Nikeが、データトラッキング能力を強化した、Nike+ BasketballとNike+ Trainingを発表した。
Nike’s New High-Tech Sneakers Will Tell You How Much Air You Got on That Dunk
【All Things D: February 22, 2012】
Nike Unveils Nike+ for Basketball and Workout Training
【Mashable: February 22, 2012】
記事の中に埋め込まれた映像を見れば分かる通り、基本的にはトラッキング機能を盛り込んだバッシューによって、バスケットボールの試合中の動きを逐一データとして記録し蓄積することで、その行為の後に、当の本人自身がその動きを「第三者的」に見ることができるし、残されたデータを分析することができるし、記事にもあるようにNikeがEcosystemと呼ぶ600万人のユーザーのデータをもとに、クラウド的にその行動を分析することも可能となる。ビッグデータと呼ばれる、データサイエンスの動きを応用することもできる。簡単にいえば、ある体型(身長、体重、腕のリーチ、歩幅、等々)をもった個体にとって最適な動きは何か、であるとか、5人のチームとして組むには、どのようなスキルやポテンシャルを持つ人達で組ませるのがいいのか、という問いに対して、相応の提案ができてしまうのだろう、ということだ。つまり、個人にとっての改善方向や、チームビルディングの要件、などにも使える。
ここでは、Augmented Reality が言葉の意味通り「(知覚機能が)増大された」現実として解釈され、実践されている。逆に、ARを「拡張現実」と訳されたものを無造作に受け入れるのには落とし穴があるように思う。それはあたかも今ここにある現実を「引き伸ばす」ようなものに思えるから。つまり、自分たちの現実をどこか(空想的な異界?)にまで伸ばすような、いささか空想的で、こういってよければ文学的な感じが漂う。しかし、Augmentという言葉は本来「増やす」という意味で、この文脈ではもっと物質的な点から人間の知覚機能の限界を超えて、空間的、時間的、それに知覚機能的に「増やすこと」を指している。そして、このNikeのエピソードが示すように、私たちが持たないセンサー機能を機械的に増やすことで、私たちが今持ち合わせている知覚の幅を「増大」させるものだ。簡単にいえば、Augment=増大とは、腕が新たに二本加わることであって、今ある二本の腕が長くなって(=拡張して)遠くにまで届くようになることを意味するのではない、ということだ。そして、後者として使うなら、やはり“Extended Reality”と呼ぶのが筋だろう。
こう見てくると、Augmented Realityは、あくまでも「付加=add-on」されるものとして捉えるべきものだ。つまり、温度計がなければ私たちは温度の存在を実感できない。知覚可能に再現できない。センサーによる計量化、データ化は、そのような対象の客体化、オブジェクト化を意味する。今回のNike +の話で言えば、ユーザーは第一に自分自身の行動パタンを自分自身で確認することができるということで、これは言ってしまえば模試を複数回受けて自分自身の強み、弱みを知ることに近い。あるいは、従来でも、自分の演技をビデオに撮影してもらっていて、動作をチェックすることに近い。ここまでは、いわば自己分析だが、それを踏み台にして理想的な状況を想像して振る舞うようになれば、それは、一種のイメージトレーニングとなる。だから、Augmented Realityのひな形は、既に個別領域ではローテクを利用して実行されてきていたわけで、それを大々的に行なっていこうということだ。
おそらく、スポーツ科学や人間科学で検討されてきたことが、Nike Ecosystemに属する人であれば共有できることになるのだろう。そうして今まではプロスポーツ選手やワークアウト施設のインストラクターの間に流通していたであろう知識や知恵のある部分は、Nikeのユーザーも知ることができるのかもしれない。そうやってスポーツ科学の知見がデモクラタイズされていくことになるのだろう。
Nikeの動きは昔から不思議であったのだが、言ってしまえば「スポーツのデモクラタイズ」をずっと目指してきたのかもしれない。そのためにこそ、イノベーションを進めていく。それは、シューズの素材としてニットを採用する次のような動きにも見て取れる。
Nike Unveils Its Big New Paradigm: Shoes Knit Like Socks
単なるスポーツの道具では済まさない可能性を提示しようとするところに、どうやらNikeが動態感を与える秘訣があるようだ。