アル・ゴアが目指す持続可能な資本制

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October 30, 2015 16:41 jst
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junichi ikeda

一時は2016年大統領選の候補者としてメディアに名があげられていたアル・ゴアだが、彼の投資活動について報告されている。これを知ると、大統領選には出ないだろうな、というのが実感できる。

The Planet-Saving, Capitalism-Subverting, Surprisingly Lucrative Investment Secrets of Al Gore
【The Atlantic: NOVEMBER 2015 ISSUE】

ゴアの投資活動は、彼も創業者の一人であるGeneration Investmentというファンドを通じて行われている。地球温暖化への警鐘など、ゴアらしい「持続可能な」企業活動を行っている会社を取り上げ、Generationのポートフォリオに組み込んでいる。

上の記事の中で強調されて紹介されているのは、Generationで採用されている「スペクトラム理論」という方法論だ。ことばの意味通り、スペクトラムのことを想定して投資しようということだが、これだけだとよくわからないだろう。

ここで「スペクトラム」と言っているのは、人間の目に見える光=可視光についての、いわゆる「光のスペクトラム」のことで、赤から紫までの間に色のグラデーションが広がる、あの「スペクトラム」のことだ。で、この比喩のポイントは、人間の目に見える光=可視光は、電磁波という観点から見れば、ごくごくその一部であり、そのため、人間の目が捉える世界は、本来そこにある世界のごくごく一部である、ということをまずは思い出せ、という戒めだ。つまり、赤の外側には赤外線が、紫の外側には紫外線が、それぞれ存在し、さらにはX線、ガンマ線がある。見えない部分にも様々な電磁波がある。

だから、このスペクトラムによる「戒め」は、経済学でいう「外部性(externality)」を加味した上で、投資のための判断をせよ、ということに繋がる。そして、Generationが重視する外部性とは、環境、社会、統治、の三つについてのものとなる。

記事の中で取り上げられているものとしては、たとえば石油の保有量の資産計上の是非がある。たとえば、ある石油会社が保有する油田の埋蔵量について、それを現在の石油の価格をベースにして資産としてバランスシートに計上することは本当のところ意味があることなのか、という問いだ。というのも、埋蔵されている石油を全て燃やし尽くしたら、それは同時に地球の破滅を意味するだろう、と考えられるからだという。そして石炭産業に起こった倒産や、資産価値の下方修正(ライトオフ)を想起し、そのようなことが石油産業についても起こるのではないかと推測する。このように考えるのがGeneration流の思考方法として紹介されている。そうして、長期的に(long-term)、包括的に(holistic)、そして、マネジメントの意思決定の一貫性(integrity)を加味した上で投資先を決定することが大切だと考える。

Generationはファンドとしてはブティック規模の小ファンドであり、規模的には最大手の一つであるBlackRockの400分の1の規模だという。とはいえ、そのBlackRockのCEOも、多くの企業が四半期や一会計年度ごとの収益性しか視野に入れない短期的思考に陥っていることに警鐘を鳴らしているという。多くの企業のCEOは在任期間がせいぜい5年であり、それでは、たとえば製造業でいえば、ある工場を建設してもその設備投資が回収されるかどうかを見届けることはできない、あるいは製薬会社であれば新薬開発には10年以上の時間が必要になってしまう。つまり、マネジメントの時間と、新規事業開発の時間とが食い違ってしまい、長期的視野で物事の判断がなされなくなる、という。したがって、Generationの活動は、こうした警鐘に応えるものと位置づけられる。

もちろん、ファンドの規模からしてGenerationの動きは小さな動きでしかないわけだが、しかし、そうした新しい投資視点を採用する試みが投資の世界を少しずつ変えてきたこともまた確かなことで、前例としては、バフェットのBerkshire Hathawayが長期投資の有用性を示したり、Yaleの大学基金(endowment)の運営者が投資先を債券や株式だけでなく不動産屋や未公開企業にまで広げたことが紹介されている。その前例にならえば、Generationの、長期的・包括的・一貫性重視の投資原則も一定の地位を築いていく可能性がある。

こうしたGenerationの活動を、ゴアは2004年から始めている。2000年の大統領選で、全米有権者の得票数ではブッシュを越えていながらも、最終的には最高裁の判断でゴアはブッシュに敗れてしまった。それまでの20年間、政治家以外の仕事に就いたことがなかったゴアが見出したものの一つが投資の世界であり、むしろ、持続可能なキャピタリズムの発明、というのが、今の彼、ならびにGenerationの目標となっている。ビル・クリントンが、クリントン・グローバル・イニシアチブ(CGI)によって国際的な支援活動を立ち上げ、大統領を終えた後も引き続き政治の世界に残っているのに対して、ゴアは、同じように、環境問題という国際的アジェンダに取り組んでいるものの、その実現方法のところで、政治とは異なる金融の力を用いる方向に舵を切ったということだ。(だから、大統領選に再び登場するというのは、現実的ではないのでは、と思ったのだった)。

ところで、このゴアの活動を知って興味深いと感じたことはいくつかある。

一つは投資といっても、ベンチャーキャピタルではなくファンドであることだ。環境問題や地球温暖化への対処、というと、エネルギーなどの技術開発を行う企業やスタータップに投資するように思えるが、ゴアたちが行っているのはそういう直接的な技術開発とは違う。記事中でも紹介されているが、Generationのポートフォリオには、MicrosoftやQualcomm、Uniliver、といった、誰もが知る既存の多国籍企業の大手が選ばれている。それは、彼らの事業やマネジメントが、持続可能な資本制や持続可能な経済を実現していく上で、Generationの考える基準をクリアしているからだ。つまり、そうした大手企業の振る舞いを評価することで、国際社会全体の「現実」が実際に変わることに期待している。この発想は、実際に課題解決の方法を新たなイノベーションを用いて解決しようとする、シリコンバレーに典型的な考え方とは少し異なっている。一歩下がった支援者としての立ち位置だ。

