GoogleによるMotorola Mobility買収の示唆すること

latest update
August 30, 2011 15:13 jst
author
junichi ikeda

先日のJobs退任のエントリーで少し触れたが、8月中旬のGoogleによるMotorola Mobilityの買収は、その後の報道を見ていると、Googleが製造ラインを持つ方向に舵を切ったというよりもMotorolaが持つ17,000のパテントの確保が目的だったということで、社会的にはコンセンサスが取れてきているようだ。

Patently different
【The Economist: August 20, 2011】

パテントを獲得するために125億ドルを出すことの是非については、もちろん市場関係者の間で議論がなされているようだが、ここではそのことには触れない。買収に至った理屈としては、AndroidやiPadなどの、タブレット/スマートフォンを製品化していく上で、随所に各種特許=パテントが関わり、商品開発時における処理手続きに手間取ったり、あるいは、商品の市場投入後に訴訟を起こさせられ販売を差止められたり・・・といった事件が起こり、結果的に、企業戦略を描く上での大きなハードルになってしまう。つまり、製品の開発と市場投入のスケジュールを組む上で障害になることがパテント関連で増えてきたことの裏返しとして、そのような交渉コスト・訴訟コストを引き下げ、また営業上のリスクを下げるために、パテント獲得競争が過熱化してきたわけだ。

実際、Google-Motorolaのディールの前には、破産したNortelの資産整理の過程で、AppleとMicrosoftらが共同してNortel保有のパテントを落札するという動きが7月にあった。パテントとは直接は関係しないが、パテントを含めた安定的な取引関係を築くために、MicrosoftがNokiaとパートナー契約を結ぶ動きもあった。

Nortelはカナダの通信機器メーカーで、確か2000年頃には、ブロードバンド時代を控え、独自開発の光多重方式(光ファイバの利用効率を上げる技術)等で注目を集めていた企業だ。その企業が破綻したのにも驚いたが、そのパテントが競売に掛けられてAppleやMicrosoftに移ったというのにもまた驚いた。

MotorolaにしてもNortelにしても通信機器メーカーとして有名を馳せた時のある企業だ。その昔、携帯電話事業がまだ立ち上がらず自動車電話事業と呼ばれていた頃には、Motorolaの日本進出が、日米の経済摩擦の一つとして議論されていたこともあったぐらいだ。そういう時代を知っていると、Motorolaのマーケットポジションも随分変わってしまったものだと感じる。正確にいうと、もともとあったMotorolaがソリューション部門と携帯電話部門とに分かれ、後者が今回、Googleの買収対象になった。ソリューションと機器に分けた上で売却という動きは、IBMがPC部門をLenovoに売却した時のことを彷彿とさせる。

多分、今回のMotorolaの一件が含意していることは、少し引いて俯瞰して考えてみると、コンピュータ業界(しかもソフトウェア業界)と通信業界の間で、パテントの再配分がなされたことにあると思う。そして、そのことが意味していることは、モバイル(タブレットとスマートフォンを含む)の世界では、ゆくゆくはコンピュータ業界が主導権を握ることになるということなのだろう。

これは、テレビやビデオに代わってPCがウェブの登場に合わせて映像や音声も扱う、つまり、映像コンテントや音声コンテントの再生を行うマルチメディア機器になったことからすれば当たり前のことと思えるかもしれない。しかし、テレビやビデオに代わって、という部分についていえば、そもそもアメリカには有力なAV機器メーカーが存在しないこともあり(80年代は日本の家電メーカー、2000年代は韓国メーカーと言う具合にアジアのメーカーが主要なサプライヤーになって久しい)、この方向には大きな社会的反発はなかった。

むしろ、テレビかPCか、という文脈で言えば、PCの興隆はアメリカ国内でのテレビ市場の奪還に端を発していたといっていいだろう。80年代を通じて日本製のAV機器に自国市場を席巻されたアメリカ政府が出してきたアイデアが、デジタルテレビであり、その具体化の一つがPCでもあった。少し補うと、次世代テレビ市場を巡って、日本が提案した(アナログ)ハイビジョンに対してアメリカ側がカウンターで出してきたアイデアがDTV=デジタルテレビだった。結局、日米ではデジタルテレビの規格は異なるものが採用されたが、PCについては、ATV(Advanced TV:高度化テレビ)や情報スーパーハイウェイ構想などもあり、むしろ次世代テレビを具体化させるものとして期待が持たれた(この7月に完了した地デジへの移行という出来事も、もとを辿れば、アナログハイビジョンがアメリカ市場で採用されなかったことに端を発してた)。

