Google Fast FlipはWeb Publishing/Readingの基盤を変容させるのか?

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September 15, 2009 13:15 jst
author
junichi ikeda

Google Newsをベースにしながら、ユーザーのウェブ上でのReading Experienceの向上を考え、News Sitesの各ページをブラウズできるようにした、Google Fast Flipを紹介した記事。

Google Releases News-Reading Service
【New York Times: September 15, 2009】

実際に見た方が理解は速い。 → Goolge Fast Flip のサイト

参加しているのは以下のサイト。

News Sites: BBC News, The New York Times, The Washington Post, Newsweek;

Magazine Sites: Cosmopolitan, The Atlantic, Esquire,

Web-only publications: TechCrunch, Salon.com and Slate.

やっていることは、各サイトのイメージをsnippetにして貼り付けて、それをサクサク、ストレスなくブラウズできるようにしたこと。それだけの、他愛のないことといえばそれまでのこと。

実際、記事中で記事を提供している側のメディア企業の関係者から、「こんなことをしても別に収入が増えるワケじゃないんだけどね」というようなコメントが寄せられている。

確かに、ただのユーザーインターフェースの向上に過ぎないように思えるのだが、しかし、ノルベルト・ボルツが『世界コミュニケーション』の中で指摘しているとおり、ウェブの時代は「デザインが全て」であることを考えるならば、それほど馬鹿にできた話でもない。

ユーザーインターフェースの向上が、読書体験(reading experienceの訳として使いたいのだけど、読む対象は「本」だけではないから寸足らずの表現ではある。日本語はこういうところの微調整が難しい)を変えるし、そうしたユーザーインターフェースが土台になって、次の読書体験のひな形が形成される。

少なくとも雑誌編集者であるならば、レイアウトの工夫によるreadabilityの向上がいかに雑誌的な読書体験を変えてしまうか、に敏感であるし、さらに、いってしまえば、そうしたレイアウトの変化によって、そこに流し込むテキストの「文体」、トーンが変わってしまうのも、書き手だったら経験していること。

そういう意味で、Google Fast Flipの試みは軽視していいようなものには思われない。

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まず、最初に指摘しておいた方がいいのは、Google Fast Flipは「ブラウズ体験」をウェブ的にどう表現するか、という点でかなり工夫がされていること。

今までも、雑誌社がウェブサイトに自社の雑誌記事を掲載することがあったが、その場合、オリジナルのインターフェースを利用することがしばしばあった。そして、そこで見られるのが、ページを繰る動作を視覚効果としていれるもの(時にパサッというようなSEまで入っていることがあった)。

端的にこういうインターフェースは、紙の本や雑誌のイメージに引きずられすぎている。

ウェブで何かを操作するとき、私たちが利用できるのは、指でも手でもなくて、いまのところはマウス(ケータイであれば上下左右キーのようなもの)。いずれにしても、それなりの制約を持った入力デバイスだ(もっとも、タッチスクリーンが一般化した暁にはこれも変わるはずだが、まだその時代ではない)。

そういう意味で、今回のFast Flipは、こうした入力デバイスのリズムにも合っている。もっとも、このsnippetがパラパラ動く感じのインターフェースは、既にiPodで導入されていたから、その転用ともいえるわけだが。

つまり、まず、操作性がよく考えられているということ。

次に、snippetとしてのページが多数あり、それをサクサクとブラウズできることで、一種の「眺望感」をユーザーに提供できること。

いうまでもなく、本や雑誌は「記事や情報がまとまってそこにあること」の価値が、個別の記事や情報の価値とは次元の異なる価値として存在する。眺望感と目の前にテキストへの集中感、が行ったり来たりすることが読書体験のかなり重要な土台(プロトコルといってもいいと思う)になっている。

上でちょっと触れた、よくある本や雑誌を模したウェブ上のインターフェースだと、「見開く動作」や、前後のページの存在の示唆が、読書体験を模すためにそのままイメージとして転用されていたが、それは、読書する人間を外から観察したスケッチでしかなくて、実際に、読書している人間の視点には立っていない。つまり、あくまでも外部の視点でのインターフェース(もどき)を提供しているにすぎない。

それに比べて、Fast Flipが試みていることは、実際にウェブ画面(やケータイ画面)に向き合っている人の目線やその人が実際に利用できる資源(たとえばマウス)にたって、「ウェブ上でテキストを雑誌や本のようなものとして読む経験とは何か」ということを再構築しようとしている。

手前のものは大きく、奥にあるものは小さく、というのは、典型的な「遠近法」の手法(錯覚を起こさせるという点では「詐術」といってもいいが)で、そのメタファーを利用することで、スクリーンとしては平面のものが一枚しかない画面を奥行きや濃淡のあるものと感じるように再構成しているわけだ。

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そして、一旦定着したインターフェースの様式は、利用者にとっては自然なものとして感得されるようになって、存在自体を意識することはなくなる。透明な存在になる。

今では、当たり前になったパソコン画面の「デスクトップ」だが、それもフォルダを開いたらポップアップするようなことは、実際の机のデスクトップではあり得ないものだが、それも慣れてしまう。同様に、ファイルが画面中の上部にあっても、それが浮いているようには感じない。最近注目を集めるようになったAugmented Realityでも、通常の視覚画面にフォルダを含めた情報が提供されるわけで、それもフォルダが中空に浮いているようには感じない。その手の「誤認」が起こらない程度に、既に私たちの感覚は、デスクトップという画面の構成に訓致されている。

同様のことが、今回のFast Flipでも生じるように思っている。

そして、snippetによってブラウズされることで、各サイトの作り方、デザインのされ方にもフィードバックされて変化が生まれるように思える。そのとき、従来、紙の世界で蓄積されてきてレイアウトの知恵も一部転用されることになるだろうし、そもそも、ウェブの世界でも、レイアウトを含めた表現そのものの善し悪しを競い合えるような状況が生まれるかもしれない。

そのような、ウェブ文化の豊饒さを産み出すきっかけの一つにFast Flipがなる、というのは、さすがに持ち上げすぎのようにも思えるが、しかし、遊び心が生まれたところには人びとの関心が集まるものだし、その分、ウェブも面白くなるように思える。

そう思って振り返ると、DTP(Desktop Publishing)の世界がAdobeの独壇場になってからもう随分経っている。今回のFast Flipをきっかけにして、GoogleがWeb Publishingの世界にも「ゆらぎ」をもたらすようになれば面白いと思う。