共和党から18人もの候補者が名乗りを上げ、2016年の大統領選に向けた動きも徐々に活発化し始めている。
2008年、2012年の大統領選でITは、選挙戦の戦略/戦術を変えるものとして注目された。2008年には、始まったばかりのソーシャルネットワークを通じて、草の根の支持者集めや、少額献金のための集金装置としてウェブが活用された。2012年では、誰もがスマフォを利用できる環境を背景にして、アプリを通じて支持者集めそのものがゲーム的に展開された。
では、2016年はどうなるのだろうか。
一つの見通しは、スマフォの利用がよりカジュアルになることで、候補者とのセルフィー(自撮り)を通じて、より親密な選挙戦が展開されるのではないか、ということがある。こうした予想は、実際に選挙戦が本格化した際に、実際に明らかになることだろう。
むしろ、こころのところ、ITと大統領選との間で喧しいのは、UberやAirBNBに代表されるSharing EconomyをGig Economyとして、大統領選の争点として取り上げようとする動きだ。
直接のきっかけは、7月上旬に、民主党の有望な大統領候補の一人であるヒラリー・クリントンがニューヨークで、彼女の経済政策に対する姿勢を公表した際に、Gig Economyに言及したことによる。
In economic address, Hillary Clinton calls out 'gig' economy
【CNBC: July 13, 2015】
Gig EconomyにおけるGigとは、その都度決まる仕事のことを指していて、今から百年前、1920年代のジャズの世界で、一ステージごとの演奏契約のこととして使われたことから始まったという。その転用として、Uberのような一回一回の(長期契約によらない)業務を指す言葉として使われるようになった。
そして、このことが経済政策問題になり得るかも、というのは、Gigに基づくビジネスが、従来の労働条件とそぐわないから、というところにある。要するに、単なる一時的な契約相手か、それとも被雇用者か、Uberで送迎を行うドライバーはどちらにあたるのかということだ。
つまり、Sharing Economyあるいは、On-demand Economyと言われている、UberやAirBNBタイプの、社会に既にある(遊休)資産を活用するタイプのビジネスモデルは、従来の労働政策から逸脱する労働者を生み出して、良くも悪くも、従来からある社会の仕組みを崩すきっかけになってしまうのでのはないか、という懸念だ。
では、この懸念が、なぜ、大統領選の争点の一つになり得るのか、というと、組織化率は随分下がったとはいえ、アメリカの労組は基本的に民主党の支持母体であり、ヒラリーもその支持を必要とするためだ。実は、Gig Economyは、労働市場の流動化という問題として、随分前から政治的争点として扱われてきており、むしろ、UberやAirBNBが、その係争の中に組み込まれてしまった感もある。
Sharing Economyというと、シェアであるからいかにも見知った間での共同利用のように思えるが、その共同利用の範囲が、見ず知らずの人たちにまで広がった途端、従来の経済活動と変わらないものになってしまう。そこから、Gig Economy という理解の仕方が浮上する。
識者によっては、Gig Economyの始まりは、70年代後半から80年代にかけて、経営戦略の分野でコア・コンピタンスが意識された頃にまで遡るという。当時は、アメリカの製造業(特に自動車や家電産業)の生産性が問題視された時代で、そこからある企業の競争力の源泉=コア・コンピタンスに集中するのが戦略的に望ましいという議論が起こった。コングロマリットの解体とも呼応したこの施策は、逆にコア・コンピタンス以外の企業資産については一旦売却して外部化し、再度、社外の別会社として契約することで対処することをよしとした。結果として、アウトソースやスピンオフの風潮を生み出し、そこから雇用の流動化も始まった、とれる。
このような議論の是非については、もしもGig Economyが大統領選の争点になった場合、公開の場で様々に検討されることだろう。むしろ、大統領選との関わりでより気になるのは、もしかしたらGig Economyの争点化は、ヒラリー陣営とシリコンバレーの距離を微妙にするかもしれない、ということだ。
実際、ヒラリーの講演の後、シリコンバレーの反応は今一つだった。さらに、ヒラリーの有力な本選ライバルの一人であるジェブ・ブッシュは、直後にサンフランシスコでUberを利用するというパフォーマンスも見せている。