十数年経ってみると、確かにPCはマルチメディア機器に変貌し、iPadをはじめとするタブレットはその方向に拍車をかけている。テレビ対PCの動きは、アメリカではケーブル対PCの形で、たとえば、NetFlixのようなストリーミングサービスとケーブルのペイチャンネル/PPVサービスとの間での競争が生じている。Motorolaはケーブル用の端末(STBという)のメーカーでもあるため、Googleの買収の目的には、AndroidベースのGoogle TVでの橋頭堡の確保もあったといわれる。けれども、具体的なテレビの製造は、今はSamsung等アメリカ国外のメーカーが引き続き強い。

大雑把に言えば、アメリカ国内に拠点を持たない商品分野については、コンピュータ産業の成長過程で必要であればコンピュータ産業の中に組み込まれることは問題ないと見られてきたといっていい。テレビしかり、ゲーム機しかり。ゲームについて言えば専用機はMicrosoftを除けば日本の二社であり、もともとPCゲームもあったということから、北米ではネットを使ったもの、ソーシャルゲームへと移行することに大きな抵抗はなかった(いささか脱線するが、専用機市場でも、制作体制としてゲームエンジンを用いるなど、相対的にソフトウェアやウェブに親和性の高いモジュール志向が選択されているように思われる)。

ただ、モバイル機器については、インフラの部分で、インターネットと携帯電話の二つがあり、後者の携帯電話事業については、AT&TやVerizonといった巨大会社が控えている(いずれも、旧AT&Tの分割会社が20年あまりをかけて生き残った二強とも言える存在)。たとえば、少し前にあったNet-neutralityの議論でも、結局、有線については中立性を確保するが、無線の部分についてはモバイル事業の性格を考えその限りではない、というところに落ち着くほど、通信会社のアメリカにおける地位は大きいわけだ。その強さの源泉は、長年にわたるサービスの提供から、顧客基盤を、法人にしても個人にしても持っていることに発している。またインフラ事業として、連邦政府だけでなく州政府とも料金設定等をはじめとして長年にわ渡って折衝が繰り返され関係が築かれてきた。

そう考えると、今回のGoogle-Motorolaの動きは、こうしたアメリカ社会に根を張った通信会社との間で行われる、端末やネットワークの設計の折衝においても遠からず影響を与えていくものとなるのかもしれない。それは、Wi-Fiと無線データ通信(3G/4G/LTG等)とのデュアル搭載の駆け引きにもつながるのかもしれない。既にアプリとしてのゲーム利用ではWi-Fiの速度や安定性の方を好むユーザーも出てきているという。デュアルの接続方法は要らないというユーザーもいる。実際、iPhoneでのiTunesの利用にはWi-Fiが求められたりしている。モバイルインターネットと呼ばれる領域が、文字通りインターネットとして構築されるのか、それともあくまでもインターネット的なデータ通信ネットワークとして構築され続けるのか、こうした設計の選択にも影響を与えていくことになるのかもしれない。

こう考えると、確かにパテント確保が第一優先事項だったかもしれないが、その傍らで、携帯電話会社に端末を供給する立場になって将来的なネットワーク構築の設計方向についても交渉に臨むということもGoogleの中にはあったのではないかと感じる。既にAppleは端末提供メーカーとして直接AT&Tらと交渉してきた。Androidを採用するアメリカ国外のメーカーがGoogleのMotorola買収についてさしあたっては歓迎の意を示したのも、まっさきに商品化されるアメリカ市場において、通信会社との折衝役をGoogleが(Motorolaを通じて)担うのではないかと思ったこともあったのではないだろうか。

タブレットをきっかけにして、コンピュータ業界と通信業界の間のつばぜり合いが、製品開発やネットワーク開発のレベルを含めて加熱する。今回の買収は、そのことを見越してのGoogleの動きとして捉え、今後の経緯を見ていきたい。ここで思い出すべきは、AppleがiTunesで行ったように、ユーザーの利用意向を集約させて音楽業界と折衝し、デジタル音楽の流通方法を安定させ、結果的に音楽業界そのもののビジネスモデルを変えてしまったことだ。同様のことが、GoogleやAppleらの個別の動きによって、無線通信業界についても起こるのかもしれない。もちろん、図らずもタッグを組んでしまったように見えるほど、相手は巨大だ。その意味で、AT&TやVerizonからの反撃も含めて今後の動きに注視したい。