Veronis Suhler、アメリカのコミュニケーション産業規模予測を公表

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August 05, 2009 17:22 jst
author
junichi ikeda

自らもコミュニケーション産業に投資しているVeronis Suhlerがアメリカのコミュニケーション産業について見通しを公表した。

A Look Ahead at the Money in the Communications Industry
【New York Times: August 4, 2009】

Veronis Suhlerでいう「コミュニケーション産業」というのは、

●主に広告によって支えられている、いわゆる旧来のマスメディア(地上波テレビ、ラジオ、新聞、雑誌)

●主に利用者が直接対価を払うメディア機器・サービス(ケーブル、ゲーム、携帯電話、など)

などのB2Cの商品・サービスに加えて、B2Bの商品・サービス、すなわち

●企業向け情報・データベースサービス(bloombergやLexis-Nexusなど)

●広告+企業コミュニケーション(マス広告、PR、DM、プロモーション、など)

なども対象としている。

日本でいう「情報産業」もしくは「情報メディア産業」というカテゴリーとおおよそ同じものと思っておけばよい。

(日本で上のように呼ばれるのは、日本の場合、家電やコンピュータなどの製造業の比重が高く、管轄が主に通産省で電気機器が上位と見なされていたから、というのを昔聞いたことがある。日本の場合は「ハード優先」「ソフト劣後」の位置づけが長く続いていたことの名残らしい)。

Veronis Suhlerのこのレポートは、アメリカでは比較的頻繁に参照されて、たとえば、投資銀行の産業レポートなどでも引用されたり、参考にされたりしている。それくらいの信頼度はあるレポートということ。

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この手の産業統計の数字は、同一産業の川上と川下とで重複カウントがあったり、対象となるサービスの範囲が国(というか文化)ごとに微妙に異なるので、数字だけを取り出して議論するのは、ともすれば不毛な議論を呼び込みかねない、という「ことわり」をした上で、具体的な数字については上のNYTの記事を直接参照して欲しいが、いくつか記事が指摘しているところをピックアップしておく。


●アメリカの2009年のコミュニケーション産業規模は、前年の2008年と比べてマイナス1%の規模。これは、過去40年間で初めてのこと。

●雑誌の市場規模の減少は5年後ようやく底を打って回復に向かうがその規模は、2008年の三分の二程度。

●2013年までに、ビデオゲームの市場規模が、新聞のそれと同程度になる。

●2008年のコミュニケーション産業規模は、前年比で2.3%成長したものの、この成長率は、2001年以来では、最も低い成長率。

●ただし、広告については、2008年で既に前年よりも2.9 %減少。2009年は前年比7.6%減少、2010年は前年比1%減少。2011年にようやくプラスに転じる。

●2009年の広告の減少を媒体別で見ると、最も打撃を受けるのが新聞で18.7%減少。次いで、雑誌(14.8%減少)、ラジオ(11.7%減少)、地上波テレビ(10.1%減少)。

●逆に、2009年に広告で増加するのは、モバイル(18.1%増加)、インターネット(9.2%)。

記事中で、Veronis Suhlerの人物の発言として引用されているところでは、

●総じて広告は厳しい状況で、(Veronis Suhlerのレポートでは)ついこのあいだまで、広告がコミュニケーション産業で占める規模は最大だったのが、今では最小で、かつ、いまだに縮小し続けている。

●そのため、向こう5年で足下の景気後退からアメリカ経済が回復したとしても、新聞、雑誌(消費者向け)、テレビ、ラジオ、(のマス4媒体)が以前の水準に戻ることはないだろう。

●(特に)紙媒体の広告の縮小は厳しいものだが、とはいえ、この業界が死刑宣告された(=消滅する)わけではない。総体として、成長見通しが減少するというだけのこと。

このように、広告の低迷を受けてメディア産業の見通しは明るくはないが、それでも、アメリカの全産業で見ると、鉱業、建設業、に続いて三番目に景気後退から立ち直る産業セクターと見なされているという。

しかし、ということは、たとえば、自動車や消費財、流通などの、広告産業、マスメディア産業の主要クライアントたる産業の復活は、もっと先になるということのようだ。この点では、「広告産業は景気回復の先行指標」という経験則は、アメリカではまだ当てはまると見込まれていることになる(ちなみに、日本では、2005年頃からこの経験則から逸脱していると言われている)。

アメリカのメディア産業の復調を支えると考えられているのは、旧来のマスメディア産業ではなく、以下の三つのカテゴリーが支えるという。

●Word-of-Mouth + Public Relations (2008-2013で毎年9.2%成長)
●Branded Entertainment(同9.3%成長)
●Internet + Mobile devices(同10.2%成長)

なお、(メディア産業ではなく)コミュニケーション産業全体を見たとき、Veronis Suhlerが一番成長すると見ているのは、彼らが“Institutional Category”と呼ぶ領域で、「情報サービス(Bloombergなど)」や「ソフトウェア」など。

コミュニケーション産業が提供する商品・サービスに対する利用者の関わり方で興味深いところは、

●2008年に「有料メディア」に使う時間が「広告メディア」に使う時間を超えた。これは、(Veronis Suhlerがレポートと出して以来、だと思うが)「今までで初めて」のこと。

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繰り返しになるが、数字の単純比較は、その数字の加工のされ方を考慮すると、不毛な家議論を産み出しがちなので、行わない方がいい。

その上で、上のVeronis Suhlerのレポートの書き手ならびにその内容を手にしたNYTの記者が捉えていることは:

●広告によって支えられる従来型のマスメディアは構造的に厳しい状況に置かれている。

●マスメディア以外のところでは、成長の可能性はある。新たな成長機会と目されるのは、インターネットやモバイル、ゲームなど。さらに、そうした新しい機器を利用することで可能になるサービス(WOMやPR)への期待が高くなる。

ただし、Veronis Suhlerの人物が記事中で語っているとおり、マスメディア(特にプリントメディア)が死刑宣告されたわけでない。Veronis Suhlerが投資事業に関わっていることを考えると、当然、彼らとして、成長機会があると思われる領域を用意することが必要になり、それが、上の新しい領域、ということになる。

いうまでもなく、実際に投資が行われても期待通りの成功が得られるケースは思っているほど多くはないのが通常。Veronis Suhlerのレポートも、そういう点から冷静に受け取っておくほうがよい。

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とはいえ、実績として実際に売上が下がっている新聞や雑誌などが厳しいのは確かだし、そうした実績からVeronis Suhlerのような「近未来ストーリー」を作られると、当事者たちは気が気でない。それが、前のエントリーにあるように、NYの出版関係やジャーナリストを憂鬱にさせていく。

しばらくは、彼らのメランコリックな気分を示すような書き物が続いていくということのようだ。