Net-Neutrality推進方針で社会的位置づけが一変するアメリカのBroadband

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September 28, 2009 20:12 jst
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junichi ikeda

FCC委員長のJulius Genachowskiが、9月21日に、Brookings Institutionでスピーチを行った。私的な会合でのスピーチであるため、その内容に法的な拘束力はないものの、新FCC委員長の方針を具体的に述べたものとして注目を集めた。

FCC Endorses Network Neutrality
【Washington Post: September 22, 2009】

F.C.C. Proposes Rules That Support Net Neutrality
【New York Times: September 22, 2009】

報道として注目を集めたのは、Net-Neutralityの推進に関する部分。特に、インターネット接続サービスを提供する事業者に対する方針として、二つの原則を示したところ。

一つは、“non-discrimination(無差別)”の原則。インターネットを流れるビットはすべて等しく扱うこと。ビットの源泉であるコンテントやサービスによって利用速度に制限をつけてはいけない。具体的には、映像配信(ストリーミング)や、P2Pのようなファイル交換のように、帯域を一時期に大きく占有したり、あるいは、長い時間占有するものを差別してはいけない、ということ。

もう一つは、“transparency(透明性)”の原則。インターネット接続事業者は、自社のトラフィックの扱い方に関する情報を公開すること。これは、上の、“non-discrimination”の原則を実現するために、具体的に事業者に課す「しばり」にあたる。

最初に書いたとおり、これは私的な会合でのスピーチに過ぎず、その意味では、Genachowski委員長の「意向の表明」でしかないわけだが、とはいえ、彼の意向に対して残り4人のFCC委員も基本線では合意している旨の声明が出されている。そのため、今回の方針に対して、10月に入ってからFCCとしての具体的検討に入る。

FCCの委員が、上の原則に賛意を表明しているのは、ブッシュ政権下のFCCでも、Net-Neutralityを支持する「4原則」を発表していたため。

4原則は、基本的には、「消費者(consumers)」の「享受資格(entitlement)」について触れたもの。

具体的には、①インターネット上のコンテントへのアクセス、②インターネットでのアプリケーションの利用、③インターネットへの機器の接続、④複数業者によるインターネット接続の競争的提供環境、をそれぞれ享受する「資格」を連邦政府から与えられている、というもの。もちろん、それぞれの利用において、「法に適合した」コンテントやアプリケーション、機器、という制約はつくものの、その基準さえ満たしていれば、消費者は自由にインターネットを利用できることができる。その環境を、FCCが保障する、というもの。

今回のGenachowski委員長は、この4原則に加えて2つの原則をつけ加えたことになる(なぜ、新たに2原則がつけ加えられようとしているかというと、上の4原則を逸脱する行為が、Comcastのようなケーブル会社のインターネット接続事業者に見られるから)。

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以上、簡単にGenachowski委員長のスピーチで示されたNet-Neutrality原則を紹介した。

ところで、当のスピーチは、全体を読む(聴く)と、Net-Neutralityの推進を必要とする状況がもっとクリアになる。

(スピーチはここで読める)

スピーチは、冒頭、今年がARPANETスタートから40年であることから始まり、ひとしきり、インターネットを礼賛する内容が続く。この賛辞の様子から、Genachowski委員長がいかに「親インターネット」の人物、もっといえば、「親Silicon Valley」で「親 Google / eBay / Amazon / ・・・」の人物であることがわかろうというもの。

(それは、裏返すと、今までアメリカの情報通信政策の中心になった、東海岸的な、Verizon、AT&T、Comcast、などの、電話・ケーブル会社に対して、距離がある、ということ)。

スピーチの内容は、基本的に、インターネットが持つ、OpenでFreeな利用文化が、アメリカ全体でのinnovationの促進に大きく寄与していることを言祝ぐ内容となっている。

その意味で、「親Open Innovation」でもある。

こうした環境の確保のためにこそ、Net-Neutralityが担保されていることが重要だ、という理解をしているようだ。

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Net-Neutrality自体は、実は、FCCを監督する立場の連邦議会下院の委員会で、委員会トップのHenry Waxman下院議員ら、デモクラットの委員たちからは、既にお墨付きを得ていた。

その下院委員会の席上で、Genachowski委員長は、アメリカ全土でのブロードバンドの配備というオバマ政権のアジェンダの実現にあたり、非都市部の配備については、Universal Service Fundを利用する意向を表明しており、そのことも議員らの了解を得ている。

