映画監督であり俳優であるベン・アフレックがマサチューセッツ州の上院議員になるのでは?という話題が生じている。
So Who's Going to Replace John Kerry for Massachusetts Senate?
【Atlantic Wire: December 20, 2012】
これは、現職のジョン・ケリー議員が、1月から第二期を迎えるオバマ政権で、ヒラリー・クリントン後を継いで国務長官に就任することが、ほぼ確実視されていることを受けてのことだ。
アメリカの場合、議員内閣制ではないため、いわゆる三権(立法、執行(行政)、司法)を兼務することはできない。従って、国務長官としてキャビネット入り(つまり入閣)するには、議員を辞職しなくてはならない。そのため、観測通りケリー議員が国務長官に指名され上院で承認された場合、空席となった議席を埋めるための補選が行われることになる。
その補選の際の候補の一人に、ベン・アフレックの名前が挙がっている、ということだ。
もちろん、アフレックは今まで政治の現場、つまり議員や公務員として公務に着いた経験は皆無であるため、もっぱら噂として流れるばかりだ。それに、マサチューセッツ州からは長年、テッド・ケネディ氏が上院議員を務めてきたこともあり、ケネディ家の周辺から候補者が立てられる可能性は高い。
(ちなみに、ケリー議員は、2004年に民主党の大統領候補として、当時の現職であるブッシュ(子)大統領と選挙戦を争った。)
それでも、アフレックの名が上がるのは、最新作である『Argo』に見られるように、彼が社会派の娯楽映画作品を制作してきたからであり、とりわけ、コンゴの情勢については自ら現地入りして詳しく、先日も上院の公聴会で報告を行なったということがある。そのような実績があればこそ、噂も立つということだ。
いずれにしても、ケリー議員の指名が正式になされたところで、後継議員候補の名前が具体的に上がってくることだろう。
とはいえ、ここではもう少し、このアフレックに対する噂を真に受けて、もしそうなったらどうなるのか、ということに触れてみたい。実際、エンタメ業界出身の議員ということであれば、コメディアンのアル・フランケンという前例もあるからだ。
多分、一番興味深いのは、『Argo』に見られるような、現在の戦争のあり方を前提にして、物事を考える議員になるのでないか、ということがある。
ケリー議員が国務長官の候補になるにあたっては、様々なことが語られているが、その中で比較的強調されるのは、彼がベトナム反戦活動からスタートした人物で、その意味では、冷戦時代の外交感覚を引きずっているのではないか、というものだ。しかし、現在は冷戦後の世界であるし、外交/軍事のあり方も、それらを支えるインフラを含めて大きく変わっている。直接の軍事行動に代わって経済制裁が選択されたり、情報技術を駆使した諜報活動を先行させることで事態の収集をつけるという策もとられることがある(『Argo』もそうした現状を描いた作品といえる)。あるいは、無人兵器としてドローンが登場し、その活動が国内に向けられたらどうなるのかという議論もでてきている。つまり、外交/軍事の区別が曖昧になる一方で、軍事/警察の区別も曖昧になり、内政の中に外政が組み込まれ、その逆もある、というような入れ子の世界になりつつある。
そうした世界観の変貌に、冷戦時代を生きたケリー議員が柔軟に対処できるのか、という疑問を投げかける人たちもアメリカの中にいる。裏返すと、そのような変貌が現実にあるからこそ、それらをフィクションとして描いてきたアフレックのような作家に注目が集まる、というわけだ。
もちろん、軍事や紛争とそこから生じる社会問題に注目してきたハリウッドの製作者は他にもいて、有名なところではジョージ・クルーニーがそうだし、アフレックの盟友であるマット・デイモンもそうした国際的な社会問題に関心を示し、寄付を行ったり自ら発言をしてきている。つまり、アフレックの名がケリーの後釜として挙がるのは、こうしたハリウッドの伝統があるからでもある。むしろ、映画製作者も一昔前の作家のように、社会的問題の解決策を指し示す人物として公人(public figure)扱いされるのが当たり前になった、ということなのだろう。
アフレックの噂については、こうした、情報化時代の国際関係と映像作品との関わりという点から見ることもできると思う。翻って考えるに、こうした文脈にある作品を作り発信することが、かつてジョセフ・ナイが言った「ソフト・パワー(軍事を介さない権力の行使)」の実践ということもできるだろう。となると、アフレックのような映画製作者・監督・俳優は、ハードパワー(軍事力)に関わった元軍人の人が政界に出ていくことと実は大差がないのかもしれない。
あるいは、大差がない、と思えることが、ウェブによってソフト的なパワーが広く行使できる時代に突入したという、一種の時代感覚を表しているのかもしれない。
ともあれ、まずはケリー議員の国務長官指名について注目しておきたい。
(追記)
ケリー議員の国務長官指名が公表された。
Obama nominates John Kerry as secretary of state
【Washington Post: December 22, 2012】