Googleが光ファイバベースのブロードバンドサービスを提供する計画を公表した。
Google Jolts Telecom Rivals
【Wall Street Journal: February 10, 2010】
Google to Offer Fast Broadband as Trial to Spur Providers
【New York Times: February 10, 2010】
Google to launch turbo-speed Internet trials
【Washington Post: February 10, 2010】
既にワイヤレス・ブロードバンドに対しては、Nexus Oneの発売をはじめ、インターネット接続やIP電話、モバイルアドの会社への出資や買収を表明し、会社としてのコミットメントを明確にしていたわけだが、今回の動きでワイヤード(有線・固定)系にも戦略的な手を打つことになる。
好意的に解釈すれば、YouTubeやCloud Computingなどのサービスの活用を図るためにブロードバンド網は不可欠で、アプリケーションレイヤーでの投資計画を明確にしていくためにも、ブロードバンド網の配備スケジュールを自分たちでコントロールできた方が望ましい。だから、Googleに有利なエコシステムを、Googleの戦略スケジュールに沿ってくみ上げていくためにも、アクセス網の部分に、無線か有線かを問わず、進出していく、ということなのだろう。
もっとも、既存事業者であるテレコムやケーブルの事業者は、Googleから具体的な投資計画が示されていないことから、たんなるPR用のパフォーマンス(publicity stunt)に過ぎないと見ているようだ。
実際、Googleの計画は全米を対象としたものではなく、いくつかの都市をキメ打ちして参入すると伝えられている。そのため、既存事業者の投資計画に圧力をかける類の所作と思われても仕方がないところがある。
そのようなクリームスキミング(おいしいとこ取り)的な参入が噂されるため、本件はテクノロジーやビジネスが理由であるだけでなく、むしろ、オバマ政権のブロードバンド配備計画を側面から支援する、そうした「政治的動き」と見る向きすらある。
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ただ、この「政治的動き」という場合、単にブロードバンド配備にとどまらない意味を持つ。
なぜなら、アメリカは、現在、20世紀のレガシーシステムになりつつある各種インフラ設備の更新に注力しているから。そして、Googleは、スマートグリッド計画のような、エネルギー分野にも進出を表明しているから。
IR的には、つまり、投資家向きにはキャッシュを固定する設備投資計画には難色を示す意見もあるようだが、Googleからすれば、
「ハイテク・スタータップ企業」 という認知から、
「政府のバックアップもある巨大企業」 という認知へと、
自社の位置づけを更新することも企図しているのかもしれない。
政府のインフラ整備の動きに寄り添い、先導する役割として。
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たとえば、エネルギーの他にもアメリカでは、排出ガス制限という点から、大々的に鉄道の配備を見直そうという動きがある。
アメリカといえば20世紀のモータリゼーション(自動車社会化)を先導した国。LAやヒューストンのような、自動車による移動が前提の大都市を創り上げることで、20世紀後半の世界の大都市のイメージのひな形を用意した(もっとも、LAの場合は、東京と違って、無限定なスプロールではなく、エッジシティのような職住接近型のサブ都市を分泌していった、という動きもあるのだが)。
そのモータリゼーションの国アメリカで鉄道を見直す動きがある。とりわけ、高速鉄道=新幹線を導入する動きが目立つ。
Superfast Bullet Trains Are Finally Coming to the U.S.
【WIRED: February 2010】
モータリゼーションを先導したカリフォルニアでむしろ計画がさかんであったりする。
Getting Up to Speed
【New York Times Magazine: June 10, 2009】
このように大々的にインフラを組み替えていこうという動きがオバマ政権になってから現実化してきている。そして、とりもなおさず、インフラを更新するということは、都市空間の風景が順次変わっていく、ということだ。
そういう動きの中でGoogleが様々な点から絡みつつある。今回のブロードバンドの動きもその一つに過ぎない。
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ここで唐突だが、GoogleはNASAが50年間担ってきた「先端科学技術によるフロンティアの開発」という役割を、この前のエントリーで記したように、NASAが宇宙開発の最前線から一歩後退することになった現在、ひきつごうとしているように見える。
ただし、そのフロンティアは、アメリカの国土・景観をITを活用して造りかえていこうというものでその意味では「内なるフロンティア」。その担い手たるGoogleも正確にはシリコンバレーのトップバッター、先行者、という意味でだ。Google以外のハイテク企業ももちろんその「内なるフロンティア」の探検者の一人ということになる。
つまり、経済不況という要因も大きく影響しているが、オバマのアメリカは国内に向いた動きが中心になったということだ。一足飛びにアメリカの覇権が消えたなどというつもりはないが、おそらくは少しばかり成熟の道、つまり、欧州の国のように振る舞うことを始めたように思う。少なくとも内政においては。