面白いと感じたことの二つ目は、今いったシリコンバレーとは異なる、という視点とも関わるのだが、それはGenerationの拠点が、シリコンバレーでもニューヨークでもなく、ロンドンであるということだ。これはロンドンのシティが、そうした国際的視野を入れた情報が集まる場所であり、Generationのような長期的視野からの投資活動も居場所を見つけられる場所であるということなのだろう。

それはThe EconomistやFinancial Timesといった金融情報誌がロンドンから発信されていることとも関わることなのだろう。そして、それは大英帝国の頃からの、金融活動に重きを置いたイギリス、というよりも連合王国(UK)の伝統でもあるのだろう。そういえば、コロンビア大学に留学した時も、ファイナンスの講義の第一回目でThe EconomistとFTを購読することを強く勧められた。その時は、アメリカで出版されているWall Street JournalでもなくBusnessWeekでもなくイギリスの経済誌を推薦されたことに戸惑ったものだった。だが、その後だんだんわかってきたことは、アメリカと違ってUKはCommonwealth(英連邦)を抱えているため、UK本国だけでなく、Commonwealthに属する諸国(要するに旧英領植民地)にいまだに多くの経済的繋がり(つまり利害関係)をもっており、その分、諸外国における政治・経済・新技術等の動きが、直接彼らの経済的利得に関わるものであることだ。つまり、UKの人びとは、国際的な動向の「当事者」なのだ。その分、国外の政治・経済・産業の動きに敏感であり、憶測によらない事実に根ざした取材活動を進めることになる。この点は、国内に主要産業が存在するアメリカとは異なるところだ。

そういう事情がわかってから、改めてWSJやBWを見ると、ところどころ、主観的に、つまり想像的に(ファンタジックに)書かれている記事に気づくことが多くなった(記事も読み物である以上、書き始めたら終わらせなければならないからだ)。

そのような国を超えた利得関係の網の目に位置づけられた存在がUKであり、その情報の集積地がロンドンである、したがって、Generationのような活動を行うには、ウォール街ではなくシティである必要がある、ということだ。

先ほどCommonwealthを英連邦として紹介したが、しかし、ことばそのものの意味で言えば、Commonwealthとは「共和国」のことだ。だから英連邦とは「イギリス共和国」となる。実際、イギリス(イングランド)国王は、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの国王=元首でもある。アメリカと違って、これら英連邦諸国はUKとの間で独立戦争を起こして独立国としての地位を築いたわけでは決してない。アメリカの離反に懲りたUKが、海外植民地の自治の要請に応える形で、平和裏に自治領から移行したものだ。逆に、カナダやオーストリアの国際法上の独立国の扱いがあるからこそ、スコットランドが独立を望むという事態も生じる。UKやCommonwealthを踏まえると、イングランドを核にした諸州連合というのがその実体となる。つまり、UKという島国を想定するだけでは現実に則さない。

加えてUKの経済については「ジェントルマン資本主義」という考え方がある。金融、保険、海運といった経済的関係性の要となる事業をUKが担うことでUKが発展したという考え方だ。ここでいうジェントルマンとは、もともとはジェントリと言われた、平民出身だが土地を所有する地方の名望家であり、経済と行政の現場を取り仕切る人びとだ。実際には、名望家だけでなく平民出身だが聖職者や医者、法律家などの、中世のころから専門職(神学、医学、法学)といわれた人たちを含む。さらに広義には貴族をも含む場合もある。

ともあれ、そうしたジェントルマンたちが、商取引のルールを積み上げていくことで収益をあげ、富を増やしていったのがジェントルマン資本主義といわれたものだった(日本でも、90年代後半の金融ビックバンと言われた時期に、シティの力の本質ということでかなり紹介されたことがあったが、その後はすっかり聞かなくなった)。ちなみに、そのジェントルマンたちの知的バックグランドは、寄宿制のパブリックスクールを出てオックスブリッジないしはロンドン大学などに進んだ者たちで、そこで育んだ人的ネットワークからUK+Commonwealthの実務を取り仕切っている。いわゆるリベラルアーツを重視する教育を身につけた人たちだ。そうした知的バックグランドもまた、シティが金融センターとなる役割を果たしているのだと思う。なぜなら、投資はサイエンスだけでなくアートが必要な分野であるからだ。

このような背景をもつロンドンだからこそ、Generationも本拠地としたのだろう。いわば、シリコンバレーのような「カウボーイ」たちが開発するイノベーションを、ロンドンの「ジェントルマン」たちが、投資活動を通じて現実の存在=資産へと変換する。ゴアは、そのような変換装置の稼働に関わっている。そして、このポジションは、国境を超えた一つの事業であるため、一国の政府の舵取りに制約される政治家では難しい役回りだと感じているように思える。

サステイナブルであること、ホリスティックであること、インテグリティを保持すること。いずれも、ずい分前から、21世紀の企業のあり方として提唱されてきたことだが、それらを実際に行っている企業を投資という形で支援する。それが、ゴアとGenerationが試みていることなのだろう。その意味で、投資は現実を創る方法であることを再確認される動きである。