初見の時はちょっと面食らったのだが、現在発売中の国際政治・外交誌Foreign Affairsで合成生物学を扱うエッセイが取り上げられている。
Biology's Brave New World
【Foreign Affairs: November/December 2013 issue】
面食らった、というのは、国際政治・外交という、いわば人文知の最もハードな領域と、合成生物学という、科学の最先端の領域が、唐突に短絡されたような気がしたからだ。
もっとも、よく読んでみると、合成生物学がもたらす様々な可能性は、国際社会=人類にとって善となる部分も悪となる部分もある―エッセイ中ではdual-use dilemmaと言っている―ので、政治が介入してルールを作り、きちんと管理すべきだ、という主張が中心で、とてもオーソドックスなものだった。
エッセイ中では、先端科学によるdual-use dilemmaの先行事例として、ともにノーベル賞受賞者であるフリッツ・ハーバーとアルバート・アインシュタインを挙げている。19世紀末に、ハーバーはアンモニア合成法を開発し、それによって近代的な肥料産業を生み出すことで農業の生産性の向上に寄与した一方、毒ガスなどの化学兵器の開発にも繋がった。アインシュタインは、20世紀初頭に相対性理論から有名なE=mc2(2は自乗)の関係を導き、エネルギーと質量が交換可能であることを見出した。それらは量子力学とともに20世紀後半のエレクトロニクスからITまで様々な応用を生み出す一方、核エネルギーは核兵器を生み出した。このような利用の二重性への懸念を合成生物学について示している。
では、本文中で指摘する「合成生物学のジレンマ」とは何かというと、それは新規のDNAをコンピュータシミュレーションによって開発できてしまうことであり、それによって今まで地球上に存在しなかった生物種を人為的に生み出せてしまうことだ。あるいは、人間が介在することで、当初は人間以外の種にしか感染しないようなウイルスを、人間にも感染するものへと人為的に「進化」させてしまえることだ(ただし、この人に感染するウイルスへの人工的進化を行う目的は、予め、そのウイルスに対処するためにワクチンを生産するためのものとして進められるという)。
要するに、国際政治と科学技術の少し異質な取り合わせは、科学技術の成果に対する人間の管理責任の問題を指摘するためのものであることがわかる。シリアにおける化学兵器の問題が浮上していたことを思い出すと、合成生物学が生物兵器を生み出す可能性について警鐘をならしているわけだ。
ところで、個人的にこの記事が面白いと思ったのは、まずは、合成生物学の世界におけるITとウェブの影響の部分だった。コンピュータを活用してDNAを操作する。あるいは、各所で解析されたDNAなどの生物情報もクラウド上で共有することができる。前者はシュミレーション、後者はビッグデータの、今日的応用として捉えることができる。
ただ、こうしたIT/ウェブとの接点以上に興味を引かれたのは、やはり、Foreign Affairsという政治雑誌が先端科学技術を取り上げたところにある。一般には面映ゆい言葉ではあるが、国際政治・外交という分野では「人類の平和」「人類の幸福」という、日常生活の感覚からすると極めて大きく、かつ、時空の範囲も広い話題が真剣に語られる世界だ。そして、そこでは、人間の知恵を使って様々な問題や課題に対して解決策を模索しようとする。そのため、科学技術の最先端を、そのような人類へのプラス・マイナスのリターンをもたらすものとして積極的にとりあげようとする。
たとえば、今までもForeign Affairsでは、デジタル・ファブリケーションあるいはパーソナル・ファブリケーションという観点から3Dプリンタの可能性について唱導しているNeil Gershenfeld(MIT教授)が寄稿したこともあった(“How to Make Almost Anything” November/December 2012)。
あるいは、上の合成生物学のエッセイが掲載されているNovember/December 2013号では、Google GlassやSelf-driving carを開発し、Google Xのリーダーの一人であるSebastian Thrunのインタビューも掲載されている。ThrunはUdacityを立ち上げ、オンライン教育にも積極的に取り組んでいる。テクノロジーの可能性を新たに社会に埋め込み広めようとする、イノベイティブなエンジニアの一人だ。
このように、科学技術の進展と(人類)社会との課題を接合し、先んじて何らかの解決策や対応策を提示しようとする。そのような文脈から、社会の基盤に影響を与えるような、骨太の「イノベーション」を実現させるための展望や作戦(イニシアチブ)が生み出されると言えそうだ。
付け足すと、このような科学技術と社会運営の接点を探る作業はForeign Affairsだけでなく、広くアメリカのメディアで観察される動きだ。
そういえば、GoogleもForeign Affairsを発刊するCFRがあるNew Yorkに、Google Ideasという政治とテクノロジーの接点を探る研究機関を設立していた。設立に積極的だったEric SchmidtはJared Cohenとともに、ITが政治に及ぼす影響についてForeign Affairsにエッセイを寄稿した。二人は、そうした議論の集大成として“The New Digital Age”という本を出版している。
もしかしたら、Google XのThurnが取り上げられたのも、Google IdeasとCFRとの交流の中で出てきたものなのかもしれない。そして、もしそうだとすると、GoogleにとってもPR=Public Relationsを向上させる場として機能し始めているといえそうだ。
そのような社会と科学の接点・フォーラムとしてForeign Affairsという媒体が機能しているところは興味深い。スティーブ・ジョブズがいった「人文と技術の結合」の、ジョブズとは異なる形での実践がここにはあるように見受けられる。