そうした動きは、たとえば、冲方丁が『天地明察』の中で描いたように、保科正之が江戸幕府の統治の有り様を、武力による統治から文化による統治へと変転させるために、「改暦」という技術革新を用いて時代のフェーズが変わったことを人びとに知らしめようとしたことに近いと思う。スケールの大きい技術革新を媒介にして、あわせて時代が変わったことを文字どおり人びとに直観させ得心させるために。
だから、NASAのフロンティアからの後退(=イノベーションの推進装置)と、Googleらハイテク企業のインフラへの関与は、表裏一体の出来事だと思う。Googleのブロードバンドへの進出もスマートグリッドへの進出も、こうした文脈で理解すべきだと思う。
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NASAからGoogle(とシリコンバレーハイテク企業)へ、というのは、ぐるりと回って、東海岸的な歴史・文化から西海岸的な歴史・文化へ旋回した出来事として捉えることもできる。
それには60年代的カウンターカルチャーの話から入る必要がある。
60年代のNASAは、今日であればNSAのような存在。つまり、国家という権力が個人に覆い被さってくるような存在として捉えられていた。
だから、NASAの存在が、ある意味で、60年代のカウンターカルチャー・ムーブメント(対抗文化運動)を産み出す要因の一つだったといっていい。カウンターカルチャーがムーブメントとして継続するには、ビッグ・ブラザーの存在が必要だったから。
ちなみに、対抗運動をきっかけになって、後日アメリカ南西部に拡がった動きがニクソン→レーガン→ブッシュで体現された、アメリカの「保守革命」。つまり、(東海岸のエスタブリッシュメントへの)対抗運動自体、「保守革命」の遠因であった。
わかりやすくいうと、FDRからJFKにかけて、東海岸のBoston-NY-DCのラインで形成された、nationalなもの、アメリカ国民の統合、の「夢想」に対して、そんな東海岸主導の窮屈な統一はいらないと反旗を翻したのが、San Franciscoを中心に展開されたのがカウンターカルチャー・ムーブメント。
つまり、東海岸=ビッグ・ブラザー、に対抗して提案されていたのがカウンターカルチャー・ムーブメント。そして、その運動が提案した「一見無軌道な生のあり方」に対して情動的反発からスタートしたのが、南部を中心に浮上した保守運動(conservatism)であった。
だから、カウンターカルチャーにしても、保守運動にしても、東海岸=ビッグ・ブラザー=FDR・JFK路線、に対してNoを突きつけることが原初的な動機だった。
その後の動きは、政治的には、ベトナム戦争とオイルショックに起因する財政危機によって、東海岸=ビッグ・ブラザーが自壊し、ビッグ・ブラザーの母体がデモクラットであったが故に、政治的にはGOPの巻き返しが実現し(このあたりは二大政党制という二択からの選択に過ぎない)、80年代以降は、レーガノミクスの時代としてオバマの登場を待つまで続く。
一方のカウンターカルチャーは、政治的な運動としては低迷しながらも、その一部はテクノロジーと結びついて、PC/Webへと続く「情報革命」を用意する。
オバマの登場は、アフロアメリカン初の大統領という歴史的位置づけもさることながら、彼のシリコンバレーとの密月を考えれば、むしろ、アメリカ南西部(カリフォルニアからテキサスを含む領域)の20世紀後半の歴史的文化的蓄積が、アメリカの政治の本流になだれ込むというところが新しい。少なくともGoogleとオバマのホワイトハウスの密月はそういうことの現れ。
今回のNASAの方向転換、Googleらシリコンバレーハイテク企業の前景化もこうした文脈でとらえるべきだろう。
ついでにいえば、ブッシュ(w)がゴーを出した「星座計画で月を目指す」、というのは、国民統合的圧力をよしとしないGOP(共和党)からすると大きな矛盾。
二期目のブッシュ政権が選挙で大勝ちしたにもかかわらず、支持を失っていく背景にはこうした矛盾もあった。ニクソン並みの大きな政府を志向するものとして、ブッシュはGOP内部からも叩かれた。そして、大きな政府志向の最終形態がPaulson財務省長官とともに行った金融救済プログラム、ということになる。
だから、ここには大きな捩れがある。
ブッシュがNASAを使って再召還しようとした、JFK時代のデモクラットによる「国民統合の夢」を、現代のデモクラットの象徴であるオバマが否定した、というのは何ともいえない歴史の皮肉だ。
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このように西海岸、あるいは、南西部の人びとが抱くアメリカに対する思いが、オバマ政権の登場以後、徐々に浮上するようになってきた。
面白いのは、上でも少し触れたが、いわば、東海岸の判断で南西部に配備されたNASA(と軍関係の施設)という存在が、その科学技術の開発力を現地に根付かせることによって、南西部の位置づけ自身を変えてしまったところ。カリフォルニアのみならず、ネバダやアリゾナまで全米で重要な役割を担う州にまでなったのは、NASAや軍施設に代表されるアメリカの“national=国民的統合”の夢に費やされた莫大な政府資金によっている。
いわば、NASAや軍施設は東海岸の贈り物のような存在として南西部に根付き、街や人びとを育んだことになる。ハイテクがなければ、そもそも砂漠や荒野であったアリゾナにフェニックスのような都会は生まれ得ない。エアコンを最大限活用しない限り大量の人びとは生活できない。それもフーバーダムによる水力発電があればこそ。
そうした開拓された人工的な自然の中で育った人びとや企業が、21世紀のアメリカのインフラ≒都市風景の基盤を更新しようというのだから。こういうところにアメリカの歴史の面白さがある。
私たちは、その面白さの反復を、今、目の当たりにしているのだ。