Eric Schmidtインタビュー:「Silicon ValleyではCurrencyの維持が大事」

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November 06, 2009 16:05 jst
author
junichi ikeda

最初に断っておくと、Currencyといっても通貨のことではない。

Google CEOのEric Schmidtに対するショートインタビュー。

Google's Schmidt on What Sets Silicon Valley Apart
【Wall Street Journal: November 5, 2009】

Silicon Valleyのユニークネスについて聞かれ、とどのつまりそれは「Bay Areaの気候」に尽きる、というのが面白い。

近隣にStanfordやUC Berkleyのようなトップクラスの大学があったり、スタータップにシードマネーを供給するVenture Capitalがあったり、起業で失敗しても立ち直れる法文化があったり、と、Silicon Valleyを特徴づけるものはいくつもあるのだが、究極的には、これらの特徴は他の場所に移転可能。

けれども、Bay Areaの「この場所」の「この気候」が全ての基盤、といわれれば、Silicon Valleyは世界にただ一つ、複製不可能な存在、空間、ということになる。

もっともEric Schmidtにそう言わせるのは、彼自身、東海岸からBay Areaにやってきて、30数年にもわたってこの地に根を生やしてしまったから、だろう。BerkleyでBill JoyらとUNIXの開発に関わり、設立時のSUNで開発を担当し、NovellでCEOを務め、Googleにやってきた。Schmidt自身、Silicon Valleyの成長とともにあったからだ(このあたりのSchmidtの個人史については、以前のこのエントリーも参考に)。

だから、レイオフされた技術者に対するアドバイスを求められて、“keep yourself CURRENT”というのもよくわかる。あるいは、CURRENCYが大事、というのも。

Currentは「最近の」、Currencyは「通貨」、というのが日本語の訳語の筆頭だけど、形を見ればわかるように両者はもともと同じ言葉。

だから、Schmidtが「Currentであることを維持しておけ」というのは、「時代の流れ、技術の流れから取り残されないように自己研鑽しておけ」ということだし、「Currencyをメンテしておけ」というのは、そうした「技術者としての通用性を維持しておけ」ということ。

「何らかの流れの中にあって、常に動的に動けるように同期・同調しておくこと」が、Currentであることであり、そうした状態がCurrency、と表現される。

現在の、グローバル化された経済やそれに伴う企業活動、雇用状況の特徴として「流動性(liquidity)の高さ」が指摘されることが多いが、まさにそうした流動的な、常に「流れ」てしまっている状況では、自身をその流れの中にきちんとおいておくこと=Currencyを維持しておくことが何にも増して大切、ということ。

インタビューの応答にもあるように、中国系やインド系、アラブ系のエンジニアが多数存在するBay Areaでは、一見して「流動的な」世界がそこかしこにある。その実感も含めて「Currentであること」「Currency」が大切だということ。

ちなみに、Silicon Valleyの複製としてのSilicon “X”については、次のエントリーを参考に。

Google CEO’s Take on Silicon Valley Wannabes
【Wall Street Journal: November 5, 2009】

テキサスのAustin(テキサス大学の本拠地)や、アイルランドなど、他のIT産業が集約した都市や国が挙げられている。

こうした競合地区とSilicon Valleyを分かつものが「気候」というわけ。

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もう一つ、インタビューで面白いところがある。

ITやWebに続いて期待されるハイテク分野として、バイオやグリーンがあるが、それらはIT/Webに比して、資本集約的、つまり巨大な製造設備が必要になる分野なので、いわゆるSilicon Valley流の投資サイクルでは我慢できないのでは?というのがインタビューアーの問い。

それに対して、Schmidtは「なんで同じ大釜(cauldron)では作ることができないと思うの?」と反論している。ここで「同じ大釜=同じSilicon Valleyシステム」という意味で使っているのだろう。だから、縮めれば「どうしてできないと思うの?」ということ。

もしもSchmidtがWeb 2.0以後登場した人物ならこんな回答はしないと思う。彼自身、Silicon Valleyが文字どおりSilicon=半導体からスタートし、NASAなどの航空・宇宙産業とも密接な関係を築きながら成長してきたことを実際に体験しているからこそ即答できることだと思う。

それに対して、若いエンジニアならびにITジャーナリストは、たとえば、Web 2.0以後の世代であれば、Silicon ValleyとはITの世界であり、事業の中核にあるのはプログラムのコーディングを意味するのだろう。彼らにとっては、築いたときにはSilicon Valleyの今の状態であったわけで、そこに至るまでには、たとえば、巨大機械・施設(たとえばロケットや飛行機、工場など)の制御系をとりだすところからITがスタートしていることすらイメージできないのかもしれない。

それに対して、Schmidtは、Silicon Valleyの経緯を知っているから、そもそもの質問が無意味な問いだと示唆しているわけだ。

もちろん、上の返答は、Google自身、Smart Grid、つまり、電力供給関連でグリーンの方に事業展開していこうとしていることへの遠回しの回答でもあるのだろう(Smart Grid自体は、制御系を分散処理系にしてインフラ設備の制御の仕方を抜本的に変えよう、という考えの延長にあるから、実は、自然な、その意味で正統なITの応用のように思えるのだけど)。

とはいえ、IT産業が、VCの力や、周辺のアカデミックな知識の蓄積を元手にして、グリーン産業にきっちり参入できるようであれば、その時は、Silicon Valleyモデルというのが、本当の意味でユニークだ、ということになるのだと思う。

それこそ、知識集約型、研究開発型のビジネス、というか、エコにミーがそこにある、という意味で。

そして、同時に、物理的な部品の製造や組み立ての部分が、Silicon Valleyを経由したエンジニアがBay Areaの外部で行うようになる、という仕組みも含めて、G20時代の製造業のあり方についても青図を提供しているように思える。

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Eric Schmidtはまだ50代。このまま行けば、アメリカでも有数の経営者として歴史に名を残すことになると思うのだが、Silicon Valleyの成長とともに歩んできた彼が老成する20年後、30年後に同じようなインタビューを受けたとき、彼は何を、どう語るのだろう。

その時、Googleは、グリーンやナノテクやロボット、Electric Vehicleを供給しているのだろうか。

Schmidtは、Silicon Valleyの生き字引の一人であるだけに、こんなことも想像してしまう。

70歳の彼も、Currencyが大事、と応えるのだろうか。