ユーザー視点に立ったInterface DesignerとしてのGoogle(+その背後にある「外交的」手腕)

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September 18, 2009 17:50 jst
author
junichi ikeda

Google Book Search用にデジタルスキャンした書籍のうち、Copyrightの保護期間が切れた200万の書籍については、オンデマンド印刷によるペーパーバック版も提供可能になったことを伝える記事。

Google goes into print with 2m books
【Financial Times: September 17, 2009】

Google to Reincarnate Digital Books as Paperbacks
【New York Times: September 17, 2009】

オンデマンド印刷を請け負うのは、さしあたっては、On Demand Books社。カタログには、たとえば、『不思議の国のアリス』などが載っている。

これもまた他愛のないことではあるが、読者から見たら、紙の本の形で持ち運びができた方がいい場合もある。本で読む方が、それこそreadabilityが上がることはある。

自分自身の経験でいっても、たとえば、Creative CommonsでPDF提供されている書籍を実際に読もうとすると、PC画面上で見続けるのは、目が疲れたり、利用の自由度が下がるので、結局、プリントアウトしてしまうことが多い。けれども、プリントアウトされた束を持ち歩くというのも実は決して楽ではない。ということで、結局、ハードカバーやペーパーバックに手を出すこともよくある。

そう考えると、上のオンデマンド印刷の選択肢を用意するのは、利用者の視点に立った場合、とても理にかなっている。

大事なのは、一旦、デジタルデータとして読み込んでしまうこと。その形で保存をしておきながら、利用の際に、必要に応じて、適切なインターフェースを選択する。つまり、PCの画面や、今流行のe-Bookや、昔ながらの紙に印刷され綴じられた書籍の形態。

オンデマンド印刷についてはいきなりB2C商品はでないだろうから、当座は、B2Bで。ちょうど、一昔前まで写真の現像(デジタルだと印刷だが)を行うのを、外でお願いしていたのに近い。

いずれにしても、「インターフェースの選択」はユーザーの意向に委ねる。そのためのインフラを整える。それが上の記事で紹介されたこと。

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もちろん、このタイミングでオンデマンド印刷のことが公表されたのは、今週金曜が、司法省反トラスト局によるBook Search Settlementに対する意見が裁判所に提出されることを考慮に入れた上でのことだろう。

司法省の直前の動きについては、WSJが今までの経緯を含めて簡単にまとめている。

U.S. to File Concerns Over Google Book Pact
【Wall Street Journal: September 18, 2009】

反トラスト局対策という点では、Book Search用にスキャンしたデータについては、利用意向のある企業にもオープンで提供する方針も先週発表している。

Google offers to open digital library to rivals
【Financial Times: September 10, 2009】

いずれにしても、Google Book Searchに対する司法省反トラスト局の動きに一定の牽制をするためのものだろう。オンデマンド印刷の方針は、単純に出版文化の維持・繁栄に資するというように主張できるものだし、オープン化方針は独占性の危惧に対するGoogle側の応答、ということになる。

これらを反トラスト局の意見がまとめられている段階で公表することにより、Googleの姿勢を伝えるとともに、優先順位の高い「争点」について、あらかじめ水路づけておくのを試みているようにもとれる。

そういう意味では、オンデマンド出版にして、オープン化にしても、それらを「公表した」という事実は、コミュニケーション戦略的な対応、と位置づけることができる。

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それにしても、Googleはとことん、ユーザーサイドに立った提案を行うところだと思う。前に書いたエントリーでは、コンテントの見せ方、推奨の仕方、のところで、ユーザーサイドから見て有用なものを提供することに尽力していると書いたが、今回のオンデマンド出版の準備、というのも、人間に適したインターフェースの配備のところに注力しているわけで、背後にある発想=思想は、同じだと思われる。

さて、このユーザーサイドに立った視点、そして、そこから敷衍された公共的利益の配慮、に対して、裁判所、司法省、そして、当のSettlementに反対している企業、団体は、どう対応するのか。楽しみだ。

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あるいは、こうとらえてもいいのだろうか。

企業の競争については、「競争」という言葉に引きずられるところもあってか、今までは、しばしば「戦争」の比喩で語られてきた。「戦略」「戦術」「ロジスティクス(兵站)」などが典型的な語彙。

しかし、今回のGoogleの動きは、「戦争」というよりは「外交」に近いように思う。いくつかの手札を用意しておいて、少しずつカードを開けていく。もちろん、全てのカードは開かない。相手は、その開かれたカードから今後の動きを予測して対応していく。この手順を、プレーヤーたちがみな一通り知っているが故に、交渉というプロセスを経ながら、最終的な果実の確定とその分配を考案していく。

このプロセスは「外交」と呼ぶ方が適切な気がする。

「外交」という言葉が、国通しの関係性のことを想起させやすいと気にするのなら、若干言葉遊びの気もするが、“Diplomacy”と読んでみてもいいのかもしれない。それは、Strategyが戦争の現場だけでなく、ビジネスの競争の場でも使われているように、一段抽象化し、言葉を「機能」を意味するものに変えてしまう、という手。

Googleがこういう「外交的手腕」に秀でているように見えるのは、どうしてだろう。単にEric Schmidtのイメージに引きずられているのだろうか。

Book Search Settlementについては、こうした点からも気にかけていきたい。