Rupert MurdochがNews Corp傘下のニュースサイトについては、Googleによるindexingを拒否すると発言。
News Corp. Considers a Google Ban
【Wall Street Journal: November 9, 2009】
Video: Murdoch Making News Invisible To Search Engines? Not So Fast
【Paid Content: November 9, 2009】
内容が内容だけに、いろいろと話題を呼んでいる。
What Lies Behind Murdoch's Move to Block Google?
【Atlantic: November 9, 2009】
IT系のニュースサイトの中では、失笑を買っているところもある。やりたければとっととやればいい、という意見が目立つように思う。むしろ、Googleやフリーリンクを張るサイトをMurdochが非難し続ける方が不快だから、という理由で(CNETのポドキャストではそんな感じだった)。
今年に入ってから延々と、このことをMurdochは言い続けているのだが、これだけ言い続けてやらない、ということは、一応は、自分たちのグループだけでGoogleからの離脱を行って、さらに有料化をすれば、損をするのは自分たちだ、ということぐらいはさすがにわかっているからなのだと思いたいところ。
つまり、新聞業界、それも少なくとも英語圏の新聞業界くらいは、一斉に、足並みを揃えて「Google離脱×有料化」をさせたい、ということなのだろう。
しかし、これは、さすがに誇大妄想すぎる。
新聞業界で足並みが揃うようなら、その時点で、新聞が「多様性」とか「自主性」のようなものを放棄したような印象を与える。このあたりの価値観は、英米の新聞社はかなり気にかけるところだし。
そもそも、Murdochのグループの報道は、扇動的で、保守的で、大衆向け、つまり、非知性的で、反動的で、アンチ・インテリ、というポジションをかなり明確に取っている。最近であれば、アメリカのFox Newsの報道があまりにアンチ・オバマに過ぎるので、White Houseがもはや報道チャンネルとしてはカウントしない姿勢を顕わにするくらい「党派的な」ポジション取りをしている。
そこまで立場を旗幟鮮明にした以上、Murdochたちがやることだから「反対する」という党派的な対抗者がでてきてもおかしくない。あるいは、そもそも「金持ち、喧嘩せず」で、FoxやMurdochのことなど馬耳東風を決め込む人や報道機関がでてきてもおかしくない(上のAtlanticの紹介の中でも、これでGoogle Newsで、Fox Newsの不愉快なヘッドラインを読まずに済んでせいせいする、という意見もあるくらい)。
ということで、最初に紹介したように、「やりたければ、ぐだぐだいってないで、とっととやればいい。そうすれば、それがいかにstupidなことかわかるから」という反応がネットの中では多いようだ。
*
今までも、いろいろなところで、Murdochは高齢ゆえにインターネットのことが全くわかっていない、ということが伝えられていた。Murdoch自身は、常にメディアから好奇の対象として捉えられてきたので、もはや何が言われてもおかしくはなくて、それゆえ伝えられることの真贋は判断しにくいのだが、しかし、今回の話に限れば、本当にそうなのだろう
そもそも彼が買収したWSJにしても、有料化しているが、Googleのindexingを受けている。私は、WSJがネットで有料化したかなり初期からの購読者だけど、indexingと有料化が互いに排反な関係にあるとは全く思えない。むしろ、Googleのindexingがあれば、WSJのリソースも後日検索可能だし、その時にアクセスブロックされるのも嫌だから、購読をずっと続けていたりするわけで。
だから、Murdochは本当にインターネットを使ったことがないのだろうな、と感じる。多分、とりまきのスタッフもかなり困っているのではないだろうか。
*
そもそも、上の発言を、自社資本のSky Newsのインタビューの中で行っている、というのもいただけない。これは報道のラインを越えてしまっている。単なる自社PRでしかないわけで。
