新聞同様、テレビもどうやら既存のビジネスモデルが傾き始めたようだと論じる、Business Insiderの記事。
Don't Mean To Be Alarmist, But The TV Business May Be Starting To Collapse
【Business Insider: June 3, 2012】
マスメディアが崩壊するという話はインターネット登場時から繰り返し言われてきたことだし、このBusiness Insiderというウェブメディアは基本的にpro-Internet=親インターネットの立場からの記事が多いので、そのあたりのことは差っ引いて読む必要があるだろう。そもそもタイトル自体、「警報をならしたいわけではないけれど・・・」と留保があるわけで、つまりは、著者自身もこの手の話をすることの凡庸さと、読者からの反応が予想できてしまうことを意識しているように思える。
その繰り返し主張されてきたことについて、しかし、著者は、新聞ビジネスが過去5年間で急速にうまく行かなくなったことを例に引きながら、同種のことがどうやらテレビでも起こるのではないか、としている。
警報を・・・、という姿勢は、この新聞の分析のところからわかることで、著者の主張のポイントは「メディアの利用者の行動パタンの変化が実際のビジネスに影響を与えるまでには数年のタイムラグがある」というものだ。
つまり、新聞の場合は、新聞紙面を構成していた各種情報を、人々がインターネット経由で直接情報源にアクセスしたり、あるいは、新たに情報カテゴリーごとに登場したサイトにアクセスすることで代替的に得るようになった。そうして、紙面を全て見るのではなく、記事単位で読むようになり、新聞購読を支えていた行動パタンが変化してしまった。このように指摘した上で、とはいえ、その間、おそらくはアメリカの景気がよかったこともあり、見た目の購読者や広告の量、更には株価も上昇を続けていたため、新聞経営者は、根底にある読者の変化に気づかなった。そして、リーマンショックで不景気になり、一気に問題が顕在化し、リアルの新聞の購読量も、広告掲載も減少し、株価も低迷、と言うことになった。
このように、新聞で起こったことを取り上げた上で、テレビについても同様に視聴態度が大きく変わってきていることを指摘し、そこから、テレビのビジネスモデルが曲がり角に来ているのではないか、と示唆している。
彼が個人的経験から気になっている視聴態度の変化とは次のようなものだ。
●放送時に番組を見ることがほとんどなくなった。
●たとえDVRであっても広告を稀にしか見ない。
●多くのテレビや映画のコンテントを見ているものの、常にオンデマンドであり、ほとんど広告を見ない。
●ニュースはインターネットから得る。
●テレビや映画を見るには4つの画面(テレビ、ラップトップPC、スマフォ、タブレット)を都度の便利さに応じて使い分けている。
こうした行動パタンの変化を指摘した上で、昔ながらの「all-in-one TV package」が変わろうとしていると見ている。
以上は、基本的に著書の家庭における経験を記したことなので、統計的にこのような趨勢にあるということが言われているわけではない。その一方で、標準的な世帯であることも強調されている。
その上で、テレビビジネスの変容として著書が考えることは、次の諸点だ。
●「ネットワーク」という配信形態が無意味になる。
●ケーブル会社に払っているものの大半は無駄である。
●テレビ広告はほとんど見ない。見る場合でも、何かしている時に見る。
(ちょっとなるほどと思ったのはそもそもCMがない映像に慣れてしまっているため、テレビCMに遭遇してしまった場合、昔感じたよりもintrusive(侵入的)に感じてしまう、というところだ。確かにデフォルトがどこになるかで印象は大きく変わりそうだ。)
そこから推測されるのは、
●広告主が著者の家に到達するために使われている広告費(年間750ドル、月額60ドル)の大半は無駄になっている。
●ケーブル会社にライブ視聴のために払っている金額(年間1200ドル、月額100ドル)のほとんどは無駄になっている。
こうした変化をもたらしているのは、著者がiTunes、Hulu、Netflixの利用者であることが大きいようだ。要するに、ウェブに従来のテレビの代替物が増えている。
そして、ここから、最後に指摘されることは、
●伝統的な「ネットワークモデル」は壊れる方向にあり、コンテントのライブラリーがそれに代わる。コンテントの制作、調達、配信の上で遥かに効率的なものとなる。
●従来の有料テレビのコストは将来下がることだろう。ユーザーはより安価により多くのコンテントを得る。そうでなければ支払いを止めるだろう。
●究極的には、テレビと他の映像コンテントの違いはなくなるだろう。
このように変化することで、新聞ビジネス同様、テレビビジネスもより効率的なものになるだろう、と著者は締めている。
もちろん、この手の議論は過去何度もされてきたので、趨勢としてはこうなるだろうが、では、それがいつ起こるか、ということで、これだけは誰も答えられない。
また、こういう趨勢にあるからといって、テレビが全滅するわけでもない(それは新聞も全滅していないのと同じこと)。だから、比重をどちらに移すか、ということだろう。
ただ、こうした方向に向かう動きを加速させる方向に、ウェブ企業が向かっていることも確かで、たとえば次のAppleの動きもそうだろう。
Apple Television, AirPlay and Why the iPad Is the New TV Apps Platform
【All Things D: June 4, 2012】
また、ルートは少し異なるがXboxを基点にしたMicrosoftの動きもその一つだろう。
Xbox Gives Microsoft a Head Start in the Battle for Every Screen
【New York Times: June 3, 2012】
この他に、Google(YouTube)、Amazon、Facebookも似たような動きに向かっている。
そもそもiPad3のHD対応ディスプレイなど、タブレットがメディアビューアーとして第一に位置づけられていることを(また、ユーザーもそういうものとして期待していることを)表しているといっていいだろう。むしろ、ウェブ/IT企業はテレビからウェブへの移行期をどうスムースに成し遂げるかに力を入れているように見える。
ともあれ、新聞については既に変化が起こっている。そして、NYTやWSJのようにウェブで成功のための地歩を築いているところもある。そうしたメディアは今度は、イギリスのGuardianやFTと競合するという新しいフェーズに入っている。映像配信についてもそういうことが起こっているように思える。折しも90年代以降、衛星放送を通じてグローバルメディア化を進めてきたルパード・マードックの動きにも、各種スキャンダルから陰りが見え始めた時であることは興味深い。
冒頭に記したように、著者自身、この手の議論が呼び起こす反応を見越している。だから、受け止める側も、そうした議論があり得る、というところで今は止めておくのが適切な態度だろう。結局のところ、実際に変化を経験するのは当事者であるテレビ関係者であり、記事の著者も含めてほとんどの視聴者・読者にとっては直接的には関われないことだからだ。警報が警報としての意味を持つはあくまでも当事者に対して、ということだ。