「ABC対Aereo」訴訟について: 周辺環境の補足

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April 30, 2014 17:18 jst
author
junichi ikeda

前の「ABC対Aereo」のエントリーを書いた後、読みなおしてみて、もう少し、現在のアメリカンのメディアやウェブの周辺環境について補っておく方がよいように感じたので、幾つか記しておくことにする。

基本的には、インターネットが登場して以来、たとえばVOD(ビデオ・オン・デマンド)やストリーミングなどの言葉で言われてきたように、エンタテインメントコンテント(主には映像もの)の配信については、それまであったテレビに代わってウェブが台頭する、と考えられ、実際にいくつかのサービスが登場した。つまり、言説のレベルで可能性を論じられてきたものが、技術の進展とその時点での経済状況や社会状況とが合わさることで、現実になってきた。

そういう意味で、件の「ABC対Aereo」訴訟とほぼ同時期に起こっている映像配信に関する動きとしては次のようなものがあげられる。

1)ウェブ企業が映像制作に乗り出していること
2)ケーブルオペレーターの寡占体制が強化されようとしていること
3)ネット中立性ルールの変更によりブロードバンド事業者の交渉力が増しそうなこと
4)ソーシャルネットワークが収益性の確保からテレビ事業に接近していること。
など

まず、1)についてだが、ウェブ企業の大手、たとえば、Netflix、Amazon、Google、Yahoo!、Microsoft、等が、オリジナルの映像コンテントをハリウッドで制作しようとしている。ドラマが主だが、コメディも考えられている。ハリウッドとの関わりも、直接制作子会社を設立することもあれば、ハリウッドの既存プロダクションやプロデューサーと契約することで制作本数を確保しようとすることもある。MicrosoftのようにXboxのゲームを素材にしたドラマ化を行うところもある。

次に2)については、前回も書いたように、最大手のComcastが二番手のTime Warner Cableの買収を発表し、現在は政府の各種当局(FCC、司法省反トラスト局、FTC、など)の審査を待っている段階。合併が認められれば、ぶっちぎりの業界首位企業が登場する。

この2)と同時並行で起こっているのが、ネット中立性ルールを連邦裁判所が不的確と判断したことで、FCCがルールの書き換えを余儀なくされており、結果として、ブロードバンド事業者は、より大きな回線容量を使用するサービス(要するに映像配信系)について、それに見合った使用料を請求することができるようになった。アメリカの場合、有線のインターネット接続事業については、通信会社(Verizon等)とケーブル会社(Comcast等)による実質上の複占が当たり前になっている。

最後の4)については、上場後のTwitterに見られるように、ソーシャルメディアのバズ機能によってテレビ番組への視聴誘導を行うことが普通になってきた。ツイートの中に広告/宣伝ツイートも目立つようになってきており、メディアビジネスの本丸である映像配信ビジネスとの共生関係を築き、コンテントへの新しいアクセスルートを生み出している。

このように、簡単にいえば、インターネットやウェブ上での映像配信を規定事実として受け止め、それらとテレビビジネスやケーブルビジネスとの接合を図ろうとする動きが複数生じている。

ユーザーないし視聴者の視点に立てば、映像コンテントに接するにあたって、時間/空間/端末のそれぞれで自由度を増す方向にメディア環境(正確にはコンピューティング環境だが)が変わりつつある。また、これからも変わることが既定路線化している。

こういう変化の中で、ABCが管轄する放送ネットワークは、ラジオ時代にその礎石が作られ、既に100年近い歴史を持つことになる。そして、その過程で、経済や政治、文化の面からアメリカ社会に埋め込まれた存在となってきた。経済というのは主には消費を促すための広告・マーケティング媒体としてのこと。政治については、新聞に代わりジャーナリズムを展開する場として公論が提供され、世論が形成される場として位置づけられてきたこと。もちろん、文化については、日頃の放送の中で様々なジャンルの文化活動が紹介され、また、実際に制作される場となった。無料放送が可能なのは広告収入が下支えするからであり、ジャーナリズムも文化表現も、元を正せばその広告料で支えられ、しかし、広告料で支えられているという事実が明らかにされてからは、メディアリテラシーの向上を図る、というテレビの外側の活動も相まって、微妙な均衡の下で、無料放送体制が維持された。

その地上波による無料放送に対して、有料映像配信の先鞭をつけたのが、HBOなどのケーブルネットワークだった。そのケーブルネットワークを家庭に配信するのがケーブルオペレーターであり、彼らはまた、視聴者に対する料金回収代行業でもあった。

そして、こうした、無料放送システムや、有料課金システムに対して、ユーザーとコンテント提供者を直接繋げてしまったのがインターネットでありウェブだった。当初はトラフィックの問題が指摘されていたが、回線容量の増加(ブロードバンド化)や圧縮技術の向上、サーバーの増設/分散設置、といった改善の結果、今では、YouTubeを始めとしてインターネットで映像を視聴することは当たり前になった。そして、スマフォやタブレットの登場でコンテントの複数端末での利用のためにストレージサービスとしてクラウドサービスが定着したのがこの数年の出来事だった。

Aereoが登場したのは、こうしたウェブ/メディア/テレビ環境の下であった。

最初の方で書いたように、アメリカのメディア環境は、技術の進展と経済/社会状況の掛け算で少しずつインターネット上での映像配信の可能性を開いてきた。そして、日本と比べれば、事業法でトップダウンで管理する習慣が相対的に少ないアメリカでは、個々の事業ついては、技術開発と企業間競争に委ね、やってみて問題があれば、民事訴訟のレベルでその都度白黒をはっきりさせてきた。今回の「ABC対Aereo」もそうした伝統の中での出来事の1つといえる。

以上、前回のエントリーを補足する形で、最近のアメリカのメディア状況について記した。