Murdochは新聞王と呼ばれていたように、ある地域の特定の新聞のシェアを高め、その地域の言論活動を牛耳ることで「社会的影響力」を確保してきてきた。マスメディアの確保が社会的影響力に繋がり、社会的影響力=世論操作は、政治の「通貨」になる、という、ある意味、メディア・リテラシーの議論を少しでもかじった人ならば、誰もが知っているようなお決まりのパタンを、新聞とテレビで愚直に実践してきた。
マスメディアが社会的影響力を行使する上で重要なのは、存在を「透明に」すること。つまり、マスメディアが伝えていることが、伝達者の恣意性が排除された「ありのままの現実」だ、と視聴者に受け止められるように、自身の存在をできるだけ透明にする。
この原則は、マスメディア自身に対する報道の時は扱いが微妙になるのが、一応、この「透明性」の原則を貫くならば、報道したいことは公の場で公表し、自社を含む複数のメディアによる報道を経由することで、「自社の発言」はあくまでも自社の利益に叶うもの(その意味で「恣意的」)だが、「報道姿勢」は恣意的ではない、ことを担保するように心がける。それが常識的な報道関係者の配慮というもの。
というのも、目の前にあるメディアが、自社にとって都合のいいことだけを報道している、と思われれば、その時点で、報道の信憑性は失われるわけで、その後に残るのは、自分たちはこれだけの数の人びとに影響を与えることができる、ということを、社会的地位の高い人びと、たとえば、政治家や大企業の経営者に対して、一種の脅しのように示すことになるので。
これは、報道を担うマスメディアとしては自殺行為に近い。
(もちろん、そこまであからさまにやっても、結局、普通の人びとはテレビや新聞の言うことに踊らされてしまうのだ、という冷徹な理解も成立するのだが、それは、さすがに、ナチのプロパガンダを経験した欧州の人びとからすれば呆れてしまう、ことではないのだろうか。ちなみに、アメリカと違って、大陸欧州の放送規制は厳しい。これは、放送が「大衆動員」のプロパガンダ装置(書いていて嫌になるが)として機能してしまったことを身にしみてわかっているから。ナチの被害を直接本国で経験しなかったアメリカでは、そこまでのことはない。むしろ、北米でメディア・リテラシーに対して積極的なのは、アメリカの放送波が容易に越境してきてしまうカナダであったりする。)
*
だから、むしろ、気になるのは、Murdochはどうしてこれほどまで思慮を欠いたことをしてしまっているのだろうか、ということのほうになる。つまり、何が彼をこういう行動に駆り立てているのか、ということ。
多分、大きくは二つのことが指摘できるように思う。
一つは、Google、というか、インターネットによる「無料化」に対する恐怖。
なぜこれが恐怖になるかというと、それは、Murdoch自身、上で記したように、新聞王になる過程で、まさに、新聞のダンピング=安売り攻勢、で、当該地域のシェアを伸ばし、その地域での影響力を増してきたから。
そうやって新聞王、メディア王になった彼からすれば、今まさに、インターネットという「システム」が彼に対して、世界規模のダンピングを仕掛けてきていて、その中核にGoogleがいるように見えるかもしれない。自分だったらそうやって絶対潰しに行くはずだ・・・そういう考えに取り憑かれているのだと思う。
裏返すと、彼なりに「新聞の未来」を憂慮した上での、(そして高齢であるが故の)やむにやまれぬ行動ということにもなるのだが。
Murdochを駆り立てているもう一つの理由は、「囲い込み=Walled Garden」が有料化の勝利の方程式として染みついていること。
Murdochは、新聞王の後、テレビ王になったわけだが、その際のポイントは、衛星放送事業に乗り出したこと。イギリスのBSkyBを皮切りに、90年代には、アジアでStarTVや、日本のCSにも進出しようとした。アメリカでは、最終的にDirecTVを手に入れた。
その際、News Corp.傘下のNDSという会社によって、デコーダを独自に開発していた。NDSがアクセス管理のための技術を独自に開発していたわけで、もしも首尾よく世界中の衛星放送市場のシェアトップに躍り出ることができれば、世界中の家庭の視聴状況のデータを最も効率よく分析できるのはNews グループになったわけだ。
つまり、衛星放送のアクセス権を左右する技術をグループで直接扱っていた。Walled Gardenは要するにクローズドネットワーク。デコーダの所有とそれを通じた視聴契約によって、アクセスが管理される。有料であることは完全なるアクセス制御を意味し、契約をしない限りは、一切シャットダウン、ということになる。
