ社会に適したウェブの公共的役割が具体化されてきた。大統領選を通じて、ウェブは、単に個人間の通信をサポートするだけでのものでもなければ、マスメディアに代わるエンタテインメントの配信装置でもなく、公共的な役割を担うメディアとして位置づけられてきた。大統領選とは、ウェブを社会化するイベントでもあるのだ。
であれば、2016年の大統領選でもウェブに期待が集まるのも当然のことだ。2008年のソーシャルネットワーク、2012年のスマートフォンの利用に続いて、2016年でも、新たなウェブやITのサービス開発がなされるに違いないと期待できる。
このような大統領選とウェブ、そしアメリカ社会との関わりについて、2月から始まる予備選、そして、それに続いて夏から本格化する本選に注目する意味は大きい。
ここで簡単に、アメリカ大統領選のスケジュールを確認しておこう。まず、Xデイである選挙日は2016年11月8日。これは「11月の第1月曜日の翌日」と法律で定められている。その選挙日に向けて、デモクラット(民主党)もGOP(共和党)も候補者を選出し、選挙戦に臨まなければならず、2016年の前半は、その候補者選びに費やされる。大統領選のある2016年の2月から、各党で候補者を選ぶ「予備選」が始まり、春先の4月くらいまでに、11月の「本選」に臨む候補者を選び出す。その後、7月から8月あたりに、正式に党を代表する候補者が指名される全国大会(National Convention)が両党で開かれる。
では予備戦で候補者が決まってから、この全国大会までの間は何もないのか、というと、もちろんそんなことはない。中でも、ランニングメイトたる副大統領候補者の選択は重要な案件だ。同時に、選挙キャンペーン戦略の組み換えが必要になる。党内の他の候補者との、いわば仲間内の戦いと、本選でのライバル党の候補者との戦いとでは、強調すべき政策の論点が、当然変わるからだ。夏が終わると、NBCなどの4大ネットワークを中心に、本選候補者どうしによる公開ディベートが開催される。このあたりから完全にメディアイベントに転じ、本選までメディアもウェブも大統領選が話題の中心になっていく。2016年は、年初から11月の選挙当日まで、アメリカの報道は大統領選一色に染まっていく。
このようにアメリカの大統領選は、4年に一度の全米を巻き込む巨大な祭りだ。その祭りを通じて、普段はバラバラに稼働している、政治、メディア、社会、文化、さらには、科学、ビジネスなどといった異なる領域の活動が、一気に交わり連動しながら、選挙当日に向けて収束していく。メディアやコンテントのネタ元としても、大統領選という全米イベントは大いに参照され、出版、映画、音楽、などの表現活動を刺激する。いわゆるセレブリティの発言が、ある候補者の支持に繋がったり、逆に支持を失わせたりすることもある。特に最も情動的に人の心を揺さぶるミュージシャンやアーティストの動きは、注目を集めやすい。大統領選を追いかける上では、このようなメディアイベントとしての側面も捨ておけない
ところで今回の2016年大統領選は、ただのウェブ開発の孵化室という意味にとどまらず、もしかしたらアメリカ社会の曲がり角になるのかもしれない。予備選を前にした2015年のここまでの動きを見ていると、アメリカの政治のあり方やルールを変えてしまうのではないか、という予感すら覚える。その変化の中核には、前々回のオバマ大統領の選挙キャンペーンからは8年、あるいは、Facebook創業から10年あまりを経て、アメリカ社会にすっかりウェブが根付いてしまったという事実がある。つまり、ウェブが本格的にアメリカ社会を変えているのではないか、という直感的な予感だ。
そう感じるのは、従来からは考えられない動きが幾つも見られてきたからだ。とりわけ、共和党の動きが際立っている。2月の予備選開始を前にして、いまだに12人の候補者が名乗りを上げている(一時は17人いた)。その12人の中で、不動産王のドナルド・トランプがフロントランナーの位置を占めている。
去年の今頃、すなわち2014年末の予想では、2016年の大統領選は、クリントンとブッシュの二つの王朝(ダイナスティー)対決で決まりだろう、と見られていた。ヒラリー・クリントンとジェブ・ブッシュの二人だ。42代大統領のビル・クリントン夫人で、オバマ大統領の下で国務長官を務めたヒラリーと、41代大統領のジョージ・H・ブッシュの次男で、43代大統領のジョージ・W・ブッシュの弟でもある、元フロリダ州知事のジェブだ。