Democrats Tell FCC to Push For 'Net Neutrality'
【Wall Street Journal: September 18, 2009】

そして、このUniversal Service Fundの利用意向と、Net-Neutrality原則の徹底は、アメリカのインターネット政策が、オバマ政権下の「ブロードバンド配備」になってから、大きく変質しつつあることを示唆しているように思う。

簡単に言うと、「ブロードバンド網」を「電話網」に代わる「アメリカ市民であれば誰もが享受できる基本的なインフラ」、電力や水道のような、文字通りの「公共インフラ」として再定義しようとしているように見える。

今までの「インターネット」は、競争政策によって、つまり、主に、電話会社やケーブル会社のような設備事業会社の「利益」というインセンティブによって「民間によって自発的に」進められてきた。

初期のインターネット網配備の中心はケーブル会社だった。彼らが、新たな収入源としてISP事業に乗り出したことで、電話会社はしぶしぶISP事業に乗り出すしかなかったし、DSLでは速度的に対応できないため、光ファイバへの設備投資を促すことになった(初期においては、ケーブル会社が「トリプルプレイ」を許されたのに対して、電話会社はケーブルテレビ事業を行うことができなかった。この「非対称規制」はケーブルのISP事業参入への初速を上げるのに役だった)。

しかし、これだけでは、ブロードバンドの配備は、欧州やアジア諸国のような水準にまで達するには至らず、最近では、Comcastらのように、インターネット上のストリーミングサービスを、ケーブル事業への脅威と捉え、それらのトラフィックを差別的に扱うような事態も生じていた。つまり、ブロードバンドの配備が進むにつれ、本業(ケーブルテレビや電話)の収益性に悪影響を与えるような事態が生じると考え、自社に有利なトラフィック管理を行うようになったと、捉えられている。

こうした状況を打破しようとするのが、Net-Neutralityの原則。そして、その原則をより徹底させるためには、ブロードバンド網の配備をnational agendaにし、かつ、その配備に必要な資金獲得のスキームを連邦政府が定めることにより、かつての電話網のように「規制下の競争」路線を明確にしてきたことになる。

だから、この先、FCCのルール作りや、あるいは、そのルールづくりの権限を明確にするために連邦議会で立法措置がとられることで(たぶん、その方向に向かうと思うが)、アメリカでは、ブロードバンドは、連邦政府がきちんと管理する「公共財」として明確に位置づけられようとしているように見える。

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そう考えると、Genachowski委員長が、就任早々、「ブロードバンドとは何か」と、ブロードバンドの対象確定のための質問を公開で行ったことも合点がいく。ブロードバンドは、何も有線に限らない(無線の可能性)し、ブロードバンドは通信網にもよらない(電力網利用の可能性)。連邦政府が、およそアメリカ市民であれば誰もがaffordableなコストで利用できる「公共財」としてブロードバンドを位置づける以上、大切なのは、「事実として得られるブロードバンド環境」の方で、それを実現する方策は何でもよいからだ。

(この「誰もが使えるブロードバンド環境」というのは、EUが取っている「ブロードバンドアクセスを基本的権利としてEU市民に認める」という方針にも符合する)。

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一見すると、単にブロードバンド配備にアメリカも力を入れているだけのように見えるが、どうやら、オバマ政権になってから、それまでの「消費財」としての(場合によると「奢侈財」にすらなっていた)「インターネット接続」には終止符が打たれ、それに代わり、政府が資金や制度としてきちんと関与する(面倒を見る)、「20世紀の電話並みの公共財としての位置づけ」を「ブロードバンド」に与えているように思える。

20世紀の電話並みの公共財であれば、ISPは一種のcommon carrierになるのだから、伝送内容に対してはノータッチ、というのが原則になるので、Net-Neutralityは自然な内容になる(逆に、Net-Neutralityを原則にしなければ、ケーブルや電話会社が、既存サービスとバンドルしてブロードバンド接続を販売する可能性もあるわけで、これは公正競争上の論点にもなりうる)。

もちろん、アメリカの情報通信政策(というか、Communications Policy)は、連邦政府だけが担っているわけではないので、この先、議論は二転三転すると思うし、その意味では、他国のような、中央政府によるnational agendaには、アメリカの場合、ならないかもしれない。

それでも、今回のGenachowski委員長のスピーチは、今後の道筋を具体的に示したことは間違いない。