多分、Murdochのいう「有料化」のイメージは、このWalled-Garden方式にひきずられたものなのだと思う。
だが、いうまでもなく、インターネットはクローズドネットワークではない。もちろん、インターネットも人が作ったものであることは間違いないので、完全にクローズドにすることが原理的にできないわけではない(それはローレンス・レッシグが憂慮したこと)。
しかし、実際には、インターネットを利用する複数の主体によって、容易にクローズドにできるわけではない。正確に言えば、クローズドにしたい人びととオープンにとどめたい人びととの力が拮抗していて、現在の状況がある。
*
ということで、彼の成功経験が、インターネットとGoogleを強大な敵対者に仕立て上げてしまっているのではないだろうか。
だが、インターネットの利用者であれば、この二つがいかに「妄想」であるかがわかる。そして、皮肉なことに、WSJの存在(と成功)が最大の反例となっている。
第一に、インターネットは無料、といっても、全てが無償労働の奉仕で成立しているわけではない。広告でもいいし、サポートでもいいし、ギフトでもいいけど、誰かが相応の資金をインターネットの活動に注ぎ込むことで、成立している。
WSJであれば、広告と有料のバランスをとりあえずはうまくとっていて、アクセス数の確保のための一般情報と、相応の対価が必要な情報、とを分けている。
利用者にとって気になるのは、総体としてreasonableでaffordableなコストで利用できるかどうか。つまり、理に適ったプライシングと妥当な値付け、がなされるかどうか。多くの人が使うことで一人あたりの負担額がへるならば、その方が望ましいし、そもそも、マスメディアのビジネスモデルとはそういうものであったはず。
第二に、既に上で触れたように、インターネットの場合、有料といっても、それがアクセス拒否を意味するものではない。完全シャットアウト、というわけではない。
むしろ、Google Checkoutのような、マイクロペインメントの登場によって、支払い方法は多様化できる素地が生まれてきている。事態は、もっとグラデーションのある対応策を可能にするレベルにまで来ているわけだ。
それに、必ずしも読者は個別の記事を商品として見ているわけではない。
これは、インターネットの登場に伴って「コンテント」という言葉が取り沙汰されるようになってからMurdochに限らずメディア関係者の間に広まった一つの誤解、幻想でもあるわけだが、「コンテント=中身」だけが対価の対象であるわけではない。
映画や小説のように、コンテントが価値の源泉と思えるものはもちろんある。その一方で、ニュースの場合は個々の記事や報道映像が価値源泉かというと、これは結構怪しい。むしろ、多数の記事の総体であったり、全体の流れであったり、ということもある。多くの退職高齢者が、図書館に通い詰めて新聞を眺めているのを見かけると、たとえば、新聞に触れていることが一種の「慰安」であったりすることもあるのだろう。
その逆で、人びとが新聞紙からオンラインに向かう動機やきっかけは、想像以上に多様だと思っていた方がいい。
*
まとめると、今回のGoogle締め出しの発言をするMurdochはあまりにも発想がアナログ過ぎる、ということだ。それが、彼に不要なまでの恐怖を与えている(しかも、その恐怖の源泉が、彼自身の成功体験の裏返しなところがたちが悪い)。
標語的に言うと、
20世紀のアナログ×マスメディア思考、から離れて、
21世紀のデジタル×ウェブ思考、にきちんと移行しよう、
ということ。
その上で、
コンテントにこそ価値が宿る、という先入観から自由になる。
あるいは、
ウェブには、既に「受益者負担=直接対価ではない」仕組みで、なんとなくまわっているビジネスもあるわけだから、その仕組みの方に目を向ける。
こういうところだろうか。
*
それにしても、WSJ契約者でGoogleでもWSJの記事検索ができた方がいいと感じる私のような購読者は、今回のMurdochの考えに、ユーザーとしてどう反対票を投じたらいいのだろう。
単純に「不買」という選択肢を選べないところが、足元を見られたようで、気持ち悪い。
できれば、News Corp内部で、殿ご乱心を正して欲しいところだ。