ところが実際にキャンペーンが始まると、共和党はトランプを含めて候補者が乱立し、未だに大本命が現れていない。トランプへの弟子入りを賭けたリアリティショー番組の「アプレンティス」で、ビジネスマンだけでなく一般の人びとに名が知られたトランプの人気は高く、すっかりジェブの勢いは削がれている。
一方、民主党の側は、ヒラリーに支持が固まりつつあるが、それでも当初は、サイバー法の著名な研究者であるローレンス・レッシグ(ハーバード大学教授)が、クラウドファンディングで資金を集め、立候補を表明するという一幕もあった。
トランプにせよ、レッシグにせよ、過去に政治家や行政官としての経験がない人であっても、ウェブ社会の現代では、資金と知名度があれば立候補できてしまう。しかもそのウェブは、資金と知名度を獲得するためのツールでもある。トランプは自己資金を持ち出し、レッシグはクラウドファンディングを活用した。いずれにしても、従来の政治献金の慣習から外れていた。
ともあれ、資金にせよ、知名度にせよ、ウェブの浸透によって獲得方法が広がった。その広がりは立候補のための必要条件を変えてしまった。その上、アメリカの場合、民主党や共和党といっても党首は存在せず、選挙のための互助組織としての色彩が強いことも影響している。従来ならば、党首はいなくとも、党の実力者の支援を得て、資金を確保し党内の結束を固めるのが大統領選におけるセオリーだったわけだが、そのような拘束力もウェブの登場によって随分と弱くなってしまった。
もっとも共和党の場合は、従来、州の権限の重視から分権主義をうたっていたので、12人の候補者乱立状況は、その分権主義の徹底の結果であると解釈できないこともない。
12人の候補者の主張は様々だ。極端(エクストリーム)な意見も、一人が言うなら眉をひそめないわけにはいかないが、12人もいれば候補者同士の対抗上、反論もあがるため発言することは無理ではない。共和党候補者は、今まで5回、テレビディベートを行ってきたが、そこで極端な物言いとそれへのカウンターも含めて、候補者の誰もがまずは言いたいことを述べてきている。問題は、今後の予備選の過程で、極論を含めて諸説ある見方が、一定の方向に収束できるかどうかにかかってくる。なぜなら、予備選と違って本選は、共和党支持者以外にも声を届かせなければならず、とりわけ、インディペンデント(共和党も民主党も支持しない独立層)からどれだけ支持を得るかが本選での勝利のカギを握るからだ。
いずれにしても来年の大統領選は、このような候補者の乱立も可能にするような、分散的なコミュニケーション装置であるウェブが浸透してしまった後のアメリカ社会で繰り広げられる。ITの活用、あるいは、それによるコミュケーション方法の開発だけでなく、土台としての社会変貌の兆しにも気を配るべきなのだろう。たとえば、ウェブ登場以後では、オープンガバメントといわれる公共サービスに直接関わろうとする動きがあり、結果として、公共サービス提供主体としての政府に対する期待を下げるような動きも見られるからだ。公的な事柄の全てを政府に委ねるのではなく、民間で実践することは、アメリカ社会がCivil Society(民間公共社会)として、独立後、イギリスから引き継いだ慣習でもあるからだ。
その意味では、おおよそ四割程度は存在する、投票に行かない人たちの動向にも注目すべきなのかもしれない。なぜなら、いわゆる「政治」や「政府」の外側にも、「公共的なもの」を提供してきた伝統がアメリカ社会にはあり、そのような主体が領域を拡大する可能性を、ソーシャルネットワーク以後のウェブはアメリカの人びとに提供しているからだ。有り体にいえば、「政治」や「政府」にもともと関心のある(=好きな)人たちが選挙に関わろうとする傍らで、政治や政府そのものにはとりたてて関心がなくても、自分たちの生活に関わる分野で「共通する」「公的な」事柄に関わろうとする人たちも存在する。そして、彼らが何か自発的に行う術を与えるのもまた、選挙キャンペーンの様相を全く変えた、ソーシャネットワーク登場以後のウェブであった。
アメリカ大統領選は、アメリカ社会の現在を映す鏡である。2016年に繰り広げられるこの動きからは目が離せない。