Jeb Bush Takes Uber to San Francisco Startup
【New York Times: July 16, 2015】
少しばかり政治劇的に興味を惹かれるのは、現在、Uberには、2008年のオバマ選対を取り仕切ったデイビッド・プルッフがいることだ。プルッフがいる以上、民主党との関係を徒に複雑化することはないとは思うものの、その一方で、ヒラリーとオバマは、2008年に予備戦を競ったライバルでもあったことが思い出される。簡単にいえば、2008年で絶対勝利が見込まれていたヒラリーに対して何らかの不満を持っていた陣営がオバマを後押ししたはずだからだ。(ヒラリーにしても、予備戦の段階では、民主党内の支持を固めるために、党員にアピールしやすい施策を強調する必要があるわけだが)。
Growth in the ‘Gig Economy’ Fuels Work Force Anxieties
【New York Times: July 12, 2015】
Proof of a ‘Gig Economy’ Revolution Is Hard to Find
【Wall Street Journal: July 26, 2015】
いずれにしても、Gig Economyをきっかけに、シリコンバレーを巡る民主党と共和党の駆け引きも行われそうだ。というのも、これは紙幅の都合で『〈未来〉のつくり方』には書けなかったことだが、イノベーション、それも既存のビジネスモデルを対象とする破壊的イノベーションを志向するシリコンバレーの起業家サークルには、自在性の確保を良しとするリバタリアン的心性の持ち主が増えてきているからだ。そして、リバタリアン的心性は、どちらかといえば共和党に寄っている。
オバマの選挙戦の時までシリコンバレーが民主党支持だったのは、もともとサンフランシスコを中心にベイエリアはリベラルな傾向があったこと、また、今日のシリコンバレーの躍進のきっかけが、クリントン―ゴアによる情報スーパーハイウェイ構想にあったこと、という歴史的事情がある。しかし、シリコンバレーの成長とともに、こうした歴史的事情を直接知らない若い世代が増えてきていることも確かだからだ。
ウォール街(金融)やハリウッド(映画)に続いて、シリコンバレー(ハイテク)は産業経済の点で、全米に影響を与える中心になりつつある。そのシリコンバレーに、共和党の大統領候補者も食い込みたいと考えているわけだ。
もちろん、そのような大統領選を見越した政治的綱引きとは別に、GigというよりもSharing Economy の経済的意義についての議論も今後、進むのかもしれない。というのも、民主党にせよ、共和党にせよ、経済の立て直しには、ミドルクラスの経済的底上げが必要だという点では一致しているからだ。仮にSharing Economyを受け入れるなら、どのような仕組みが政策的に必要なのか(あるいは必要ないのか)、という問いだ。
ミドルクラスの底上げとは、要するに、みんなで豊かになろう、ということで、それこそ、アダム・スミスが「諸国民の富(Wealth of the Nations)」を論じた時からの課題だ。スミスの場合、「みんな」というくくりの単位はnation(主には居住地を中心に自発的に構成されたコミュニティ)にあったわけだが、その共同体の自明性にも幅が生まれるのが情報ネットワークで繋がれた現代である。Nationに代わる「みんな」の単位は様々に想定され得る。
あるいは、そのような情報化の効果を考慮に入れなくても、アメリカであれば、民主党はNationの位置にUSAという連邦を、共和党は、連邦を構成する各州=Stateを、あてがってくるように思われる。その意味では、Gig EconomyではなくSharing Economyの方が、みんなの範囲=公共の範囲をより意識せざるを得ない点で、政治的にも経済的にも争点として取り上げるのにふさわしい話題なのかもしれない。
ということで、2016年の場合、ITと大統領選の関係は、選挙戦でのツールとしての利用を超えて、注目すべきものなのだろう。その意味では、アメリカに大衆的な情報社会をもたらしたきっかけとなった情報スーパーハイウェイ構想を提唱したクリントン政権のファーストレディが、20年後の現在、その政治経済的影響に対する指針を示す必要に迫られるのも、因果は回るということなのだろうか。