企業合併の審査基準を17年ぶりに見直すアメリカ

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September 24, 2009 14:02 jst
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junichi ikeda

アメリカの反トラスト法当局である、司法省反トラスト局と連邦取引委員会(FTC)が、17年ぶりに、合併審査ガイドラインの見直しを行うという。

Regulators Weigh New Merger Rules
【Wall Street Journal: September 23, 2009】

現行のガイドラインは1992年に定められたもので、主に合併後の市場シェアに基づいて「反競争的かどうか」を判断するものであった。

しかし、1992年といえば、インターネットの登場以前であり、グローバル化が本格化する以前のもの。アメリカでいえば、NAFTA(北米自由貿易協定)が導入される以前。

インターネット関連企業に代表される、innovation志向の高いハイテク産業の場合(以前ならIT、今ならバイオ、ナノ、エネルギーを含む)、合併による企業の整理統合は、むしろinnovationの次のステージを実現するための基盤となる、という考えがある。

あるいは、90年代後半以降、多国籍企業を中心とした国境を越えた競争が当たり前になり、さらには、その多国籍企業が必ずしも先進国企業とは限らない状勢にある現在、単純に国内シェアの大小だけで「反競争的」かどうかを判断することは難しくなった。むしろ、整理統合は、国際競争力を維持する上で不可欠になってきている、ともいえる。そして、国際競争力を確保することは、国内産業基盤を維持することに繋がり、ひいては国内労働市場の安定にも必要だ、という考えもできる。

いずれにしても、2009年の経済活動、企業活動の現実は、1992年のガイドラインで判断するには状況が違いすぎる。そのため、今回、ガイドラインの見直しを図ることになった。

判断基準の変更点として想定されているのは、企業の規模や市場シェアではなく、最終市場での「消費者便益」が確保されるかどうか。つまり、不当な価格操作が行われる余地があるかどうか、というのが基本的な観点になるようだ。

上でも書いたように、innovation志向の産業では、合併後更なる技術革新に目を向けることで、中長期的には、その企業が提供する商品やサービスの価格がより安価になっていく可能性がある。あるいは、合併によってスケールメリットや合理化を図ることで、たとえば、中国やインドなどの、現行の基準ではまだ開発国(developingというよりはemergingのニュアンスだが)に本社を持つ企業との間での競争に備える、という判断もある。

反トラスト法では、公益のために政府が企業活動の自由を制限するべく介入するわけだが、そのゴールである「公益」の中身は、時代ごとの経済環境にあわせて変わってしかるべき。企業活動が一義的には国内市場に限定されていた20世紀初頭であれば、「公益」は大企業による市場支配への対抗措置の実施、と思っておけばよかった。

逆に、企業活動が国境を越えるのが当たり前になった21世紀初頭においては、「公益」は、第一には、直接的に消費者便益の指標となる「消費者価格」であり、第二に、国内産業の堅持による雇用の維持、ということになるのだろう。

ただし、気になるのは、新しい二つの「公益」のいずれも、その効果が事後的にしか確定できないところ。裏返すと、当該企業と政府(反トラスト法当局)の間で、互いに信頼に足る良好な関係が築けないと、反トラスト法政策自体が失効しかねない。

その意味では、司法省反トラスト局トップのChristine Varneyが就任後の演説で、よりアグレッシブに反トラスト政策の執行にあたりたい、といっていたのは、司法省としていったんはゴーサインを出した合併に対しても、合併後の当該企業の行動を引き続き注視していく、ということを企図しているのかもしれない。

上の記事によれば、ガイドラインの見直しには、半年から10ヶ月ほどを予定しているということだから、2010年の上旬には具体的な形になって公表されるということ。内容としては、「よりタフで、よりシンプル」になるという。

2010年上旬となれば、アメリカの経済状況も今よりはマシになっているだろうし、ガイドラインが変われば、それに合わせて、M&Aの動きも活発化することになるだろう。M&Aの案件が増えれば、投資銀行にもお金が流れるようになる(Goldman SachsはM&Aの引受業務で大きく利益を上げてきた歴史がある)。

バイアウトによる企業資産の分割、IPO、スピンオフ/スプリットオフ、と企業のあり方が金融業界に新しいビジネスチャンスを与え続けてきたのも一つの事実なので、今回のガイドラインの見直しは、金融業界にとっても注視すべきもの。

いずれにしても、半年後の新ガイドラインの発表には注意しておきたい。IT、ハイテク、金融、を中心に、「オバマ以後」の、アメリカ連邦政府と企業の関係の有り様を具体的に示すものとしても、参考になると思われるので。

なお、日本の独禁法は、アメリカの反トラスト法の影響を強く受けているので、アメリカがガイドラインの見直し結果を公表した暁には、その内容に合わせて日本でも法改正が行われる可能性は高いと思う。もっとも、法律は似ていても、執行機関の権限の発動のさせ方は異なるので、なにもかもアメリカのようになるというわけではないだろうが。